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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
33/106

悲しい覚悟

  "守護の陣" 。


 不格好な真術が、白い膜となって自分を守る。うしろから男の声が聞こえる。——ふたり。

 衝撃が飛んできた。背後から重い力がきて、全身をおおっている白い膜が明滅する。燠火の真導士だ。やはり彼らのなかにもいた。ふり返らずに走っている間、何度も何度も、 風の塊をぶつけてくる。

 守護はもってくれるだろうか。分岐のところまで戻れればいい。そこまで行けば人が通ることがあるし、学舎から見えるのだ。修行場以外で真術が展開されていれば、きっと正師たちが気づいてくれる。


 長い時間をかけて引きずられてきた森道。なかなかその終わりにたどりつかない。

 喉が焼けるように熱い。何度目かの衝撃。衝撃のあと、膜から真力が弾き出されていった。もうすこし。あとすこしだけもってほしい。それ以外は何も望まない。だから――。

(女神さま、お慈悲を)

 ささげた祈りは、暴れる風に断ち切られた。衝撃に耐えていた白い膜は、二度明滅してから弾けて散った。

  "守護の陣" が消されたせいで、めまいが起こる。真術の展開を支えていた気力が、大きくゆさぶられたのだ。力つきて、地面に倒れこむ。しかし、いくらもしないうちに、身体が無理やり引きおこされた。

「……手間をかけさせやがって」

 荒々しい息が顔にかかった。それだけでめまいが悪化する。届かなかった道の先に手を伸ばして、何かをつかもうとしてみた。けれども、そこには延ばした手がつかめるものはなく、乾いた土の感触がしただけだった。握りしめたわずかな土は、肩に担ぎあげられた拍子に手からこぼれ落ち、風のなかにぱらぱらと消えていった。

 駆けつづけた道を、肩のうえから力なく見下ろす。腹部が押されていて苦しい。

 おぼろげな思考で、叶わぬ願いを繰り返す。

 戻りたい。帰りたい。脳裏に描くのは、吸いこまれるような黒の瞳。


「捕まえたか」

 しばらくしてリーガの声が聞こえてきた。最悪の未来が近づいてきていると理解した。

 いきおいをつけて地面に落とされた。自分のなかでなにがが壊れてしまったのか、まったく痛みを感じなかった。ただ男たちの顔を見たくなくて、地面に視線をはわせる。ぼんやりとした視界の先で、汚れた白い布が広がっているのを見つけた。

「ヤクスさんっ!」

 救われない逃亡を手助けしてくれた人が、血と泥に濡れた状態で、地面に倒れている。

「ヤクスさん、ヤクスさんっ!」

 うなり声を出したヤクスが、顔をこちらに、うけてきた。

「……サキちゃ、ん」

 悲しみが胸中に渦巻く。ヤクスの顔は血と泥にまみれていて、左目は紫紺の瞳がうかがえないほど腫れあがっていた。

「ひどい、ひどいっ! ……こんな。ああ、ヤクスさん!」

「お前が逃げるからだろう。素直に言うこと聞いていれば、こいつもここまでの目に合わなかったのにな」

 リーガに顎を強引につかまれ、そこで視線が合ってしまった。——濁った黒が、目の前にある。

「――離して」

 今度は目を逸らさなかった。全身全霊をかけてその目をにらみつける。いまだかつて抱いた覚えがない強い憎しみを、リーガにぶつけた。その途端、リーガは不愉快そうに眉を寄せ、つぎにいやらしい笑いを浮かべた。

「急に気丈になったな。……そうこなくっちゃ面白くない。だが、もう逃げようとするなよ。すこしでもそんな素振りを見せたら……わかってるよな?」

 リーガの背後で鈍い音がして、ヤクスのうめき声が強くなる。

「ヤクスさんに、乱暴しないで!」

「そう、がなるなよ。お前が大人しくしていれば、これ以上なにもしないさ」

 口を引き結んだ。ヤクスの傷は、もはや大怪我と呼べるものだ。彼にいま以上の危害を加えさせたくない。

「そう、それでいい」

 口は結んだものの、不愉快な笑みを浮かべているリーガを、にらむことだけは止めない。


「さて。じゃあ、まずは真眼を閉じてもらおうか。お嬢さん」


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