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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第二章 鼎の道
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新たな日常

 意識を集中する。

 手の平にある丸い感触を確かめ、しっかりと両手で包みこむ。転がらないようにおさえて。でも、力を入れすぎてはいけない。

 深呼吸を一つ。そして、ひたいに念じる。


 描け——と。


 あわい光をこぼしていた真眼から際立つ白があふれ。両手の周りに燐光(りんこう)が生まれる。小さく生まれたその光は、おずおずと育ち。わずかのちに純白の円となる。ここで集中を切らしてはいけない。さっきは、ここで真円が壊れてしまったのだ。形をくずさぬよう、意識して円をたもつ。


 窓は開けていた。

 あたたかな季節。陽気な風が、やさしく流れこんでくる。道に咲いている花の香り。それといっしょに、白い光の粒がさらさらと入ってきた。

 光の粒たちは、大気に()む女神の子——精霊。彼らは、花にひかれる蝶のように、風に乗りながら真円の周りを飛ぶ。

(おいで)

 真円は、そそいだ真力で満ちている。さらりさらりと香りを確かめるように舞って……粒たちが真円へと降りていく。真円のなかがゆれた。白い光が、その輝きをさらに強める。

 もうすこし、あとすこしだけ——ここだ。

(こも)れ」

 ひたいから強烈な光が放たれた。描かれていた真円が、三度だけ明滅(めいめつ)する。両手を開く。ころりと転がった丸い水晶を、じっと見つめる。

「……できた」

 成功だ。

 肩の力が一気に抜ける。たったいま、造り出したばかりの輝尚石(きしょうせき)が、ことさら大切な宝のように思えた。気持ちのままひとつなでる。なでた水晶からは、真力が籠められた証拠である白い光が、やんわりと放たれていた。

 よかった。これで、今日の修業は終わりにできる。


 真導士の里の修業は、意外なほど簡素(簡素)なものであった。まだ、修業をはじめて間もないというのもあり、朝のうちに終わってしまうことが多い。苦行を強いられるのではと心配していたのに、そのほとんどは座学だった。真術というものは、人それぞれ扱える系統が限られている。真力には質があり、その質によって、対話できる精霊が分かれていると学んだ。


 真導士には、大きく四つの区分がある。その区分は、真円を描いたときの、真力の流れによって分けられている。

 右に真力が旋回していれば、燠火(おきび)の真導士。

 左に旋回していれば、天水(天水)の真導士。

 左右交互に旋回していれば、蠱惑(こわく)の真導士。

 最後に、これはとてもめずらしいと聞いたが……真力が立ち昇っていれば、正鵠(せいこく)の真導士。


 自分は真力が左に旋回していたので、天水(てんすい)の真導士である。天水の真導士は、比較的おだやかな精霊との対話を得意とする。人を癒し、守護する精霊が好む真力を有しているという。

 ちなみにローグは、燠火(おきび)の真導士だ。精霊のなかでもとくに扱いづらい、暴れ者が好む真力を有している。嵐をおこしたり、雷を降らせたりと、大がかりな真術が使える。真導士と聞いて、民がまっさきに思い浮かべるのは、間違いなくこの真導士だ。

 系統によって得意分野がばらばらなので、全員いっしょに修業がおこなえない。努力を重ねれば、ほかの系統の真術も使えるようになるとは聞いた。しかし、質が合っている者の真術には、どうしても劣ってしまう。

 そして——その劣りを補うために、相棒バティがいる。質が異なる者同士で組ませ、それぞれの強みを磨く。そのほうが、質が合っていない真術を克服するよりも、圧倒的に効率がいいのだとか。

 そういった諸々(もろもろ)の理由から、学舎では真術の知識だけを習い。あとは各自で修行場までおもむいて、自分に合った真術を磨くように言われている。

 今日は、習ったばかりの初歩真術を水晶に籠めて、輝尚石をひとつ造り上げるという修業だ。座学が終わってから家に戻り、失敗すること数回。ようやく輝尚石が完成した。

 肩の力が抜けた途端、部屋の変化に気がついた。いつの間にやら、濃い匂いが部屋中に満ちている。

「いけない」

 あわてて炊事場までかけていく。いまにも吹きこぼれそうになっている鍋の火を止め、ふたを取る。大量の湯気が顔をおおい、放っておかれた非難を浴びせてから大気に溶けた。

 鍋の底をおたまでさらう。どうやらこがしていないと確認して、胸をなで下ろす。修業に精を出すあまり、今日のお昼を台無しにするところだった。失敗しても自分ひとりならば、がまんして食べる。しかし、これは人に食べてもらうもの。さすがに焦げた料理を出すことはできない。


 ふと、窓から外をのぞく。日はちょうど真上に差しかかったくらい。彼はそろそろ戻ってくるだろう。

 本当に危なかった。とてもいまからやり直しはできない。彼は、きっとお腹を空かせて帰ってくるはずだ。背丈はあっても、大柄とまでは言えないその身体で、意外と思えるほどの量を食べる。最初に食事を用意したときは、そこまでの量を用意していなかったせいで、それこそあっという間になくなってしまい、急いで追加を作ったほどだ。

 帰ってきて、あるはずの食事が用意されていなければ、ひどくがっかりするに違いない。あの端整な顔が、しょぼくれてしまうのはもったいない。すねたローグの顔を想像して、くすりと忍び笑いをもらす。


 そのとき、背後でことりと音がした。もう帰ってきたのだろうか。それにしては扉が開く気配がしない。おかしいと思いながら居間に戻る。やはり彼はまだ帰ってきていなかった。

 室内を見渡し、視界の端で、ふわふわとしたものがゆれていることに気づく。

「……まあ」

 窓のところに、予想もしていなかった来客がある。その姿をみとめて、なんてめずらしいと、頬をゆるめた。


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