白と黒の守護者
頭の奥で、大きな破裂音がした。
水のなかに沈んだような、混濁の世界から覚醒する。そして自分の行いと、その意味を認識して狼狽した。
いったい自分はなにをしていたのか。なぜ、このような男の言いなりなっていたのか。気分の悪さを思い出して、喉元をかきむしりたい衝動にかられる。
「この獣、どっから出てきやがった!」
怒声をきっかけに惑乱していた思考が、目の前の現実と結びつく。
「ジュジュ!」
男たちのあいだを走り回り、爪を立てて孤軍奮闘する白い獣。無垢な命のどこに、そこまでの激しさを隠していたのか。ジュジュが牙をむき、全身の体毛を逆立てて戦っている。
(危ない!)
力まかせに打ちすえようとする男たちから、あの子を守らなければ。獰猛で卑劣な男たちは、きっと手心など加えない。
「だめよ、逃げて!」
ジュジュは、その小さな牙で一人の男にかみついた。男は悲鳴をあげながら、白い塊を落とそうと腕を上下にふる。しかし、獣は離れない。食いついた敵から、肉をもぎ取ろうとしているかのように牙を突き立てたまま。
その様子に見かねたのか、近くにいたもうひとりの男が動いた。白い獣を——ジュジュを蹴飛ばしたのだ。
「ジュジュ!」
白い獣は、蹴飛ばされた拍子に宙を舞い。転がされたままのヤクスのそばへ、勢いよく叩きつけられてしまった。
足を叱咤し、ジュジュのところまでかけ寄ろうとしたのを、またもやリーガに阻まれた。
「こいつ、お前のイタチか! なめた真似しやがって」
肩が抜けてしまいそうな力で腕を引かれ、全身を地面に押しつけられる。そのまま大柄な体躯が馬乗りになってきた。逃れようと足を暴れさせたが、巨体が動く気配はない。腕が上部でひとまとめにされ、身体と同じように地面に縫いつけられる。
「いや、離して!」
それでも抵抗しつづけていたら、裏手で頬を大きく打たれた。弾けるような痛みがして、意識が飛んでいきそうになる。
「容赦しねえぞ、この女! ……滑稽だな。あのイタチはお前の相棒か? "落ちこぼれ" にぴったりだ」
怒鳴りながら再び頬を打ってくる。
「聞いているのか。もう許さねえからな!」
打たれるたびに頭が大きくゆさぶられて、なにも考えられない。
「 "許さねえ" は、こっちの台詞だ」
そのとき、聞きなれた低い声がした。
朦朧としたままでも自然と視線が流れ、ついにその姿を認める。見間違えようがないあざやかな黒髪と、強くまっすぐなまなざし。そして、心で思い描いていた——黒の瞳。
「サキから離れろ」
低い声が自分の名を呼ぶ。
「だれだ、てめえは……」
一直線に進んできたローグを、男たちが取り囲む。彼は男たちの手前で歩みは止めたものの、彼らを完全に無視して、近くのヤクスに声をかけた。
「生きているか」
「……ひどいな。無事じゃないけど生きてるよ」
苦笑いを浮かべたヤクスに、ポケットから取り出した輝尚石を放る。
「使え。ジュジュにもな」
それだけ伝えて、男たちの方へと向き直る。その相貌はするどく、まるで視線だけでリーガを貫こうとしているようだった。
ローグが、激昂を示した黒眼を、きつくすがめて言い放つ。
「俺の相棒から離れろ。——この屑野郎」




