試練
廊下はすぐに終わった。
進むべき扉が見えていたので迷うこともなく歩き、板張りのそれを開く。
"ひかえの間" には、すでに数十人の若者が集まっていた。
ほとんどの者たちは、やや興奮した様子で周囲と会話をしている。新たに入ってきた自分にも、ちらちらと視線が飛んできた。視線をうけたことで、選定のときの悲しい気分を思い出す。いまは、だれとも話したくない。視線から隠れつつ、部屋のすみへむかう。
入口の扉から見て右手に、小さな壇が設けられていた。左手には、壇とむかい合わせとなる形で、たくさんの椅子が並べられている。
すこしでも周囲と距離がある椅子を探して、静かに腰をおろす。
まだ、気分の悪さが残っていた。耳鳴りこそしなくなったけれど、身体は鉛のように重い。水を飲みたいと部屋を見わたしてみた。残念ながら、それらしきものは用意されていないようだった。
部屋の片すみに、あの黒髪の男を見つけた。男は腕を組んだ状態でうつむいている。娘たちが視線を飛ばしているというのに、顔をあげる気配はない。あたえられた僥倖に興奮し、浮ついている者が多くいるなか、豪胆にも眠っているようだった。
その姿を見て、すこし眠れば楽になるかもしれないと思いつき、自分も身を休ませることにした。眠りはつねに浅い。部屋に変化が出れば、起きられるだろう。
目を閉じようとしたとき、また新たな娘が "ひかえの間" に入ってきた。
葡萄色の髪の娘。紅玉の瞳を希望に輝かせ、入口から部屋をながめている。顔を下げ忘れていたせいで、その娘と視線がからんだ。娘は自分の姿をたしかめ、わずかな嘲笑を浮かべた。その意味を本能的に理解し、目をそらして下をむく。
彼女は『選定の儀』の顛末を見ていたのだ。
手にじわりと汗が浮く。眠ってしまおう。そうと決めて、すべての感覚を閉ざす。密やかな笑い声がするようだったが、絶対に目を開けまいと心に誓った。
どれほど時間がたっただろう。
目を開けたとき、部屋は人でいっぱいになっていた。興奮は高まるばかりだったようで、当初よりずっとさわがしくなってもいる。
ふいに声がとぎれ、静寂がおとずれた。壇上に、四人の真導士があらわれたのだ。
『選定の儀』は、もう終わったのだろうか。あんなに人がいたのに。どこか釈然としない気持ちをかかえながら姿勢を正す。
「皆の者、楽にするがよい」
しゃがれた声が命じた。けれど、とても楽にはできない。
「本日の『選定の儀』では、見事であった。サガノトスは諸君らを歓迎する」
ぎょろりとした灰色の目が、部屋中を見回した。
無意識に身体を縮め、視線から逃れようとしてしまう。それが、どうしようもなくみじめだった。
「諸君らは、 "開眼" をもってすでに真導士となった身。さっそくではあるが、これより修業をおこなう」
部屋がざわつく。
「——静粛に。これは毎年おこなっているサガノトスの伝統行事である。いままで、ひとりの脱落者もいない。決して落伍者とならぬよう、しっかりはげんでもらいたい」
蛇の目が、ひたとこちらをにらみつけてきた。心臓がわしづかみにされたように痛む。
「諸君。席を立ちたまえ」
若者たちが隣をうかがいながら、ばらばらと立ちあがる。遅れてはならないと、自分もあわてて腰を浮かせる。
眠ったのがよかったらしい。ふらつきもせずに、両の足が身体をしっかりと支えた。
「参るぞ」
ナナバ正師が、両手をかかげた。つぎの瞬間、自分たちは草原のただ中に置かれていた。湿った風が、全員の間を通り抜けていく。風が吹き抜けていった先に森がある。黒々とした緑を茂らせている森は、どこか薄暗く、見ている者を不安にさせる。
「修業を開始する。真眼を使い、この "迷いの森" を抜けてまいれ。われらは、ひと足先に "第三の地 サガノトス" で諸君らを待つ。無事抜けてくることを祈る」
