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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
29/106

閉ざされた道

(女神さま、どうしてですか……)

 心の声ですら、ふるえていた。あまりのことに、現実を直視できない。

 耳鳴りは、高く高くひびいている。

 陰惨(いんさん)な目をした大柄な男は、自分の顔をじろじろと見て……下卑(げび)た笑いを浮かべた。

 茶と白が混ざった硬そうな髪。彼が持つ、吸いこまれるような黒とはまったくちがう、にごった黒い瞳の男。あらためて容貌を確認して、心が冷えた。間違いない、あのときの男だ。

「よお、また会ったな」

 親しげであっても、とても受け入れられない声。肩にかけられた手を外そうとしてみたが、力が強くて敵わない。

「ちゃんと森を抜けてこられたんだな。運がよかったのか……。それとも結局、ちがう男に媚びたのか?」

 ひどく不躾な質問にたえられず、視線をそらした。そらした先には、ほかにも人影があった。この男と同じく、陰惨な気配をまとった四人の男。

 これでは、逃げられない。

「返事くらいしろよ、なあ?」

 それだけは絶対にしたくない。唇を引きしめて、無言をつらぬくことにした。

「リーガ、おびえちゃってるぞ」

「お前の顔が怖いってよ」

 飛んできた野次は、彼らが自分の味方ではないと言外に告げていた。荷物を抱きしめて、また一歩下がろうと試みる。

「おいおい、どうした? どこに行こうっていうんだよ。この状況で」

 リーガと呼ばれた男は、こちらのおびえを楽しんでいる節すらある。

「……離して、ください」

 精一杯の勇気を声に変えた。意味がないと知ってはいる。

「そういうなよ。重そうな荷物だから心配でな。俺が持ってやろうか」

 そんな気持ちなどあるはずがない。心配ならば、いますぐこの手をどけて欲しい。

「お前じゃいやだってよ」

「代わってやろうか。リーガよりオレのほうがいいよな、お嬢さん?」

 野次に首をふって、気持ちをあらわす。その途端、どっと笑いが起きた。

 ひさしぶりに味わう混乱と、恐怖。気持ちを強く持とうと、記憶にある黒の瞳を思い浮かべた。そして、気づかれないよう、静かに呼吸を整えていく。

  "癒しの陣" 以外で、使えそうな真術はひとつだ。また、一度も試していない。でも、ほかに手段はなかった。天水の真導士は、相手に危害を加える真術が不得意だ。この場で役に立ちそうなのは "守護の陣" だけ。

 身を真術で守りつつ、家まで走りぬける。家に帰ればローグがいる。自分の相棒——史上でもっとも多くの真力を持つ、燠火の真導士。

 そこまで。彼のところまで帰るのだ。

 真眼を開き、念じる。足元に、丸く、白く際立つ輝きを描き出す。集中しはじめたところで、首に圧迫を感じた。うしろから腕を回され、首をしめ上げられる。苦しさが気力を大いに乱す。描いていた真円は、一度、二度と明滅してあっという間に消滅してしまった。

 それでも苦しみは終わらない。呼吸が細くなってきた。ほとんど無意識に荷物を投げだし、精一杯の抵抗をする。首にからめられた腕をとこうと、力をこめる。全力であらがっているのに腕はぴくりとも動かない。

「離して」

 声をあげても、腕の力がゆるめられることはなかった。近くまで来ていたほかの男に腕を取られ、ついに抵抗の余地を失う。

「危なかったな。 "役立たず" のお嬢さんでも、真術は使えるらしい」

 例の男が、顔を近づけてくる。それだけで気分が著しく悪化した。

「そんなにいやがるなよ。ちょっと時間をくれればいい。……明日の朝までには帰してやるから」

 そのまま男たちに引きずられ、二手に分かれていた道の左側を行くはめになった。逃れる術は、もう残されていない。


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