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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
32/106

覚悟の足掻き

 つかの間の均衡(きんこう)

 だれもしゃべらないその時間は、自分たちをひたすらに追いつめていくものだった。

 数で圧倒的に有利な五人の男たちは、こちらが下がった分だけ、じりじりと近づいてくる。距離はまったく変わらない。けれども、徐々に包囲されつつあった。


 逃げろと言われた。

 だが逃げても無駄なことは、だれの目にも明白であった。彼らがどの系統の真導士かは不明。でも、自分は天水の真導士だ。とても戦力とは言えない。もしもヤクスが燠火の真導士であっても、真術を習いはじめて間もないため、強い真術は展開できないはず。

 男たちのなかに、ひとりも燠火の真導士がいない、ということはあり得ない。今年の導士は、ほかのどの系統よりも、燠火の真導士が多いのだと聞いた。

  "迷いの森" とはちがい、真力を有していないこの森道は、うす暗くてどこか物悲しい場所だった。

 地面に真術を打ちこんで、目くらましを作ることもできない。修行場につづく道でもないから、人が通りかかることも期待できない。どう考えても、この状況を好転させる材料は見当たらなかった。

 高まりつづける場の気配。触れているだけで、肌がぴりぴりとしてくる。

「……サキちゃん」

 走れと。逃げろと告げている声。自分を守ってくれているこの人を犠牲にして、決して開かない活路を行けという。

 ヤクスは、先日家から帰るときに、こんなことを言ってくれた。もしつぎに困ったことがあったら、今度は絶対に助けるから、と。そんな人を見捨てて自分だけ逃げる。これはどういう試練なのだろう。女神さまは、本当にご覧になっていらっしゃるのか。


「ヤクスさん……」

 この場に残っても。走って逃げても役には立たない自分。選ぶことがむずかしい、酷な未来。

「行け!!」

 初めて聞くヤクスの大声にはっとなり。ためらいながら二歩下がって、ついに森道をかけだした。

(——女神さま!)

 救いを求めているのか、罰を求めているのか。自分でもよくわからないまま心で叫ぶ。

「追え、逃がすな!」

 逃げ出した獲物をふたたび捕えようとの思惑が、怒声となってうしろでひびいている。

 怒声を聞きながら、強く念じて真眼を開く。それだけで、白く輝く世界が舞い戻ってきた。

 ヤクスの好意を無駄にしたくない。意味がないとわかっていても、わずかに開いてくれたこの道を、力のかぎり走って行く。


 何もできない。

 誰も守れない。

 大切な人たちの、役にも立てない。

 だからといって、なにもしないわけには——いかない!


 弱さに甘えつづけていた自分を、道の土ごと蹴って、前へ前へとかけていく。隠れるためではない。ヤクスを。そして、自分自身を救うために。


(描け!)


 足元に真円が生まれる。ところどころにゆがみのあるものの、きっちりと途切れることなくつながった。ひかり輝く円に、ありったけの真力を注いだ。

 走りながらだと、円に集中するのがむずかしい。ゆがんでうすくなっている場所から真力がこぼれて、大気のなかに消えていくのが見えた。光景を目に入れつつも、なりふりかまわず追加の真力を注ぎこむ。

 上位の真導士なら、念じるだけで真術を展開できる。でも、経験が足りていない導士は、その意思を精霊へ届けるために言霊を使う。

 力が必要だと。どうか手助けをしてくれと、彼らに伝えるために。


 真眼を "開き" 。真円を "描く" 。

 術具には力を "籠め" て、その場で展開するならば力を——。

「放て!」

 叫びに似た言霊に、大気の精霊がこたえてくれた。

 その瞬間、足元で白が強く輝きはじめた。


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