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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第四章 罪業の糸
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任務報告

 ぼろぼろになった姿で戻った中央棟では、正師達と慧師が自分達の帰還を待ち構えていた。


 血に濡れたバトのローブを見ても。ナナバ正師が眉根を寄せただけで、誰も何も言わなかった。

 知っているのだろう、正師達も。

 彼等は里の上層。バトの任務を知らないわけがない。


 慧師は出掛ける前と寸分変わらぬ位置で、ただ静かに輝いていた。朗々と響く尊大な声が、帰還した自分達に投げかけられる。

「よくぞ戻った」

 あまりに平坦な声音。血に濡れた高士の姿を見ても、感情の起伏は起こらないらしい。

 慧師の声を聞き、バトが一礼するのを見て、慌ててそれに倣う。

「ただいま戻りました」

 冷たい声。

 だがそこに疲労の影があることを、わずかに感じ取れるようになってきた。

「報告を聞こう」

「賊は仕留めました。遺失物も確認、回収しましたが、"鼠"は取り逃がしました」

 申し訳ございませんと続ける声に、せつない気分が生まれる。あんなに苦労をして、大怪我をして、それでも謝らなければならないのか。これが真導士としての任務とはいえ、どこか虚しい……。

「そうか。して首尾の方は」

 ぎくりと肩が跳ねた。

 これは任務のことを聞いているのではない。

 自分のことを聞いているのだ。

 使えたのか。使えなかったのか。バトの見極めた答えを求められている。

 何でこんなに大事なことを忘れていたのか。自分はいま断罪の場にいるのだった。真術が使えるようになり有頂天となっていたけれど、それで"暴走"の一件が消えはしないのだ。

 たらたらと、こめかみに汗が流れてくる。

 慧師の前に出ている以上、バトの方は窺えない。

 相変わらず気配が読みにくい、青銀の真導士の内心を知る術もなく、執務室に敷かれている豪奢な絨毯に、視線を落とす。

 バトは……。

 暗い里の影を知っている孤独な高士は、自分を町に下したいと思っている。激情の合間に見せる、真力の低い導士を案ずる気配は、それを如実に物語っていた。

 憎しみはないだろう。

 しかし、この男は知ってしまっている。

 人々の憧れる伝説の場所が、平和な楽園ではないということを。人知れずその手を血で汚し。影から里を支えている真夜中の気配を持つ男は、十分過ぎるほど知りつくしていた。


「個人的な意見としては、追放するべきかとは思います」


 凍える声音。

 恐れている未来を運んでくる、冷徹な宣告。

「里の暗部を知り。それを無理に飲み込ませてまで、繋ぎとめるのは酷なこと。平穏な町で静かに生きる道が合っている。この意見に変わりはございません」

 絨毯の模様が歪んでいく。


 もう、駄目だ。

 失ってしまうのだ……何もかも。


「ただ……」

 言葉を切ったバトを、注視する気配がした。

「どうした」

 慧師の問いに、バトはそれでも沈黙を続ける。

 さすがに不思議に思い、顔を上げた。誰も彼もが見守る中、青銀の真導士は言葉を探すように黙り込んでいる。口を閉ざしたままの青銀と、ふいに視線が絡まる。冴えた色の上。幻の光が、まだ宿っていた。

 自分を見た後、バトは痛みに耐えるよう目を閉じる。

 心臓が再び軋んだように思えた。しばしの沈黙の後、冷たい色を宿した眼差しが慧師に向かっていく。


「ただ、この娘の力は大いに役立ちました。真術も取り戻したようですので、真導士として里に残すのは問題ないとご報告します。後は、慧師のご決断にお任せいたします」


 そう言ってから一礼をし、バトは唐突に踵を返した。

 退出しようとする男にナナバ正師から声が掛けられたが、立ち止まることなく扉へ向かう。

「バトさん!」

 沸き上がった感情のまま、声を上げた。

 自分の声に応えたのか、振り向かず足を止めた男の背中に、そのままの気持ちを渡した。

「……ありがとう、ございました」

 背中越しに、また大仰な溜息が聞こえてきた。

「まったく、理解しがたい奴だ。……確約は忘れるなよ、サキ」

 返事をする間もなく転送を開始し、男はその場から姿を消した。消えてしまった男の声に、届くことはない返事をして。

 覚悟をもって慧師の方へと振り返る。


 そこで奇妙な光景を見た。

 ナナバ正師が口を開けて茫然としている。


 予想もしていなかった光景に動揺して、キクリ正師とムイ正師を見れば。二人は自分と同じように、ナナバ正師の様子をまじまじと見ていた。

 落ち着かずに視線を走らせれば、さらに奇妙な光景が飛び込んできた。

 慧師が――笑っている。

 口元にほんの少し……。よく目を凝らさなければわからないほど差だったが。普段より口角が上がっているように見える。

 一体、何が起こっているのだろう。


 混乱しながら立ち竦んでいたら、慧師から声が掛けられた。

「サキよ」

「は、はい!」

 無意識に姿勢を正して直立不動になる。

 慧師の表情はすでに戻っていた。そのため、あれは白昼夢だろうかと自分の記憶を疑うこととなった。

「真術は取り戻したのだな」

「はい」

 そう取り戻した。

 女神からの許しは、すでにいただいていた。

「だが"暴走"は重大事案だ。それはわかっておろうな」

「はい……」

 身を固くする。

 真導士として最も忌憚すべき事柄。それを引き起こしてしまった罪は、簡単に消えてはくれないだろう。

「どのような結果でも、それを受け入れる覚悟はあるか」

 断罪の時。

 ついに訪れた一瞬。もう、覚悟は決まっている。

「はい。どのような処罰でもお受けいたします」

 できる限りのことはした。

 あとは自分の運命を受け入れようと、そう決めた。


「では、この者に判断をさせよう。……参れ」


 先ほどまでバトがいた場所に、白の真円が描かれる。

 慧師が展開した"転送の陣"によって、はるばる導かれてきたのは、黒髪の――相棒だった。

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