表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第一章 静白の門
11/106

鼓動

 自分の正気を確かめた男——ローグレストは、上着にはりついた土と木端(こっぱ)を、手早くはらってくれた。


 泣きやまなければ。

 平静を取り戻すべく、目をごしごしとこする。涙を流したのは久しぶりだった。幼い子供に戻ったようで、なんだか気恥かしい。

 ふと、ローグレストが笑った気配がした。

 不思議に思って顔をあげる。途端、すこしだけ目元をなごませた彼と、まともに出会う。

 とくりとひとつ、胸が脈をうった。

「サキ」

 低い声。自分の名前なのに、ちがうだれかを呼んでいるように聞こえる。

「立てるか?」

 はい、と応じて立ちあがろうとした。しかし、右足に力をこめたときに激痛が走った。痛みにたえかね、立ちあがりかけた形のままよろめいて、ローグレストの体に着地してしまった。

 自らだきつきにいった格好となってしまい、あわてて離れようとしてみたけれど、足の痛みで上手くいかない。こめかみをいやな汗が流れていく。動くこともできず、痛みが去るのをこらえて待つ。


 ローグレストは、右足に異常が出たと気づいたらしい。辺りに目をやり、なにかを見つけて自分に視線を戻す。なんだろうと思っていると、突然身をかがめ、有無をいわさず横抱きにしてきた。

 か細い悲鳴が、口からこぼれる。こちらの動揺を気にもかけず、彼はすたすたと一直線に歩いていく。しばらく歩いてから、無造作に転がっていた平べったい岩に、ゆっくりと自分をおろした。

 ローグレストの腕が離れても、鼓動が早鐘のように乱れうっていった。怪我をしているとはいえ、男の人と密着するとは……。

(ああ、なんてはしたない)


 岩のうえに、人形よろしく鎮座させらせた自分。だが、試練はまだ終わっていなかった。

 彼は靴に手をかけたのだ。より正確にいえば、彼は長靴をくくっている革紐に手をかけたのである。今度の動揺は、さきほどの比ではなかった。素足は、うしろ髪と同じくらい破廉恥(はれんち)な部位である。見ず知らずの相手に素足を見せたことは、過去一度もない。

「ま、待ってください!」

 自分でもおどろくくらいの声が出た。声に呼ばれた黒の瞳が、ひたと見すえてくる。その力強い視線に、きゅうと胸がつまった。

「具合を見るだけだ、無礼なまねはしない」

 言うだけ言って、さっさと革紐を解いていく。解き終わると、今度は靴を脱がされる。革靴の下に足布をはいてはいたが、こちらも問答無用で取られてしまった。足を森のぬるい風がなでていく。さらされた肌は、いっそ病的といえるほど白く透けている。

 素足に手がふれた。肩が跳ねたのは気づいていただろうに、彼は無言のまま両手で足を包みこむ。首も、頬も、耳も、どうしようもないくらいに熱かった。


 浅く焼けた手の色は、青白い肌のうえで健康的に映えていた。彼が、右足に集中していることだけが救いだった。自分の顔は、湯気が出そうなくらいの熱を帯びている。

 ローグレストは足首の腫れを見て、用心しながらそっと曲げた。

「あっ……!」

 また、激痛が走った。

「やはり、ひねったみたいだな。手当をしようか」

 ひざの泥をはらって立ちあがり、どこかへと歩いていく。その背中をあわてて呼び止める。

「あの、大丈夫です。自分でやりますから」

 これは嘘だった。

 手当てをしようにも、なにも持っていない。嘘をついてでも大丈夫といわなければ、きっと時間を使わせてしまう。彼の足手まといになってしまう。それが、どうしてもいやだった。

 ローグレストが、こちらをふり返る。

「動けないだろう」

 黒い瞳が、浅はかな嘘を見すえながら問う。悶々(もんもん)としている自分に、おとなしくしていろとだけ言いおいて、もといた場所へと戻っていった。

 岩のうえでしばらく呆然としていると、彼は革袋をふたつかかえてやってきた。すっかり忘れていたが、ひとつはおそらく自分が持ってきたものだ。目の前に腰をおろし、革袋の中身を改めはじめる。袋のなかには、思いのほかいろいろと入っていたようだ。

 ナイフと厚手の布、瓶に入った水に紙袋。紙袋からはパンが四つ。さらには包帯と、そして——白い光を帯びたふたつの水晶。

「……これ」

 なにに使うのだろうか。水晶は、手のひらに乗ってしまうくらいの大きさで、明らかに真力を帯びていた。

輝尚石(きしょうせき)を知らないのか」

 キショウセキ。またまた聞きなれない言葉だ。

「はじめて……見ました」

「行商人が売り歩きに来るだろう」

「わたしの村、すごく小さくて……大きな町も近くにないので」

 行商人など見かけたこともないと、すなおに告白した。そうしたら「遠くからきたんだな」と妙に感心されてしまった。そして彼は、地面に並べていた輝尚石のひとつを手にする。

「見ていろ」


 なにが起こるのだろうか。

 痛みも、羞恥(しゅうち)も忘れてローグレストの動きに集中する。彼は、なれた手つきで輝尚石に包帯を巻きつけていった。ぐるぐると巻いたそれを、今度は()れた右足に巻きつけていく。しっかりと固定をして、ゆすっても落ちないことを確認したあと。ゆっくりと三回、指先で輝尚石をたたく。


 思わず光景に見入った。うっすらと光を帯びているだけだった輝尚石が、輝きはじめたのだ。

 開眼をしたからだろう——強い真力を感じる。いままさに真術が使われていると感じられる。水晶は、うるむように輪郭(りんかく)をゆらしていた。ゆれる輪郭の外側に、小さな真円がはっきりと見えている。

「ひねったくらいなら、すぐに治る」

 包帯を革袋にしまいながら、彼が言う。


「休むついでに、腹ごしらえをしてしまおうか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