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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の買い物
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真導士の買い物(5)

 人を避けながら歩いて、一件の店に入り込んだ。

 外観も店先に並ぶ品も、総じて品がいい。店主の趣味が窺えたので興味を持ったのだ。

 繋いでいた手は、店に入った途端に離れていった。残念な気持ちもある。しかし、やり過ぎると後が怖いので、今日はここで引き下がっておこう。


 若者向けの装飾具を扱っているその店には、女物と男物が分別されていない状態で置かれていた。

 括りに捕らわれず、好みで選べと言っているのか。実に洒落た店だと感心する。奥から出てきた愛想がない店主は、自分の額を見てからにやりと笑った。

 ……流れで選んだにしては、いい店に入ったらしい。

「ローグ?」

 不思議そうにしているサキに視線を移す。

「好きに見ていいそうだ」

「え、いいのですか?」

「ああ」

 納得していないらしい彼女は、店主に目を向けた。

「遠慮はいらんよ娘さん。そこの兄ちゃんの目を通さなくても、満足できる品を用意しているつもりだ」

 無愛想ながら、店主が茶の準備をはじめた。棚の下に隠されている丸椅子を引き出し、サキを座らせる。

「お店に椅子があるのですか」

「確かな店であれば用意してあるのが普通だ。装飾具なら時間を掛けて選ぶもの。逆に装飾具を扱っていて椅子も茶もなく、買うのを急かす店はよくない。時間を掛けて見られたくないわけだからな。宝玉だと言って硝子を売りつけたり。よくよく見れば、傷がついていたりする」

 説明をしながら、端に置かれていた鏡を立て掛ける。

 何もかもがめずらしいのだろう。彼女は話を聞きながら、熱心に装飾具を眺めていた。長い道のりであったが、今日の目的にやっと到達したようだ。

「では、ここはちゃんとしたお店ということなのですね」

「そういうこと。ダールほど大きな町だと、探すのも見極めるのも大変だけどな。あと、強いて言えば……」

 さすがに声をひそめて後を続ける。

「……貨幣の額飾りを見ても、いやがらない店だな。これをしていると、結構いやがられたりするんだ」

 得心が入ったらしいサキは、出された茶の礼を述べつつ、並べられた小箱を検分しはじめた。

 心なしか、琥珀が輝いているように思える。

 いままでは機会がなかっただけで、興味はあるようだ。


 彼女のご機嫌な様子を見ていたら、無愛想な店主が声を掛けてきた。

「今日は娘さんのだけかい。せっかくだから、兄ちゃんも選んで行ってくれよ。装飾具の取り扱いがほとんどだが、筆具もある。故郷から離れているなら手紙でも書いたらどうだい」

 これはこれは、なかなか食えない店主らしい。

 探られて困ることはない。素直に答えておくとしよう。

「筆具は間に合っている」

 店主の目が、少し笑った。

「南の方から、めずらしい装飾の日時計も入ったのだが……」

「日時計か。そのうちとは思っているが、今日はまだいい」

 横目でちらりとサキを窺う。

 彼女は、花の模様が描かれた櫛をしげしげと眺めている。こちらの様子はあまり気にしていない。彼女の持つ鋭敏な勘は、こういう場面では役に立たないのだろう。

 店主は一度奥へ戻り、しっかりした木の箱に入った香油の瓶を持ってきた。

 きちんと話が伝わったことに満足しつつ箱を受け取り、サキの前に置く。この店なら贔屓にして間違いない。

 目を瞬いている彼女は、先ほどの会話の意味がわからなかったのだろう。まさか二人の関係を問い質されていたとは、夢にも思っていないはずだ。別に商売人の隠語ではないけれど、彼女には縁遠い話だったのだと理解して胸をなで下ろす。


