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真導士

　 "開眼の間" は、とても小さな部屋だった。

　天上の一部が、七色の硝子でおおわれている。光と色にあふれた部屋の中央。豪奢な絨毯がしかれた、もっとも光が強い場所に、白銀の男——シュタイン慧師がたたずんでいた。右肩が色硝子の赤い光に塗られている。しかし、それ以外の場所は銀に輝いている。

　正師が一礼したので、あわててそれにならう。なんの感情もうかがえない淡白な声が「こちらへ」と自分を呼ぶ。

　慧師の前に、そろりと進み出る。ひざまずくよういわれ、両ひざを絨毯のうえに置いた。右手の甲を左手でつつみ、祈る姿勢となってから顔をあげる。

　フードからこぼれた白銀の髪が、光で透けて見えた。

「目を閉じよ」

　命じられるまま目を閉じれば、まぶたの裏は血の色でわずかに赤く染まっていた。

　豪奢なローブが動く気配がした。衣擦れの音が心地いい。ひやりとした指がひたいにふれた。そえられた指は、硬質さとおだやかさを内包しているようだった。

　まぶたの裏——赤の世界が、上からゆっくりと、白くやわらかな色に塗りつぶされていく。

（ひたいが、あたたかい）

　白は踊るように、歌うように、たのしげにゆれながら広がっていく。完全に塗りつぶされた瞬間、ひたいから呼気のような風が、ふっと抜けていった。

　風は音もないまま、どこかへとかけていく。まぶたの裏で踊っている白に、青がまざったようにも見えたが、こちらの残像はすぐに消えてしまう。なつかしさを覚えた色を追いかけていく前に、ひたいにあった指が離れていった。

「目を開けてみよ。なにが見える」

　ふいに声がかかり、まぶたを開いた。そして、世界が一変していると気づく。

　大気には、やわやわとした光の粒がただよっている。光の粒は風にまかれ、濃くなったり薄くなったりを繰り返していた。

　おどろきのまま周囲を見わたし、それから茫然と慧師を見あげた。慧師のひたいに、ひとつの輝く円がある。円は強く光にぬれていて、よくよく見れば水面のごとくゆれてもいた。

「見えるようだな。……これが真眼だ。そなたのひたいにも、あらわれている」

　ひたいに手をやった。熱いわけでも、冷たいわけでもない。けれど、たしかにひたいから光がさしているようだ。あげた右腕の上着が、いつもより明るく見える。

「では閉じてみよ」

　尊大にいわれて、ぎくりとなる。

　真眼を閉じる。……どうやって？

「ただ念じるだけでいい。閉じろと願え」

　動揺を見透かしたらしい。あたえられた言葉にしたがって、閉じろと念じる。

　途端、世界から光が消えた。

　まばゆい光をうしなって、採光がいい部屋にも関わらず、日が暮れて薄暗くなったように感じた。

「真眼を開いているときのみ、他者の真眼や真力、真術、大気の精霊が見える。まずはなれることだ。そして必要がなければ閉じておれ。真力が枯渇するのを避けられる」

　枯渇という言葉を聞いて、反射的に両手が動き、ひたいをおさえた。

　もれていないだろうか。

「たとえ真眼を閉じていても、ある程度は真力がもれるものだ。真力をたどれば、どのような人ごみでも真導士をさがすことができよう。真導士はたがいの気配に敏(さと)い」

　説明を終えると、白銀の目が背後にひかえていた正師を見た。

「キクリ。なにゆえこの者につきそってきた」

　連れてきてくれた年若い真導士は、キクリ正師というらしい。

「すこし体調がすぐれないようでしたので……。そろそろ選定も終わりますし、儀式はムイ正師とナナバ正師で大丈夫でしょう」

　ふう、と慧師が息をついた。

　ため息だと思うのだけど、どうにも弱気な感じがしない。

「お前とナナバにも困ったものだ」

　キクリ正師は、すこしだけいやそうな顔をした。

「ただでさえ人出不足ですのに、やっと来てくれた人材にけちをつけるのは許しがたいのです」

　どうも話ぶりから、あのしゃがれ声の壮年真導士の話をしていると理解した。

　あの人がナナバ正師。では、女真導士はムイ正師だろう。キクリ正師は、なぜか自分の肩を持ってくれているようだった。

「よい、もう下がれ。この者は私が "ひかえの間" に送る」

「はい。それでは失礼いたします」

　退出する前に、ちらりと視線を寄こし。正師はシュタイン慧師とおなじように、場からとうとつに消えた。足元が光ったように見えたのは、気のせいだろうか？

　まじまじと床を見つめていると、慧師が声をかけてきた。

「ではさっそく、そなたに真術を見せてやろう。真眼を開くがいい」

　急にいわれても……と、あせりつつ、自分のひたいに開けと念じる。それだけで、なんの抵抗もなく、光あふれる世界に戻れた。

「昼前には儀式が終わる。それまでは "ひかえの間" で休んでおれ」

　言うや否や、右手をかかげた。

　足元にはっきりと白い円がきざまれ、光を発する。

「真円(しんえん)だ。真術はこの内部でしか展開できぬ」

　ひとつだけ、まばたきをする。気がつけば、ひとりで廊下に立っていた。

　目の前にいたはずのシュタイン慧師は、もうどこにもいない。

　消えた。

　いやちがう、消えたのは自分のほうだ。きっと真術で移動させられたのだ。不可思議な現実に、呼吸すらも忘れた。

　これが、真導士の力。

　伝説の世界にふみこんだのだと、ようやく自覚した瞬間だった。