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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
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真導士の憂慮

 自分の相棒——サキに関する話は、自分に対するものよりも不快なことが多い。


 選定を抜けてきた者の大半は、己よりも真力が低いという理由で、完全に彼女を見下している。覇権を望むなら上を見ていればいい。だが、ご丁寧にも下ばかりを見て、サキの真力の低さをあげつらい、ふみつけては己の優位を確認している。踏みつけた分だけ、上に昇れるとでも思っているのだろうか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 しかもその様を、自分がそばにいるときは絶対に見せない。自分が彼女から離れたときを、あえて狙ってやってくる。卑怯としか言いようがない。一度、その現場を見かけたときは、頭が痛くなるほどの怒りが湧いた。それでいて、自分が姿を見せた途端、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなり、そこがまた憎たらしくて怒りが増した。

 あまりに不快だったので、青い顔をしたサキの手を引き、すぐさま家に帰ってきたほどだ。あの日以来、食堂にも喫茶室にも、酒が出ると評判のサロンにも、足を運んでいない。

 知らぬ間に、あれを毎日続けられていたのだろう。サガノトスについてから、日に日に顔色を悪くしていた彼女。その原因を、もっと早く確認するべきだった。

 どうにも遠慮がちで、人に頼りなれていない。自分の危機に関しても、黙ってこらえようとしてしまう。よくよく見ていないと気づいてもやれない。あれから口を酸っぱくして、相談しろ、助けを呼べと言ってはみたけれど、救助を求める声があがったことはない。

 自分は、そんなにも頼りないだろうか。確かに成人したてとはいえ、男としての矜持(きょうじ)はある。もっと頼りにしてくれてもいいだろうに。自分から話をしてくれるようにはなったが、まだ心を許してもらえていないのか。そうだとすれば、すこし(むな)しい。

 だからといって、彼女に対しての凶行を許す気にはなれない。勝手な庇護欲(ひごよく)であったとしても、文句はだれにも言わせない。ここは、なにもかもがきな臭い真導士の里。疑いを持たずにいられる唯一の相棒を、あんな連中に潰されては困る。そのように決めて、彼女にふりかかってくる火の粉をはらいつづけていた。


「……わるいが、その話はうけない」

 サキに関する話は、一切聞かないことにしている。聞いても無駄。そのうえ不愉快極まりない。どうせ、彼女と相棒を解消して自分と組まないかとか。相棒が頼りにならないようだったら力を貸してやろうとか。そのたぐいに決まっている。隠していた嫌悪をさらけ出して、早々に歩き去ることにしよう。

「あ、おいっ。待ってくれ!」

 あわてて追いかけてくる男の声を無視し、歩く速度をあげる。

「ちょっと待ってくれ。話ぐらい最後まで聞いてくれてもいいだろ!」

「断る。どうせろくな話じゃない」

「ろくなって……、なあ、ちょっ……待ってくれって」

 肩に手をかけられたので、足を止めざるを得なくなる。意外としつこい奴だ。

「せめて最後まで聞いてから断ってくれよ。まだなにも言ってないじゃないか」

 かけられた手は、ゆるめられる気配がない。仕方なしに、話だけは聞いてやることにした。これでろくでもない話だったら、ただではおかないと心に決めて、うしろをふり返る。

「……わかった。聞いて断ってやるから、早く話せ」

 長身の男は、決して友好的とは言えない自分の態度を見ても、困ったなあと頭をかいただけ。そして気さくな口調のまま、意外なことを言い出した。

「いやね。ぜひ首席殿に、おたくの相棒殿との仲を取りもって欲しくてさ」

「なんだって?」

「どうしても彼女と話がしたかったんだけど、食堂でも喫茶室でも見かけないし。おたくら、座学が終わったらすぐに帰っちゃうだろ。なかなか会えなくて困ってたんだ。……そうしたら、首席殿は図書館に通っているって話を聞いてさ。なるべくこの道を通るようにしてたんだよ。いやー、会えてよかった」