 こういった店では、親しさの段階によって薦められる品が違う。

 まず、友人や知人と言われる段階。

 この場合なら薦める品は筆具だ。文を書いて相手に自分を印象づけたり、招待状を送ったりするから必須となる。

 次に、意中の相手を口説く段階。これは香油や髪飾りを薦めてくることが多い。

 想いを通わせあったら日時計を薦めてくる。年若い娘は親元にいるのがほとんどだ。時間を過ごして帰し忘れるなという、一種のからかいが入っている。

 それ以降になると男であれば首飾り。女であれば玉のついた装飾具を薦めてくる。

 店主はこの段階に行きつくよう、客に合わせた品を見立てていくのだ。客を支えて二人が上手くいけば、一生の贔屓客となることが多い。とてもやりがいがある仕事と言える。


「これ全部香油ですか?」

「ああ。気に入ったのがあれば言ってくれ」

 戸惑いながら、瓶の蓋を取って香りを確かめていき、五つ目で琥珀が大きく見開かれた。

 どうやら好みの香りを見つけたようだ。

「ローグ、これどう思いますか?」

「サキが好きな香りなのだろう。気になるなら買えばいいさ」

 深く考えずに答えれば、寂しそうに眉をひそめる。

「どうした?」

 聞けば一度口を開いて、そしてまた閉じてしまう。どこかで機嫌を損ねたのかと思いきや、耳が朱に染まっていく。いま彼女が抱いている感情がどうにもわからない。

 困り果てていたところに、店主から助け舟が出された。

「兄ちゃんの意見も出してやんな。男と女じゃ香りの好みが違うんだ。外出用にするなら、男の意見も聞いておいた方がいい」

 しまった、そういうことか……。無粋な真似をしてしまったと猛省する。

 いそいそと彼女が差し出してきた香油を確かめ、ふわりとただよってきた香りを嗅いで首を傾げた。

「甘いな……」

 悪くはない。しかし、これをつけたら彼女の甘さが消えてしまいそうだ。

「駄目でしょうか」

「いや、駄目ではないが。サキらしくないように思う」

 木箱に入れられた瓶の中から、蓋に記載されている名前を確認し。めぼしい物を拾い上げていく。彼女の好みを把握しようという目的は、すぐに頭から離れていった。どれがいいかと聞かれれば提案を入れたくなるもの。

 叩き込まれた習性は、自分の手を勝手に動かしていく。香油は調香できるほどではないが、名前と香りだけはどうにか覚えていた。

「香油も詳しいのですか?」

「何となくだ。うろ覚えだから嗅いでみないと……」

 二人で交互に香りを嗅いでいく。

 ああでもない、こうでもないと意見は出ても、ぴんとくる一品が見つからない。諦めて調香屋に持っていくかと思いはじめたころ、店主が重い腰を上げてくれた。二人の意見が出揃うまで待っていたのかもしれない。したたかな御仁だ。

 そして茶を用意していた机の下から瓶を取り出し、静かに持ってきた。日にとかされたような蜜色の香油を見て、思わず目を細める。

「最近入荷したばかりでな。西のリンという町で作られているロザンの香油だ」

 蓋を取って香りを確かめる。

 涼しげでやさしい香りがただよってくる。清涼な気配を思わせるその香りは、サキに合っているように思った。

 横顔を見れば、うれしそうに微笑んでいる彼女がいる。

「いいんじゃないか」

 驚いたように見返してくる彼女の顔に、日が差し込んでいく。

 頬が染まる過程を眺めていれば、恥らいを浮かべたサキが口ごもりながら言い募る。

「そうでしょうか。少し格調高くて、わたしではもったいない気がします……」

 恥ずかしさで忘れてしまっているようだが、これでまた八点目だ。

 次の願いを考えつつ細い手に納まっている瓶を手に取り、サキの顔の横に並べてみる。

「この香り、サキの気配にそっくりだ。……それに、ほら。日にかざすと瞳の色と同じになる。本当によく似合っている」

 首から上が、一気に赤く染まっていった。

 実に素直な相棒殿だと、小さく笑いをこぼす。


「決まりだな……。包んでくれないか。それから、できればまた入荷しておいて欲しい。贔屓にさせてもらう」

「まいど。お支払いは」

「こちらへ」

 財布を取り出せば、サキが大慌てで止めてきた。

「ローグ。わたしの買い物ですからっ……」

 遠慮深いのはいい。ただ、男としての面子は立てて欲しいもの。少しむくれながら、抗議のつもりで額を弾いた。

「贈らせてくれ」

 真っ赤になりながら額を押さえたサキを見て、小さな企みを思いつく。

 待つと言ったからには返事の催促はできない。

 催促はできないが、それ以外なら誓約などない。

 サキを傷つけない方法であれば、気持ちを贈り続けていいはずだし、行動を起こしてもいいはず。やはりどうにも搦め手は苦手だ。遠回りは自分の性分に向いていない。


「今度は、二人で町に下りよう」

 揺れる蜜色から目を離さずに、決定事項を伝達する。

「次は髪飾りか服だな。虫よけに最適だ」

 悦に入りながら見つめていれば、呆けたような顔で見返してきた。ずっと燻ぶっていたざわつきが、喉元まで戻ってきてしまう。勢いのままゆらゆらと揺れる蜜色に向かって、我欲を込めた想いを伝える。


「誰にも渡さないからな」


 湯気が出そうなくらい煮詰まりきった彼女は、神殿で三人と合流してからもずっと無言を貫き通した。

 後日、自制心の番人から小言をいただくことになったが、それはまた別の話だ。

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