紫炎
真眼を閉じる。
それは真導士にとって、まったくの無防備になれと言っているようなもの。
真眼を開いていれば、真力が勝手にあふれてくる。真円や真術を展開しなくても、わずかな守りの膜ができているのだ。たいした効果は期待できないとは聞いた。しかし多量に放っておけば、衝撃だけでなく、真術自体もある程度は防げるという。
「サキちゃん……、閉じるな」
かすれ声の警告は、すぐさま鈍い音によって潰された。
「やめて。閉じるから、やめてください」
こんな男に乞う。嘔吐感はひどくなる一方だ。それでも、ヤクスのためだと自分に言い聞かせた。
額に念じる。世界から、白が消えていく。
開眼をしたら、それ以降は完全に閉じることはできない。けれども、男たちの額からこぼれていた白が、よく目をこらさなければわからないほどの、ごくうすい光になったのを確認した。
「いい子だ」
下卑た笑いが、心にある憎しみを強くあおる。
リーガの手に白い円が描かれたようだ。注視してみれば、左へ右へと流れを変えて、旋回しているのもわかった。
(蠱惑の真導士……)
キクリ正師と同じだ。しかし、この男ではまだ実物を構築するのは不可能。
使える真術は、幻影、幻視、幻惑——そのうちの、どれか。
「真導士の里にも、一応規則があるらしいからな。喧嘩ぐらいなら処罰はされないと聞いたが、無理やり女に手を出せば、下手をすると追放だってよ」
もう出しているではないか。この男たちが追放されるなら、自分の犠牲も無駄ではないと震えながら思った。
「ばれなけりゃいいって考え方もある。でもまあ、真術が使えるならもっと賢いやり方がある」
真円に、真力が注がれていく。
この男の真力は、どうしてこんなにも淀んでいるのだろう。満たされるというより、沈殿していくと表現した方が正しく思えるような光景だった。
「女の方から誘ってきたとなれば、話はまったく別だ。そう思うだろ?」
真円のなかで、紫炎が燃えはじめた。
まるで雷雨を呼ぶ雲のような炎。その気配が気持ち悪く、肌の粟立ちをとめられない。
「ほら、この炎を見てみろ。……絶対に目をそらすなよ」
本能が拒絶する炎を、意志の力で視界に入れる。眉間のあたりから頭の中心にむかって、じわじわと毒を入れられている気分だ。
「本当にできるのか」
「しっ、だまって見ていろよ」
聞こえる声が、どこか遠い。水のなかから会話を聞いているように音が低い。
震えと耳鳴りが、急速に治まっていく。なんだろう。とても身体がだるい。頭が重くて首で支えているのが難しい。紫炎を見ていなければと思うのに、油断すると頭が下がってしまう。目を開けているのが、とても辛い。
「効いてきたな」
リーガの声だ。
ほかの声はすべて遠い。低く反響している音があるのに、それを頭のなかに留めておくのが難しい。
「おい、俺の言葉は聞こえているだろうな?」
問われて、かくりとうなずく。
聞こえている。リーガの言葉は、ちゃんとわかる。
さっきよりも大きく反響する音があったが、もう聞きたいとは思わなかった。
「試してみるか。……ローブを脱いで俺に渡せ」
ローブ。
導士のローブ。
いま羽織っている、まっ白な上着。ボタンは五つしかない。上から順番に外していく。
指に力が入らなくて、上手く外せない。ああ、外せた。肩から落として腕を抜く。やっと脱げたのでリーガに手渡した。
「上出来だ」
またほかの音が聞こえる。
これはなんだろう? とても耳障りだ。リーガの声が聞こえなくなってしまう。
「おい、どうした……。うわ、何だこいつ!」
リーガの声。指示じゃない。
だから動けない。
うごけな——。




