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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
幕間 真導士の買い物
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真導士の買い物(4)

 座学が終わると同時に、五人で門で集まった。


「ティピアさん、今日は何を見ましょうか?」

「まだ、何も……決めていなくて……」

 ヤクスの姿を見て、ジェダスの影に隠れてしまったティピア。

 緊張をほぐそうと、懸命に語りかけるサキの姿が、どこか微笑ましい。

 他人事とは思えないのか。近頃、自分に自信を持ちはじめた相棒は、人見知りがかなり改善されてきている。その代わり、少々頑固で気が強い面も見せるようになってきている。それもまあ、いいだろう。

「その前に、まず腹ごしらえをしないと。ローグも今日は我慢しろよ」

 そう。今日はダールへと下りるついでに、食事も済ませる予定になっている。

 聖都の食事は、どれも毒々しいほど甘く味付けされていて。それこそ、砂糖をそのまま食べている気分になる。"甘ちゃん飯"は、こりごりなのだが……仕方ない。

「ローグレスト殿、いい店を一件知っていますよ。ダールの人には"塩辛飯"と言われているようですが。貴方のお口には合うと思います」

「本当か? ダールにもそんな店があるのか」

 四大国の大戦中まで王都であった聖都ダールは、蔓延していた貴族文化をいまだに引きずっており。他の調味料よりも割高の砂糖を、ふんだんに使う料理が基本となっている。料理が甘ければ甘いほど、相手へのもてなしの気持ちが高いと言われているせいだ。

 その聖都で甘い味付けをしない店があるとは、めずらしいことこの上ない。

「聖都に向かう途中、同じ馬車に乗り合わせた行商人が教えてくれたのです。彼もカルデスの出身だったらしくて、"甘ちゃん飯"に飽きたら訪ねてみろと薦められましてね。それで前に一度、ティピアと行ってみました。我々もおいしく頂けましたので、ヤクス殿にもサキ殿にも合うかと思います」

 そうですよねと、相棒に話かけたジェダス。

 視線を向けるとティピアは息を吸い込み、涙目で見つめ返してきた。

「何だ」

 疑問をそのまま口に出しただけなのに。蒼白になって、さらにジェダスの影に隠れようとする。

「ティピアさん?」

「おや、ティピアどうしたのですか」

 震えるティピアを囲んで、四人に沈黙が降りた。

「……そのさ。言いづらいんだけど、本当はオレじゃなくてローグが怖いんじゃないのか?」

 のんびりと言い出したのはヤクスだった。

「俺?」

 何でだ、実習の時は普通だっただろう。

「ティピア、そうだったのですか?」

 ジェダスが聞けば、震えながら頭を上下させた。

 さすがに言葉が出ない。昨日のあれも、ヤクスではなく俺から逃げたのか。まさか怖がられているとは思いもよらなかった。

 おかしいな……。サキには怖がられていなかったから、人見知り相手は自信があったのに。

 くすくすと笑い声が響いてきた。口元を押さえながら、笑いを堪えようとサキが必死になっている。

「サキ……」

 呼びかけると、日にとかされた蜜色の瞳を細めて、ちらりと見てきた。

「笑うことないだろう」

「だって……。それはそうですよね。ヤクスさんの方がやさしそうですものね」

 そう言って、ティピアに同意を得ようとしている。

 ほう。

 人をからかう余裕が生まれたのか。実に成長著しいな、俺の相棒は。

 だがこの状況は居心地が悪い。笑っていないで、怖い人間ではないと誤解を解いてくれてもいいはずでは?

「ローグ、睨まないでください。ティピアさんが怖がってしまいますから」

 顔をしかめていれば、それすらも面白いと言わんばかりにまた笑う。清涼な気配が喜色で染まっていくのを感じて、充足感が湧き上がってきた。

 駄目だな……。彼女が楽しそうなら何でもよくなってしまう。

「……顔がゆるんでるぞ」

 小声でからかってきたヤクスを一睨みして、聖都に向かって歩き出す。ティピアと並んで歩くサキを視界に入れながら、男三人で従僕の如く後ろを行く。


 今日もよく晴れた。

 広がる晴天の下、白の果実が誘うように揺れている。




 ジェダスが教えてくれた店は、カルデスの者に勧められたとあって満足のいく料理が出てきた。

 もともとは、他の土地で店を開いていたという。付き合いがあった商人に、聖都でぜひ店をやって欲しいと頼まれて食堂を営んでいるそうだ。やはり聖都の料理は、他の土地の者には合わないことが多いらしく。店内は行商人や旅人で賑わっていた。

