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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
34/106

紫炎

 真眼を閉じる。

 それは真導士にとって、まったくの無防備になれと言っているようなもの。

 真眼を開いていれば、真力が勝手にあふれてくる。真円や真術を展開しなくても、わずかな守りの膜ができているのだ。たいした効果は期待できないとは聞いた。しかし多量に放っておけば、衝撃だけでなく、真術自体もある程度は防げるという。


「サキちゃん……、閉じるな」

 かすれ声の警告は、すぐさま鈍い音によって潰された。

「やめて。閉じるから、やめてください」

 こんな男に乞う。嘔吐感はひどくなる一方だ。それでも、ヤクスのためだと自分に言い聞かせた。

 額に念じる。世界から、白が消えていく。

 開眼をしたら、それ以降は完全に閉じることはできない。けれども、男たちの額からこぼれていた白が、よく目をこらさなければわからないほどの、ごくうすい光になったのを確認した。

「いい子だ」

 下卑(げび)た笑いが、心にある憎しみを強くあおる。

 リーガの手に白い円が描かれたようだ。注視してみれば、左へ右へと流れを変えて、旋回しているのもわかった。

(蠱惑の真導士……)

 キクリ正師と同じだ。しかし、この男ではまだ実物を構築するのは不可能。

 使える真術は、幻影、幻視、幻惑——そのうちの、どれか。


「真導士の里にも、一応規則があるらしいからな。喧嘩ぐらいなら処罰はされないと聞いたが、無理やり女に手を出せば、下手をすると追放だってよ」

 もう出しているではないか。この男たちが追放されるなら、自分の犠牲も無駄ではないと震えながら思った。

「ばれなけりゃいいって考え方もある。でもまあ、真術が使えるならもっと賢いやり方がある」

 真円に、真力が注がれていく。

 この男の真力は、どうしてこんなにも淀んでいるのだろう。満たされるというより、沈殿していくと表現した方が正しく思えるような光景だった。

「女の方から誘ってきたとなれば、話はまったく別だ。そう思うだろ?」

 真円のなかで、紫炎が燃えはじめた。

 まるで雷雨を呼ぶ雲のような炎。その気配が気持ち悪く、肌の粟立ちをとめられない。

「ほら、この炎を見てみろ。……絶対に目をそらすなよ」

 本能が拒絶する炎を、意志の力で視界に入れる。眉間のあたりから頭の中心にむかって、じわじわと毒を入れられている気分だ。

「本当にできるのか」

「しっ、だまって見ていろよ」

 聞こえる声が、どこか遠い。水のなかから会話を聞いているように音が低い。

 震えと耳鳴りが、急速に治まっていく。なんだろう。とても身体がだるい。頭が重くて首で支えているのが難しい。紫炎を見ていなければと思うのに、油断すると頭が下がってしまう。目を開けているのが、とても辛い。

「効いてきたな」

 リーガの声だ。

 ほかの声はすべて遠い。低く反響している音があるのに、それを頭のなかに留めておくのが難しい。

「おい、俺の言葉は聞こえているだろうな?」

 問われて、かくりとうなずく。

 聞こえている。リーガの言葉は、ちゃんとわかる。

 さっきよりも大きく反響する音があったが、もう聞きたいとは思わなかった。

「試してみるか。……ローブを脱いで俺に渡せ」

 ローブ。

 導士のローブ。

 いま羽織っている、まっ白な上着。ボタンは五つしかない。上から順番に外していく。

 指に力が入らなくて、上手く外せない。ああ、外せた。肩から落として腕を抜く。やっと脱げたのでリーガに手渡した。

「上出来だ」

 またほかの音が聞こえる。

 これはなんだろう? とても耳障りだ。リーガの声が聞こえなくなってしまう。

「おい、どうした……。うわ、何だこいつ!」

 リーガの声。指示じゃない。

 だから動けない。

 うごけな——。


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