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真導士の憂鬱

　ここ数日で、ようやくなれてきた家路を、ひとり歩いていた。

　真導士の里サガノトスは、施設がかなり充実している。道の整備はもとより、学舎、食堂、サロン、倉庫、図書館などなど。生活に必要なものは、すべてそろっていた。裏で動いている金は、とてつもない額のはず。あれこれと計算している途中で、そら恐ろしくなった。

　だが、せっかく利用できるのなら使わない手はない。そう考えて、世では貴重品とされている本を、五冊ほど借りてきたところだ。選ぶのに熱中していたせいで、いつもより帰りが遅くなってしまった。

　時刻は昼時。皆が皆して食堂に行っているのか、道の人影はすくない。この時間帯なら、サキを連れてきても大丈夫だ。そう思いながら相棒(バティ)の顔を思い浮かべる。

　今日の昼飯は、いったいなんだろう？　腹時計は正確で、さきほどから早く帰れとうなり声をあげている。

「おーい、首席殿！」

　考えにふけりながら歩いていると、後方から呼び止めがきた。ついでに、思わず眉をひそめる。

　――首席殿。

　 "第三の地　サガノトス" における自分の呼び名は、これに確定したらしい。信じがたいことだが、この身が有している真力は史上最大。過去に類を見ないということらしく、里に上がってからいきなり期待や羨望、嫉妬などを受ける身となった。真導士とも、真術とも縁遠い世界を生きてきた自分にとって、その事実は想定外すぎるものだった。しかしまあ、そんなこともあるだろうと飲みこんで、この数日をすごしていた。

　ただの商人が、真導士でもある商人に変わっただけ。むしろ、あつかえる品が増えた分だけ得ではある。真導士の専売とされている術具(術具)をあつかうためには、しっかりした伝手(つて)が必要。いままで、あついたくても、あつかえなかった品のひとつだ。

　だがしかし、こうやって真導士になったのだから、もう遠い伝手を探す必要はなくなった。これは商いに生きる者にとって、かなり大きな強みだ。なにせ、途中で上前をはねられずに済む。多少のいざこざがあっても、高い真力は貴重な資産になる。そう、楽観的にかまえていたのだが……。

　現実を知って、うんざりとするはめになった。

　多少どころではない。毎日毎日、鬱陶(うっとう)しいことが目白押しだ。とくに、自分を「首席殿」と呼んでくる連中。奴らには二種類の区分しか存在していない。すでに将来の覇権争いを想定して、力の強い者にすり寄ろうとしている奴。そして、大きな真力に嫉妬している奴。

　自分にとっては、わかりやすい嫌悪を出している後者のほうが、まだましだった。気に食わない。理由はそれだけだ。切り捨てるにしても、正面から当たるにしても、こちらのほうが断然やりやすい。

　問題は前者だ。こいつらは複雑怪奇な思考をしている。表向きと内心の差がわかりづらいうえ、からめ手で親しくなろうとしてくる。それとなさを装った露骨な態度が、また勘にさわる。表情も仕草もしゃべる内容でさえも、すべてに下心が透けて見えて、とても懇意(こんい)にしたいと思えない。

　ひと呼吸おいてから、呼びかけてきた相手をふり返る。

（さて、今度はどちらだろうな）

　どちらでも気分が悪いのは同じ。しかし、あえて敵を増やそうと努力をしているわけではない。とりあえず、当たりさわりのない対応を心がけてみようか。

「なにか用か」

　ふり返って、相手の頭があると思っていた位置に、想定のものがないと知り、視線を上に上にと動かしていく。妙に長い男だ。

「はあ、よかった。……ようやく見つけたよ」

　長身の男が、疲れたと言わんばかりの苦笑いを浮かべていた。

　浅い空色の髪は、短くそろえてある。そのため、紫紺の瞳がよく見える。この色の目は、あまり見かけない。額飾りは、独特の模様をした組み紐だ。北の地方から出てきた男たちが、そろって同じような紐を付けていた。きっとこいつも北の出身だろう。

　口ぶりと、羽織っている白いローブの丈を見て、同じ導士であるとわかった。

　この真導士の里には、導士と高士と正師。そして慧師がいる。真導士として位が上がるごとに、羽織るローブの長さが伸びていく。まだ会ったことはないが、高士に会ったら礼をするように言われていた。真導士の里は、完全な階級社会であるらしい。それが覇権争いや権力抗争になる要因ではないかと思えども、導士に意見する機会など用意されていない。

「ずっと探してたんだ。用があってさ」

　語り口調は軽い。顔だけ見れば気さくな男に見える。しかし、まだ気をゆるめるべきではない。

「俺に何用だ」

　顔を貸せと言われたら、のこのことついていってやろう。港の商人は腕っぷしが強いと、一度しっかり教えてやれば、すこしは鬱陶しいことが減るはずだ。

「いやね。ちょっと頼みごとがあって」

「頼みごと？」

　めずらしい。からまれることは多々あるが、頼みごとをされるのは初めてだ。意外なできごとだったせいで、わずかに興味を引かれる。

「その……、おたくの相棒殿についてなんだけど」

　頭を出していた興味が一瞬で引っこみ、代わりに怒りが飛び出してきた。

　どうやら、用事は最悪な内容のようだ。