凝っていた言葉
彼の出現で、場の気配が大きく変わった。
ローグが持つ強い真力が、その場のすべてを塗り替えていく。地に縫いつけられた身体をもあたためてくれるような、彼の真力。男たちにも感じ取れたのだろう。真導士は互いの気配に敏感だ。真眼を開き、周囲に惜しげもなくまかれている底知れぬ力を、感じ取れないはずがない。
比類なき巨大な真力が、男たちをひるませる。露骨にひるみながらも敵対の態度を保っているのは、彼らなりの矜持だろうか。
ふと、身体を押し潰していた重みが消えた。重みが消えてすぐ、まとめられていた腕に、手加減されないままの力が加わる。強引にひっぱりあげられた身体が、まるで操り人形のように頼りなく傾いた。
「へえ……。お前、森でこの色男に拾ってもらったのか。大人しそうな顔して、男への媚び方がちゃんとわかってるじゃねぇか」
変わらない胸が悪くなるような言葉。しかし、リーガの声から余裕が消えていた。首にからめられている腕が、緊張で固くなっている。
「黙れ屑野郎。無駄に動くその顎を潰してやる」
不明瞭な思考は、普段からは想像もできないような荒い口調も。絶え間なく放たれている真力と怒気も。傷を癒しているヤクスとジュジュも。怖気づきながら下がってきている男たちの背中でさえも、きちんととらえている。けれども、あふれ出した感情は、それを一切考慮しない。
戻りたい。
帰りたいのだ。彼のそばに。
ローグにむけて、腕を精一杯伸ばす。黒い目が自分を見た。本当に、吸い込まれてしまいそう。いっそ、このまま吸い込まれてしまえばいい。そうすれば彼と離れずに済む。もう、これ以上のさびしさを感じなくていられるのだから。
「ローグ……さ、ん」
すがめられていた黒い瞳に、おだやかな色が浮かぶ。
「待っていろ。すぐに片付ける」
彼の言葉が合図となった。四人の男たちがいっせいに真円を描く。その光景を見て、思わず目を見開いた。なんてことだ。リーガ以外は全員、燠火の真導士だったのか。
いけない。
ローグは "守護の陣" が使えない。四人を一度に相手したら、いくら彼の真力が強くても、きっと無事ではすまない。もう、じっとしてなどいられなかった。感情が、全身に指令を発する。戒めを解いて、かけがえのない相棒を守れ——と。
最後の力を振りしぼり、リーガの腕を解きにかかった。体躯の差は、想像以上に大きい。どれだけ暴れてもゆるみはしない腕に、決死の思いで抵抗する。
「このっ、大人しくしていろ!」
かまわず暴れつづけていたら、目の前にあの紫炎が突き出された。
「……いや、いやあ!」
思考を犯していくおぞましい紫炎。恐怖に襲われ、全身から嫌悪が沸き立つ。
「やめて、それはいやだ……!」
恐慌に巻かれ、がむしゃらに暴れた。けれども、紫炎からどうしても逃げられない。
「サキ!」
呼ばれて、その声にすがる。全身をおおいつくす嫌悪感。心が焼き尽くされそうで、もはや耐えられなかった。ずっと言えなかった言葉が、絶叫となって飛び出していく。
「ローグさん——助けて!」




