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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
37/106

調停の真導士とカルデス商人

 叫んだ途端、場の全員を巻き込んで、大きな真円が描かれた。

 白い光が、強く輝きながら立ち昇る。目の前にあった、おぞましい紫炎が、輝きに巻き込まれて消えた。リーガは、真術が消失したことにひどく狼狽えて、ついに戒めを解いた。

 拘束が解かれたものの、自らを支えることが叶わず、そのまま地面に膝をつく。そこで、すべてを包みながら立ち昇る白い光を見つめた。四人の男たちも描き出した真円を失い、動揺を隠せずにいる。ローグは、自分と同じように真円を眺めていたが、すぐ視線を横に移した。

「お前……正鵠の真導士だったのか」

 問われたヤクスは、ただ人好きのする笑顔を浮かべていた。


 正鵠の真導士。

 稀有な存在とされる真導士のなかでも、さらに稀有な真導士。真円を描けば、光が空に立ち昇り。真術を使わずとも、すべての真力や真術を中和する。四大国の悲惨な戦を終結させ、真導士の里を創った英雄が、その最初だったと聞いた。

 正鵠の真導士。それは、調停の真導士とも呼ばれる——絶対的な中立者。


「燠火の真導士の撃ち合いに、こんな近くで巻き込まれたら、また大怪我するだろ?」

 ヤクスは、そう言ってから左の眉をあげた。

「ここはひとつ、真術なしで解決してくれ。女を取り合う男の争いは、昔から殴り合いが定番だからね」

 唖然としていた男たちに笑いかけてから、ローグに言う。

「ローグもそれでいいだろ。五人相手でも文句はないよな」

 彼は愚問だとばかりに、悪徳な笑いを浮かべた。

「ない」

 急激な状況の変化に、度肝を抜かれていた男たちだったが。ふたりの会話を聞いて、急激にいきり立った。やはり、矜持だけはあるようだ。


 足元の輝く真円に、ローグの真力もかき消されている。正鵠の真円がある限り、彼も真術は使えない。

「どうやら、そこのノッポと同じ目に合わされたいようだな」

 男たちは、巨大な真力に抱いた恐怖心を忘れ。人数を拠り所に、挑発をはじめる。

「女にすがられちゃいやとは言えないってか。守る価値があるような女かよ」

 男の発言の直後、ローグのまなざしがきつくなった。

「お前も顎だ」

 不敵な宣告に、森道がしんとなる。聞きなれたローグの声だというのに、つい自分も息を飲んだ。端的な言葉にこめられた怒りは、真力のように明確な破壊力は持たない。それなのに、人を征圧するのに十分な力を有している。

「……はっ、この人数相手に。よくそんな強がりを」

 負けじと言い返した男の声が震えている。気持ちは、わからないでもない。

 ヤクスに視線を飛ばせば、彼はちょっとばかり青ざめた顔でローグを見ている。いつの間にかジュジュを抱き寄せていたヤクスだったが、どこかすがりついているように見えるのは、果たして気のせいだろうか? 抱き寄せられているジュジュはと言えば、ふわふわの尻尾をくるんと丸めてびっくりするくらい小さな姿になっている。


 男のひとりが、恐怖心を振り払うように声を上げながらローグに殴りかかってきた。振り下ろされた右の拳は、彼にかすることもなく空を切った。身をかがめた反動をそのままに、ローグの拳が男の顔を突きあげる。

 宣告通り。顎に目がけて遠慮もなく突きあげられた拳は、むかってきた男を完全に打ちのめした。崩れ落ちた相手に、同情の余地はないとばかりに重い蹴りも入った。蛙が潰れたような声を出してから、男はぴくりとも動かなくなった。

 ヤクスが「ひええ」と声を出した。

 自分はまばたきすら忘れて、その光景に見入る。同じく目の前の光景を見て、立ちすくんでいる男たちに、悪徳商人が笑いかけた。——サガノトスでよかったな、と。

「沈めてやれる、海がない」

 すべてが終わるまでの間、自分は身動きひとつ取ることができなかった。


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