 こいつ、人のこと付け回してたのか。いや、それより話の内容が問題だ。サキとの仲を取りもつだと。どういう意味だ。

 ようやく話を聞いてもらえたと、大げさによろこんでいる男は、こちらの様子を気にかけることもなく話しつづける。

「おたくの相棒殿は、緑の髪留めしたお嬢さんでいいんだよな。じつは、彼女と森の前で会ってたんだ。だけど、その……どうも、いっしょに森に入らなかったみたいで。気になってたんだよ」

 こいつ、あの森の前でたむろしていた——。

「貴様、あの連中のうちのひとりか。……ちょうどいい。会えたら言いたいことが山ほどあった」

 怒気に気づいてか、男はひょろ長い胴体の真ん中で「降参だ」と両手をあげ、あわてた様子で首をふる。

「なにを言おうとしているのかはわかる! けど、最後まで話を聞いてくれ。その件について彼女と話がしたいんだ。前の方にいてちっとも気づかなかったんだけど。後方の連中が、彼女と悶着(もんちゃく)を起こしたらしくて……」

「自分は知らなかったと言いたいのか? それを、わざわざ伝えにきたのか」

「たしかに気づかなかった。だからといって女ひとりを置いてきたなんて男の恥だ。彼女にも申しわけないことをした。……だから、謝りたい」

 話を聞いて、喧嘩腰だった姿勢をあらためる。きな臭い真導士の里にも、きちんと筋を通す奴がいたようだ。


 四大国では、女を大切にあつかう習慣がある。まだそう昔とは割り切れない過去に、ひどい戦があったからだ。

 戦が長引いたせいで、兵士となる男の数が減っていった。減ってしまった男の数を増やす目的で、女はどんどん子供を生むことを強要されていたし、他国の兵力を減らすために女をさらうことも多かった。ときには虐殺されることもあった。

 いまだその爪痕は残っており、四大国の女は、男と比べて数がすくない。過去をふまえ。そして男女比の不均衡もともなって、現在でも女を守る習慣が、国中に広く行きわたっている。「女を守れぬは男の恥」という言葉は、洗礼前の子供でも知っている。

 だからこそ、サキがひとりで森に入ったと聞いて、ずっと腹を立てていた。ところが、この長身の男はそれを恥と知り、謝りたいと申し出てきた。どうやら、話を聞く価値があるようだ。気を許すわけではないが、やや態度を軟化させる。

「どうも周りの連中は、選民意識が高いらしくて。彼女に謝りに行こうっていっても、首を縦にはふらないし。ひとりで謝りに行こうとしても、変に足止め食っちゃって。学舎じゃどうも無理だから、道を歩いているときに……とか考えてたんだけど、ふたりして全然見当たらないし。で、彼女を直接探すのは無理そうだったから、相棒の首席殿を探してたってわけだ」

「……なるほどな」

 本来なら素直に場を設けてやるところだ。しかし、ここ数日のできごとが頭に残っていて、快諾するべきか悩ましい。とはいえ、この話が本当であれば、サキの気分だって持ち直す可能性がある。さまざまな想定が頭をめぐる。まあ、席を外さずにいれば、おかしな真似はしないだろう。そう考えて、今回は妥協(だきょう)することにした。


「わかった、ついて来い。会わせるだけは会わせてやる。もし、彼女が会いたくないと言ったら叩き出す。それでいいか」

「いい。まったくかまわない。首席殿、恩にきる」

「……ついでに、その首席殿というのはやめろ」

「ん? 気に入ってなかったのか」

「だれが気に入るか」

「そうはいっても、だーれも名前を知らないからな」

 言われてみれば、導士相手に名乗る機会はなかった。

「ローグレストだ」

「そうか、オレはヤクスだ。よろしくな」

 長身の男は、にっと笑ってから肩をばしばし叩いてきた。

 人見知りのサキに、なれなれしいこいつを会わせて大丈夫か。不安に思えど、いまさら口にした言葉を取り消すわけにもいかん。観念して、やたら縦に長い男と連れ立って、家路を急ぐこととなった。


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