 "風波亭"と掲げられた看板を見て、覚えておこうと記憶に留めた。"転送の陣"がある神殿からも近いので、サキの手料理がない時はここに来るしかあるまい。


「さてさて、そんでは聖都ダールを満喫するといたしますか。お嬢さん達、目当ての物は何でしょう?」

 問われて、サキとティピアは揃って口を噤んでしまった。

「ありゃ……、遠慮せずに言ってくれよ。今日は三人も荷物持ちがいるんだからさ。ね?」

 女の買い物に付き合うとなれば、自然と男は荷物持ちに回される。女を大事にする風習の一つ。ただ実際のところ、どの町にも物取りが多いせいだ。女の腕力では、物取りから荷物をかばえない。

 遠慮などいらないと重ねて言うヤクスに、人見知り二人組は、悩んだ顔のまま口を開かない。

「どうしましたか、二人とも」

 琥珀と紅水晶が互いを確認して、困り顔のサキが口を開いた。

「その……、わたしたち買い物に慣れていなくて。こういう時は、どこを見て回るべきなのでしょうか……」

 サキの発言に、ティピアが小さく頭を上下させた。

「買い物に慣れていないって……。例えば香油とか髪飾りとか服とかさ、そういうの買いに行くでしょ」

「ティピアさんは、全部お姉さんのお下がりだったそうです。わたしも貰い物がほとんどだったので、買い物に行くことがなくて……」

 またもや聞き捨てならない発言が出た。

 女の髪にまつわる贈り物は、たいがい下心がついてくる。意中の娘を口説こうとするなら、香油と髪飾りは絶対に外せないと言ってもいい。服は種類によるのだが、いったい誰に贈られたというのか。

「誰に貰った」

 黙って聞き流そうかと思ったが、やはり気になる。ごちゃごちゃ悩むのはどうしたって自分の性には合わないのだから、はっきりさせてしまった方がいい。

 聞きながらも、もっと早めに虫よけをしていればよかったと後悔してしまう。

 サキは、質問の意図が読めないと言いたげに目を丸くした。ヤクスとジェダスが肘でこづいてきたが無視を決め込み、腕を組んで返事を待つ。

「村のお婆さんとかに。昔使っていた物をいただいたり、お手伝いにいったお礼にいただいたり……。食堂の給金が少なかったので、重宝していました」

 小首を傾げながらの回答は、ざわつきかけていた気分を滑らかに均していくものだった。

「そうか……。では店に入ったこと自体がないのだな」

「ええ。看板を見ても何のお店なのかわかりませんし……。どれも結構な値がしそうです」

「値が合わなければ出ればいいだけだ。見たい物が飾ってある店に、一通り入って回ればいい。それに、もらった給金で賄えない物はそう多くない。変なところを心配するな」

 入ったばかりの給金は、誰もがうらやむ身分という自分達の立場を証明していた。これだけあれば一家が一月、余裕で暮らしていける。衣食住の面倒を見た上で、半人前の導士にこれだけの給金が出せるのだから。真導士の里は、かなり潤っているのだろう。

 おろおろとしながらも、見たい物を探していた琥珀の瞳が、目当ての品を見つけたらしい。

「では、小物入れが見たいです。鏡台の上に物を並べていると、ジュジュが悪戯してしまうので」

 視線の先には、草編みの色籠が並べられている店があった。

 所在なさげに立っていた男達に促されて、大人しい娘達はようやく町のざわめきに入り込んでいったのだった。


「いやはや、一時はどうなるかと思いましたが……。二人とも楽しそうでよかったですね」

 ティピアが買い込んだ荷物を小脇に抱えながら、ジェダスはそんなことを言った。女とは生まれつき買い物が好きなのだろう。あの大人しいティピアでさえ、興が乗ってあれもこれもと買い込んでいる。

「まあな。それにしてもずいぶんと買ったな、ティピアは」

 酷い人見知りを患っている娘は、見たこともない艶やかな布地に夢中だ。服と端布をこれでもかと買い込んでいる。

「ええまあ。サキ殿の荷物は重そうですね」

「これくらいなら大丈夫だ。大した重さではない。」

 道の端にあった休憩用の椅子に荷物を置き、持ちやすくまとめ直しながら苦笑してしまう。娘らしく布地にでも夢中になればいいのに。サキが買った物は、炊事場の用品がほとんどだ。計量するための器具。保存するための容器。それから瓶。金物が多いので傷つけないよう丁寧に巻きなおす。

