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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第五章 邂逅の歯車
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伝説の相棒

 もしもセルゲイが戻ってきた時のためにと、アナベルがすべての積み荷に"守護の陣"を敷いてくれた。

 彼女はほとんど失敗することなく真術を敷いていく。高慢な口調で自慢話などしなくとも、真術を見るだけで差がわかるのに……。

 あの男は、自分の行いが虚しいものだと気づかないのだろうか。


 ああ、まずい。

 この記憶は掘り起こしたくない。やっと手に入れた安息の時だ。心から高慢な男を締め出しておかないと。

 気力が減っている自覚はあった。深呼吸を繰り返し、どうにか整えていく。周りからも深呼吸が聞こえてくるので、皆して同じようなことを考えているのだろう。

 全員が落ち着きを取り戻したところで、アナベルが再び謝罪をした。

「本当にごめんなさいね。皆は一生懸命やってくれていたのに……」

 高士といっても、ついこの間まで導士だった人。自分達にはとても近しい存在だ。

 自然と、自分達の口調も砕けていってしまう。

「いえいえ、アナベル高士は謝らないでください。かばっていただいてありがとうございます」

 ユーリが肩膝を上げ。両手を後ろについたみっともない格好で、にこにこと言った。

「天水の真導士のことなら、天水の真導士にまかせておけばいいのに……」

 セルゲイは関係ないと言いたいらしいディアが、独り言のようにつぶやいた。その瞬間、娘達の悩ましい吐息がいっせいに放たれた。

 びっくりした顔で全員が顔を上げ、声を立てて笑う。

「アナベル高士はすごいですね。あの人が相棒だなんて……」

 ユーリは深く考えていないのかもしれないけれど、高士に向かって言っていい内容ではない。しかし、アナベルはその方が楽なのか、くすりと笑って愚痴をこぼした。

「自分でもね、よくやってるなあって思う時もあるわよ。セルゲイと二人だったら一年なんて、とてももたなかった……」

 引っ掛かる言葉が出てきたので、疑問を解消しようと口を開いた。

 アナベルには人見知りをする要素がないため、自分でも安心だ。

「二人だったらというのは、どういうことでしょうか」

 しゃべり出した自分を見て、安心したように笑ったアナベルがその意味を教えてくれた。

「わたしのところは、三人番(さんにんつがい)なのよ」

「三人番?」


 どうも相棒は、必ず二人で組むものでもないらしい。里に入ってくる導士が、毎年きれいに分けられる人数でない上。途中で追放される者もいるので、三人番も多いのだそうな。

 "迷いの森"を抜けた時点では、本来の相棒と二人番だったのに。セルゲイの相棒が追放されてしまった関係で、半年前から三人番になったのだと。心からいやそうに話してくれた。


「もう一人の方は、セルゲイをあしらうのが上手いんだけど……。古文書を解読できる人だから、里の内勤に回されちゃったの。内勤組は里の外での任務には着けなくて。外勤の時は、どうしてもセルゲイと二人でやらされるのよね。これからずっとセルゲイと組むのかと思うと、ちょっと……」

 深い溜息と共に、吐き出されたアナベルの本音。彼女の境遇に心の底から同情した。自分の相棒がセルゲイではなくて本当によかったと、誰もが思っていたことだろう。

「アナベル高士の、もう一人の相棒ってかっこいい人ですか?」

 瞳をきらきらと輝かせたユーリが、興味津津と言った具合でアナベルに質問をした。

 またそれかと、ディアの呆れた溜息が聞こえてもきた。だが、ユーリには効果がないようだ。何とも元気な娘である。

「ええっ? かっこいいかって言われると……。で、でもとってもやさしい人よ」

 新米高士の頬が赤く染まっていく。

 これは気配を読まずともわかってしまう反応である。

「いいなあ。皆して素敵な出会いがあって。三人とも初めて会った人なんだよね?」

 ユーリの悔しそうな声音に、三人揃って素直に肯く。

 正直な話。知っている人と組む方が、めずらしいことだと思う。でもそれは、彼女にとって歓迎できない事柄だったようだ。

「イクサさんも、ローグレストさんもかっこいいし、ジェダスはすっごくティピアにやさしいし……。何でわたしだけクルトなんだろう?」

 クルトも十分やさしい人だとは思うけど。どうもユーリは、ものめずらしさが先に立ってしまっているようだ。

「ユーリは、恋がしてみたいのね」

 恋という言葉にどきりとする。意外なことに新米高士は、この話題が得意な様子だ。

「それはしてみたいですよ……。大人になったんだから恋の一つや二つくらいは」

「恋をしたいから人を好きになるなんて、本末転倒じゃない」

 二人の会話にディアが参加していく。

 これが娘の花比べというものだろうか。何だか胸が高鳴ってしまう。娘で唯一の友人であるティピアとは、まだこんな話をしたことがなかった。

「……だって。好きな人とは、まだ出会ってないもの」

「それがおかしいって言ってるの。変な思い込みでイクサに絡まないでちょうだい!」

 やはりディアは、イクサが好きなのだなと納得した。

 イクサは学舎でも騒がれている。ユーリと同じような反応を示す娘達に、やきもきしているのだろう。

「じゃあ、ローグレストさんにしておく……」

 ぐずぐずとした口調で言ったユーリは、何故か自分の方をちらりと見た。

 これは、どう反応すればいいのだろうか。困った、難題だと悩んでいたら。隣にひっそりと控えていた小さな友人が、聞こえるか聞こえないかという声で、こんなことを言ってくれた。

