孤独の草原
四人の真導士たちの姿は、すでにない。
残されたのは、選定を通ったばかりの自分たちと、片手にかかえられるほどの革袋がひとつ。そして「はげめよ」というそっけない言葉だけであった。
森の前に集まった若者は、全部で五十人程度。さきほどまで幸福そうに輝いていた顔は、どれも暗くしずんでしまっている。
"迷いの森" 。
そう呼ばれた湿気た森は、真眼を開いて見直すと、おそろしいほどの真力をふくんでいるのがわかった。樹木はもとより。草も、苔も、土でさえも、うっすらと白く光を放っている。白い真力のなかを、光の粒がゆらゆらと舞っている。この光の粒が、どうやら精霊のようだ。
真導士しか足をふみいれられず。どこにあるのかも定かではない。
うわさは正しかった。真導士の里サガノトスは、真力をおびた森のむこうに存在するのだ。
「おい、あれを見ろ」
若者のひとりが声をあげた。指さされたその先に、白く輝く真円が見えた。「あそこにもある」と、ちがう場所からも声があがる。
"真眼" を使い、森を抜ける。
目印だ。
追っていけば "第三の地 サガノトス" にたどりつける。円だからひとつだけでは方向がわからない。しかし、ひたいに強く念じれば、すこし遠くにある真円を見つけられた。つないでいけば、道のように見えなくもない。
集団からぱらりと人が離れ、森に吸いこまれていく。ひとり、またひとり。急いでいるといわんばかりの歩みに、ほかの若者もつられはじめた。
「待ってくれ、俺も」
「おいていかないで！」
口々にそういって、玉のように連なりながら流れはじめた。ひとりがかけ出すと、数人があわてて追いかけていく。周囲からあっという間に人が減っていった。
「……落ちついているね。いい判断だよ」
突然、光景を見ていただけだった自分に声がかかる。声をかけてきたのは、金髪を高い位置で結った男。前髪の奥から紫の瞳がのぞいている。自分とはちがい、この人の髪はものの見事な金髪である。そのまま溶かせば金貨ともなりそうな明るい輝きが、目にまぶしい。
「みんな、できるかぎり固まっていこう。森で迷ったら危ない」
冷静な彼の言葉に、うろたえていた若者たちが正気を取り戻した。草原には、二十人ほどが残っている。中心軸の出現を見て、集団のなかに安堵が広がっていく。
見る見る間に、金髪の男を囲む人垣ができた。
「この森を抜ければいいだけだ。全員で抜けられるよう、ひとつにまとまっていこう」
うっかり人垣のなかに巻きこまれてしまった自分も、彼の話を聞く格好となる。
「娘さんもいるから、たがいに助け合いながら進んでいこう。これだけの人数がいれば心強い」
話の最中だというのに、人垣から外れる影があった。あの黒髪の男が、背をむけて歩き去ろうとしている。
「そこの君。いっしょにいかないのか」
「……悪いが、ひとりでいくつもりだ」
無愛想とも思える、そっけない返答。断ってすぐ、黒髪の男は足早に森のなかへと消えていった。
「残念だ。まあいいか……。いっしょにいく者は、オレのあとについてきてくれ」
断られた方もそっけない。金髪の男は、たいして気にはしなかったようだ。
集団が歩き出す。ついていこうと二歩進んだところで、ひとりの娘が眼の前に立ちふさがった。葡萄色の髪の娘が、つり気味の目で、自分をきつくにらみつけてきている。忘れていた不快感が、胃の腑にわだかまった。
「あなた、ひとりでいってくれる？」
彼女は自分から目を離さず、たいそう冷たくいい放った。
「 "落ちこぼれ" のせいで、真導士の里にいけなくなるなんて困るの。足手まといになられたら、こっちがたまらないわ」
あきらかな侮蔑をうけ、とっさに思考を止めた。
彼女のうしろ。金髪の男がひきいている人波は、すこしずつ森へと入りはじめている。先頭にいる者たちに、こちらの会話は届いていないようだ。けれど、後方にひかえていた者たちは、この不穏な会話に耳をかたむけている。
三人の娘たちが、ひそやかに笑う。笑い声の合間に「落伍者」という言葉も聞こえてくる。
陰惨なまなざしでこちらをうかがっていたひとりの男が、一歩前に出てきた。男の野太い声は、固まりかけていた自分をさらに追いつめる。
「俺が連れていってやってもいいぜ。あとでたっぷりお礼をしてくれるのならな」
あまりにも下卑た台詞。それを聞いて、ついに意気地がくだけた。
首を横にふり、手をきつく握りしめる。自分が決して動かないことを確認した彼女は、まるで汚らわしいなにかを見るように一瞥して、後方の若者たちと共に、集団の最後尾へ入っていった。
森の前、だれひとりいなくなった草原。
がらんとした世界で、ただひとり長いこと立ちすくんでいた。