「……楽しんでいるのはいいが、これでは予定が狂ってしまう」

「一筋縄ではいきませんね」

 今日の目的は、ティピアの治療と……サキの好みの把握であったはず。

 意中の相手を口説くとなれば。まず好みを知り、そこから攻めていくのが正攻法だ。だが、自己の主張が少ない彼女のこと。好みを把握するのはなかなか難しい。本人に直接聞いてもいいけれど、それではあまりに無粋過ぎると言われてしまった。

 諸々の現状を考慮して、ジェダスが考え出した提案。それは皆で買い物に行き、さりげなく好みを把握する、という内容だった。確かにサキの好みなど知らないなと思い当たり、いい機会だから乗ってみることにしたのだが……これでは日用品の買い出しと同じだ。

 本当に、どうしてここまで思い通りにいかないのか。踊らされている自分の様子が面白くなってきた。


 問題の相棒は、ティピアと一緒に紐飾りの店にいる。

 見比べながら話している二人の後ろで、ヤクスが身の置き場に困りながら付き添っていた。早く帰って来いと助けを求める視線を送られ、まとめ直した荷物を背に担ぐ。

「……おや? 何でしょうかあれは」

 ジェダスが示す先に、賑々しい音を奏でている一団がある。

「旅芸人だろう。大きな町だから、一芝居やりに来たようだ」

 三人と合流したところで、目の前を旅芸人の一団が通り過ぎていった。

「うわっ、えらい人が増えてきたな」

 ヤクスがぼやいている間にも、人の波が増えていく。人気のある一団だったのかもしれない。急ぎ足で追いかけている人々に押され、五人の距離が徐々に空いていく。

「これはまずいですね……。皆さん、どこでしょうか?」

 ジェダスの声が遠い。人混みと共に、道が話声で埋まっていってしまう。何を言っているのか、拾うのが困難になってきた。小さく彼女の悲鳴がして、咄嗟に細い手を握って引き寄せる。ちゃんと捕まえていないと逸れてしまいかねない。

「聞こえるか? 波に逆らうと危ないから、落ち着いたら神殿で落ち合おう」

 張り上げた声は、どうにか届いてくれたようだ。三人が手を振って、了承を送り返してきた。それを確認し、自分の影にいるサキを連れて、店の間にある小道に入り込む。

 人気のない小道から、先ほどまで自分達が居た場所を見れば。あふれかえった人で、店先の棚がぎしぎしと押されている様子が見えた。

「すごい人ですね。お祭りでしょうか?」

 彼女は人が少ない村の出だ。これほどの人出を見たことがないのか、忙しなく瞬きを繰り返している。

「人気のある旅芸人のようだ。聖都ダールの祭りはこんなものでは済まない。……とはいえ、すっかり巻き込まれたな」

「はい。皆さん大丈夫でしょうか」

「潰されはしないさ。ただ、道を渡るのは難しそうだ。どこかで時間を潰して神殿に向かおう。演目中はこの調子で増えるはずだ。落ち着ける店に、入り込んでしまった方がいいだろう」

 手を引き小道を進もうとして、くいと引っ張る感覚を覚えた。

「どうした?」

「あの……、手を」

 頬と耳を赤くしたサキが、言い淀みながら視線を泳がせている。人前だから恥ずかしいとの察しはつくのだが、さて……。

「手を、何だ?」

 あえて追求すれば、ますます顔を赤らめる。

 人前で肌を触れ合わせているとなれば、意味は一つしかない。世慣れてはいないサキだが、その意味は知っているらしい。

 実習の時も同じ様子であったし。自分達が男女であるという意識は持っているようだ。

 こういう仕草をされると、些細な企てをしたくなる。やりすぎると拗ねるので注意が必要。それでも、もっと意識を高めたいという気持ちは常に持っている。

「ローグ……」

 わかっているだろうと、赤い顔のまま睨んできた。

 最近はこんな表情もよくする。くるくると変わる表情は、見ていて飽きない。

「怖いな。急に機嫌を悪くしてどうしてしまったんだ」

「……人がたくさんいますから」

「聖都だから当然だ。そうか人混みに酔ってしまったのだな。ならば休めるところを急いで探そう。遠慮せずに言ってくれればいいのに。前にも言ったが、俺を便利に使ってくれていいんだ」

 言い切って琥珀を覗き込む。

 ふわふわと揺れながらも、めまぐるしく思考が回っているのが窺えた。

(さあ、どうする?)


 しばらくして彼女が負けを認めた。視線が逸らされ。同時に、細い手が自分の手にわずかな力を加えてきたのだ。

 最近は敗北がかさんでいたので、久々の勝利にしばし酔いしれる。

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