閉ざされた道
(女神さま、どうしてですか……)
心の声ですら、ふるえていた。あまりのことに、現実を直視できない。
耳鳴りは、高く高くひびいている。
陰惨な目をした大柄な男は、自分の顔をじろじろと見て……下卑た笑いを浮かべた。
茶と白が混ざった硬そうな髪。彼が持つ、吸いこまれるような黒とはまったくちがう、にごった黒い瞳の男。あらためて容貌を確認して、心が冷えた。間違いない、あのときの男だ。
「よお、また会ったな」
親しげであっても、とても受け入れられない声。肩にかけられた手を外そうとしてみたが、力が強くて敵わない。
「ちゃんと森を抜けてこられたんだな。運がよかったのか……。それとも結局、ちがう男に媚びたのか?」
ひどく不躾な質問にたえられず、視線をそらした。そらした先には、ほかにも人影があった。この男と同じく、陰惨な気配をまとった四人の男。
これでは、逃げられない。
「返事くらいしろよ、なあ?」
それだけは絶対にしたくない。唇を引きしめて、無言をつらぬくことにした。
「リーガ、おびえちゃってるぞ」
「お前の顔が怖いってよ」
飛んできた野次は、彼らが自分の味方ではないと言外に告げていた。荷物を抱きしめて、また一歩下がろうと試みる。
「おいおい、どうした? どこに行こうっていうんだよ。この状況で」
リーガと呼ばれた男は、こちらのおびえを楽しんでいる節すらある。
「……離して、ください」
精一杯の勇気を声に変えた。意味がないと知ってはいる。
「そういうなよ。重そうな荷物だから心配でな。俺が持ってやろうか」
そんな気持ちなどあるはずがない。心配ならば、いますぐこの手をどけて欲しい。
「お前じゃいやだってよ」
「代わってやろうか。リーガよりオレのほうがいいよな、お嬢さん?」
野次に首をふって、気持ちをあらわす。その途端、どっと笑いが起きた。
ひさしぶりに味わう混乱と、恐怖。気持ちを強く持とうと、記憶にある黒の瞳を思い浮かべた。そして、気づかれないよう、静かに呼吸を整えていく。
"癒しの陣" 以外で、使えそうな真術はひとつだ。また、一度も試していない。でも、ほかに手段はなかった。天水の真導士は、相手に危害を加える真術が不得意だ。この場で役に立ちそうなのは "守護の陣" だけ。
身を真術で守りつつ、家まで走りぬける。家に帰ればローグがいる。自分の相棒——史上でもっとも多くの真力を持つ、燠火の真導士。
そこまで。彼のところまで帰るのだ。
真眼を開き、念じる。足元に、丸く、白く際立つ輝きを描き出す。集中しはじめたところで、首に圧迫を感じた。うしろから腕を回され、首をしめ上げられる。苦しさが気力を大いに乱す。描いていた真円は、一度、二度と明滅してあっという間に消滅してしまった。
それでも苦しみは終わらない。呼吸が細くなってきた。ほとんど無意識に荷物を投げだし、精一杯の抵抗をする。首にからめられた腕をとこうと、力をこめる。全力であらがっているのに腕はぴくりとも動かない。
「離して」
声をあげても、腕の力がゆるめられることはなかった。近くまで来ていたほかの男に腕を取られ、ついに抵抗の余地を失う。
「危なかったな。 "役立たず" のお嬢さんでも、真術は使えるらしい」
例の男が、顔を近づけてくる。それだけで気分が著しく悪化した。
「そんなにいやがるなよ。ちょっと時間をくれればいい。……明日の朝までには帰してやるから」
そのまま男たちに引きずられ、二手に分かれていた道の左側を行くはめになった。逃れる術は、もう残されていない。