「ローグレストさんは……。サキさんが好きなので、無理だと思います……」

「ティ、ティピアさんっ」

 血が一気に駆け上ってくる。恥ずかしさが募って目元の周辺が熱い。

「えー、そうなの!?」

「はい……。なかなかいい返事がもらえないと、ジェダスに相談していました」


 ジェダスの家で何を言ってくれているのだ、うちの相棒は!


 最近、暇があれば喫茶室やジェダスの家に出かけていると思っていたけども。まさか、そんなことになっていたとは。

 思わず膝を抱えて顔を伏せた。

 制裁として、明日の夕飯は甘くしてやると心に決めておく。

「いいなー、いいなー。あんなかっこいい人に懸想されるなんて」

 思った通り。ユーリはそこまで本気でなかったようだ。ディアのように本気だったら、こんな風に言ってくることはあるまい。

「あらあら、そういうことだったのね。まだお返事は出さないの?」

 アナベルはすっかり誤解をしている。自分が駆け引きをして。わざと返事を焦らしているのだと思い込んだのだろう。そのような余裕など、とてもないのに。悪女扱いされるのはごめんである。

「わ、わたし……まだ、彼と釣り合わないので」

 せめて、ちゃんと彼と向き合えるようにならなければ。そうでなければ返事を出すなど無理だ。

「釣り合うってどういうこと?」

 一つ年上の娘は、案に相談に乗るわと匂わしながら聞いてくる。急に花比べに参加させられても、心の準備ができていない。

「彼は、すごい力を持っているので……。もう少し役に立てるようにならないと、対等ではない気がして」

 守られて甘やかされているだけでは、想いを返すことなど不可能だ。

 彼から気持ちを貰うばかりの。子供のような自分でいたくはない。それでは宿命の道を見失ってしまいそうだ。

「難しく考え過ぎじゃない?」

 ユーリは簡単に考え過ぎだと思う。でもいまは恥ずかしくて言い返せないので、記憶の隅においておくことにした。

「そうねえ。でも相手の役に立ちたいって気持ちはわかるかな……」

 アナベルの声につられ、熱で熟れた顔を上げる。

 床の一点を見つめながら、独白している新米高士の横顔。何だかとてもきれいだと思えた。

「運命に選ばれて相棒になったんだもの。本当の"バティ"のようにはなれなくても、できることを探してみたいものね」

「本当の"バティ"?」


 知らなかったのと言いながら。彼女は四人の導士に語ってくれた。

 四大国の戦を終結させ。真導士の里を創り。この地に平和をもたらした伝説の正鵠の真導士には、"バティ"という名の相棒がいたそうだ。

 どんな時でも英雄に付き添い。守り。助け。最後は共に平和の使者となったその人物。

 "バティ"が男であったか女であったかは、いまも謎であるそうだ。

 その人物のように、相手を守り。助けられるような者になれという願いを込めて。真導士の相棒のことを"バティ"と呼ぶようになった……と。


「かの正鵠の真導士は、どんな時も後ろを振り向かなかったそうよ。バティがいるから……、彼の相棒がそこにいるからこそ、前を向いて戦っていたと言われているの。すごいわよね、そんなにまで信頼してもらえるなんて」


 胸が一つ高鳴った。

 伝説の真導士の相棒。誰よりも彼に信頼されていたその人物は、抱き続けていた自分の夢そのものではないか。

 宿命の道を、真っ直ぐ進んでいく背中を守り、助けて共に歩む――。

 誰よりも彼から信頼させ、背中を預けてもらえたなら……。自分の存在で、彼を支えていけるというのならば本望だと思える。

 そして、それこそが相応しいと呼べる相棒の姿だ。自分が初めて持った夢の、明確な形がようやく示された。

(わたしは、ローグの……本当の"相棒"になりたい――)




「おい、何をさぼっている!」

 またもあらわれた嫌味な監督官。男が出現したため、乱れていた姿勢を改めた。

「さぼっているわけではないわ。真術を敷き終わったから、真力と気力を整えていたのよ」

 ついさっきまで浮かべていた表情はどこへやら。アナベルは嫌悪感を出しながら、投げやりな返答をした。

 返答に気を悪くしたセルゲイが、本当にこいつらがやったのかと食って掛ってきたが、アナベルはもう負けなかった。もちろん彼女達がやったのだと、あの速度であれば終わっていてもおかしくない。そんなこともわからないのかとやり返した。

 高慢な監督官は燠火の真導士だ。天水の真術にはそこまで精通していないのだろう。


 確証が持てず、反論の余地を失ったセルゲイ。彼は疑惑をありありと浮かべ。それこそ厭味ったらしい口調で、今日のところはこれで勘弁してやろうと言ったのだった。

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