来客
おかえりなさいと声をかけてから、しばし固まった。知らない男の人がいる。ひさしぶりに自分の悪癖を思い出し、そして緊張が出た。
帰ってきた相棒は、背の高い男の人を連れている。最近はローグとしか話さなかったので、人見知りを忘れかけていた。扉のところで、相手に待つようにと伝えて、彼だけが自分のほうへやってきた。
「ただいま」
「ローグさん、あの方は……」
彼が目の前で歩みを止める。止まった位置がちょうどよく、かの人物がすっぽりと隠れてくれた。それですこしは緊張がやわらいだものの、自然と声は小さくなる。緊張が伝わったのか、彼は安心させるように笑ってから、こう言った。
「サキに用があるらしいから連れてきた」
「……わたしに、ですか」
「そう、謝りにきたそうだ。森の一件で」
森の一件とは、 "迷いの森" のできごとだろう。不安が顔に出てしまったようで、ローグが案じるように問いかけてきた。
「いやならいやでいいからな。サキが辛いなら帰らせる。話を聞くというなら家に入ってもらうが、俺も同席はする」
言葉を反芻しながら、自分の心に聞いてみる。謝って欲しいという気持ちは……ない。あれは仕方のないことだと諦めてしまっている。だから恨んでもいない。さすがに直接侮蔑してきた人と、話をしたいとも思わないけれど、やってきた来客はその人たちではないようだ。迷いに迷ったが、せっかく謝りたいと言ってくれているのに、自分が人見知りだというだけで断るのは失礼に思えた。
「入ってもらってください」
「わかった。……おい」
ローグが、扉のところで待っていた相手を呼ぶ。
その人が近くまで来たら、緊張がより強くなった。やさしそうな雰囲気。だけど、ものすごく背が高い。圧迫感を覚えて、視線が勝手に床へと落ちた。
「あの……、もめてたのに気づかなくて。本当に申し訳ないことをした。許してくれ」
飾り気のない言葉だった。この人の性格を、そのままあらわしているような、端的で率直なそれ。この人は、とても真面目な人に違いない。
「気にしないでください。……あれだけ人が多ければ、仕方がないことです」
「そうかもしれない。でも、気の使いようはあったと思うんだ。そもそも女性を後方にひかえさせたのがいけなかった。……無事でよかったよ。本当にごめんな」
これも、仲直りだろうか。
気にしないでほしいと言っているのに謝罪をつづけられて、もうどうしていいかわからない。必要なく謝られると、こんなに心苦しくなるのか。
なるほど、これはローグに怒られるわけだ。自分のやりようもついでに反省してはみるが、この場の切り抜け方が難しい。ローグは口をはさむ気がないようで、黙ったままこちらを見ている。
「……っうわあ!」
困り果てて悩んでいたら、棚の上から白い影が飛んできた。高いその頭に、一匹の獣が降り立つ。降り立たれた当人は、素っ頓狂な声をあげて頭をふり、獣を払い落した。
「あ、だめよっ」
払い落された獣は、難なく床に着地してこちらへとかけ寄ってきた。獣を払った背の高いその人は、まだ落ちつかなげに紫紺の目を激しくまばたいている。
「なんだ、それ?」
聞かれて、答えに悩む。足元ですりすりとしている真っ白い獣を、そっと抱きあげ、その流れのままローグを見あげた。
さきほどやってきためずらしい来客は、かわいいかわいい白イタチだった。
サガノトスには森と湖がある。たまに獣を見かけることもあった。けれど、家にまでやってきたのはこれが初めて。窓のわくにお行儀よく座っている姿を見て、食べるだろうかと細切れの肉をあたえたら、逃げもせず手から食べてくれた。なでてくれと、頭を手にすりつけてくる様もまた愛らしくて、できれば飼ってみたいと思っていたのだ。ローグが帰ってきたら、この子について相談しようと考えていたのだけど、新たな来客があったので、うっかり言いそびれていた。
「あー。なんだイタチか……」
長身の彼は、白イタチのいたずらに怒るでもなく、びっくりしたと頭をかいている。
「大丈夫でしたか?」
「ん、ちょっと驚いただけだから」
人好きのする笑顔を見て、すこしだけ緊張がほぐれる。
「サキ。どうしたんだ、そいつは」
「さっき、窓から入ってきて……。とてもなついてくれたので、その」
「飼うのか」
「……だめでしょうか」
だめと言われたらどうしよう。かわいいから手放したくない。白いふわふわを腕で囲って、ローグの様子をそろそろと下からうかがう。
「いや、かまわない」
その一言がうれしく、思わず腕のなかのあたたかい塊を抱きしめる。すると、白イタチが頬にすり寄ってきた。その仕草がかわいくて、ついよかったねと笑いかけた。
束の間、ローグの顔が変に固まったように見えたけれど、喜びが勝って気にもならなかった。
「あのー……」
長身の彼は、やや言い出しにくそうに声をかけてきた。
「……もしかして、オレってお邪魔?」
間延びしたような言葉。その言葉の意味を理解して、自分の顔は、一気に熱を帯びたのだった。




