予感
神殿のなかは、どこか闘技場を思わせる場所だった。
円形の急な階段が、中央にある石畳の壇をぐるりとかこんでいる。階段を下りた先の壇上には、白いローブをまとった三人の人物が立っていた。
神殿内が薄暗いうえ、顔がフードですっぽり隠れている。どういう人たちなのかは、こちらからではわからなかった。
壇上に広がっている光景。その異様さに目を見開く。
(これが選定?)
長い列の先——中央の壇上には、壺がひとつだけおかれている。人がひとり入ってしまうほどの大きな壺。外観はとても古めかしい。
壺にむかって、ひとりの若者が歩いていく。
若者の動きを見て、さきほどまで壺の横にひかえていた人が近づいていく。白いローブで全身をおおわれたその人は、若者に銀色の水さしを手わたした。それを手にした若者は、壺に水をそそぐ。終わったかなと思ったら、背後にひかえていたふたりが、壺を同時にのぞきこんだ。ふたりは何事かを確認すると、むかって右側にいる人が扉を指さした。指し示される扉は、いつも正面右手側ばかりだ。
左手にも扉はある。それなのに、だれも彼もが右手の扉から歩み去っていく。
もっと仰々しい儀式を想像していた。しかし、薄暗い神殿の一角で行われているそれは、儀式と呼ぶにはあまりにも簡素なものだった。
疑問はつのる。けれど、答えをもとめようもない。そういうものなのだと強引に納得して、ひたすらに待つ。
列はすこしずつ確実に縮まり。流れの速さから、夕暮れどころか昼前までに宿へ帰れそうだと、胸をなでおろした。
寝不足のせいか、すこしだけ気分もわるい。足に力が入らず、ときおり目の前が暗くなる。人の多さと神殿の閉塞感に息がつまる。
もうすこし、ちゃんと食べておけばよかった。食事をとる気分ではなかったので、朝食はわずかしか口をつけていなかった。いまさらながら深く後悔する。
突然、壇上を中心に大きなざわめきが起こった。おどろいてそちらへ視線をうつすと、壇上の声が耳に入ってきた。
「おお、見事だ。二つ目の境を越している」
白いローブのひとり。左手の扉側にいる男が声をあげた。声からして意外と年若い人のようだ。
「よくぞ来た同胞よ、そなたを真導士の里にむかえよう。さあ、そちらの扉より進むがいい」
はじめて左の扉が指し示された。
うねるような歓声が、神殿にびびく。
——真導士だ、真導士があらわれた。
前触れもなくやってきた奇跡の瞬間に、しばし呆けた。
(本当に、いるんだ)
白いローブの人物は「同胞」と呼んだ。ならば彼らも真導士なのだろう。
実在していた伝説が、視界を占めている。周囲は興奮の渦にすっかり飲みこまれていた。当然だ。こんな僥倖は、めったにあるものではない。
同胞と呼ばれた若者は、意気揚々と左手に進む。
扉が開かれた。
途端、肩がぎくりとはねる。
扉の先には、黒々とした回廊がぽっかりと口を開けていた。賛辞をうけながら歩む栄光の道だというのに、とてつもなく禍々しい。
じっと回廊を見ていたら、耳鳴りが返ってきた。
(いけない)
(あの道はだめだ)
(進めばもどれない)
(いけばきっと、見つかってしまう——)
「顔色がわるいな」
耳鳴りを越えて、声が頭にひびいてきた。声の主は、あの黒髪の男だった。いつから見ていたのか、こちらの顔色をうかがっている。そこで、顔に冷や汗をかいていると自覚した。
「……よくあることなので」
「無理はしないことだ」
そうとだけいって、男はまた前にむき直った。
心臓が恐怖で痛む。わいて出た汗は、低い体温をさらにうばっていく。あたたかい季節に入ったばかりだ。それなのに手がふるえて止まらない。
壇上に目をむけると、扉はすでに閉まっていた。内部をうかがうことは、もうできない。
なんだったんだろう。
あの悪夢以外で、耳鳴りがしたことはなかったのに。旅なれていないせいで、つかれが出て体調をくずしはじめているのか。
そうだ、そうに決まっている。
いまより調子をくずす前に、早くここから去らなければいけない。




