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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第五章 邂逅の歯車
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悪意との邂逅

 呼吸を奪うような暴風を受けて、意識を取り戻す。

 いけない、気を失っていた。緩慢に目を瞬いて、目の前の光景に愕然とした。

「……そんな!」

 害意の風が、船の目前にまで迫ってきている。

 何てことだろう。警告を出し忘れてしまっていた。気を失いながらも、握り締めて離さなかった輝尚石を口元に持ってくる。声を送ろうとしたのに、水晶が奇跡の光を帯びていなかった。

 これではバトに届かない。

 気配を追って、島の中心に凍える気配があるのを視た。

(何とか、何とかしなくては……)


 動かない左腕をかばい。ゆっくり立ち上がったところで、耳に複数の言霊が届いてきた。

「放て!!」

 海に広がる真術。

 火炎流が激しく燃え上がった。三本の火炎流と、他にいくつも展開されている炎と風の真術。

 高士達の気配はしていない。……これはいったい?

 甲板を見れば同期の八人が、害意の風と相対するかのように横並びとなっている。

 彼等があの真術を展開しているのか。海の上に走る多重真円の真術を。夕食の前まで、誰一人として成功していなかったというのに。

「まだだ、まだ残ってる! どれでもいいから全力で放て」

 クルトの声の後に、ローグの声が聞こえてきた。

「あと少しだ、通じてるぞ!」

 言葉を確かめようと、視線を害意の風に移す。

 海水を巻き上げながら暴れる暗い風を、甲板にいる導士達が生み出した炎と風の真術が、じりじりと削っていっている。

(皆が、戦っている)

 右腕を上げて、構える。

(ならば、わたしも戦う)

 海の上に浮かぶ輝尚石。その中から真夜中の気配を感じ取って、大きく息を吸った。


「放て!」


 呼び掛けに応えた真夜中の真力が、抑えていた力を解き放つ。

 燃えて巻き上がり、海上にあったすべてを飲み込んで進む――極大の炎。

 暗い害意の暴風と正面から混じり合って、白く輝き。苛烈な光を放ちながら、ついにすべてを消し飛ばした。

「やったー!」

 元気なユーリの絶叫が届いてきた。

 絶叫を皮切りに甲板に歓声が上がる。やった、できたぞと喜び合う声を聞いていたら。ふいに力が抜けて、ずるりと足を滑らせてしまった。

 落ちると思った矢先、力強い腕に受け止められる。

 真夜中の冷たい気配に支えられ、血臭のしない白のローブに包まれた。

「上出来だ」

 満足そうな凍える声音に、掠れ声で返事をした。

 暗雲が消えた夜空の下。白の花が、気高くいくつも咲き誇っている。

 その景色がまばゆくて。目を細めて小さく笑った。




 バトに抱えられ甲板に降り立った途端、ローグが駆け寄ってきた。

「"小さいの"、癒しを掛けてやれ。骨が折れている」

 痛いと思ったら、結構な大怪我だったらしい。年頃の娘にあるまじき、である。

 バトの腕から離れ、ローグの腕に抱き込まれる。熱い海の気配と彼の体温を感じて、身体中の力を抜いて寄り掛かった。

「サキ、痛むか?」

「痛いです……。でも、大丈夫です」

 低い声が、喉だけで笑った。

 顔を見上げれば、苦しそうでうれしそうな。非常に複雑な表情をしたローグがいた。

「信じてくれましたね」

「サキもな」

 二人で笑い合う。笑った拍子に腕が痛んで、すぐに笑いを引っ込めることにはなったけれど。とても幸せな気分だった。


「多重真円は誰が放った」

 バトの問い掛けに、ヤクスがのんびりと答える。

「全員で、ですよ」

 甲板の上で起こっていた出来事を、ヤクスとクルトが教えてくれた。

 クルトがそのような機転を働かせるとは、人は見かけによらないものだ。彼の様子を見ていると、昼間よりもいまの方が元気に見える。もしかしたら、クルトは朝に弱い人なのかもしれない。

 一通りの報告を聞いた青銀の真導士は、腕を組んだまま静かに目を閉じた。居心地の悪い沈黙。盛り上がっていた甲板が冷え込んでいく。

「あのー、バト高士。やり過ぎてしまいましたかね……」

 怯えながら聞く長身の友人。そこで、バトが冷笑を浮かべた。

 静かな真夜中の気配をただよわせた青銀が、導士達をゆっくり見渡す。

「お前ら全員――上出来だ」

 甲板の上で拍手喝采が巻き起こった。

 喜び合い、労い合う導士達。それを静かに眺めている青銀の真導士の姿を見て、胸の軋みを思い出した。

 凪いだ気配の合間に、春の気配がこぼれている。

 去来した不安から、自分がいることを確かめようとローグの体温に縋りつく。

「どうした、サキ」

 名前を呼んでもらえたので、何でもないと小さくかぶり振った。

 わたしは、わたしだ。


 癒しをくれたティピアに礼を伝える。泣きべその跡が見える小さな友人は、それでも笑顔を返してくれた。

 強欲でもよかったらしい。

 サガノトスの加護は、どうにか得られたようだ。興奮した導士達と青銀の真導士を残して、四人の高士達は船内に戻っていった。

 扉が閉じる時。またもや青銀の真導士が舌打ちを一つ出したが、怯える者はどこにも居なかった。


 痛みが取れて、気力が回復してきたところで、気配を辿る力が復活した。島の方から、まだ何かが詰め込まれたような真力がしている。

「バトさん、あれは……」

 処理しなかったのだろうか。

 不吉な予感しかしない気配の大本を。

「いまは手が出せん。里に報告してから手順を踏んで処理せねばなるまい」

 じっとりとした海風が、甲板を吹き抜ける。

「手が出せない?」

「お前の言う通り、眠っている。だが無理なものは無理だ。これ以上は聞くな」


 どこかでかたりと音がする。

 続けてかたかたと静かに回る何かの音に、悪寒が走った。……遠くで耳鳴りが、している。

 本日三度目の、既視感。これは――。

 島を視る。

 何かが動いた。

 そこにはもう、何もいない。

 いない、はずなのに――。


「サキ……?」

 自分を支えているローグの心配そうな声。どこかであったこの感じ。

「あ……」

 真眼が勝手に見開かれていく。島のすべてに意識が絡め取られて動けない。

 笛のように高く鳴く、耳鳴り。

「駄目……」

 自分を支えるローグの腕に力が入る。同時にバトが島に身体を向けた。

 危機の――兆候。


「駄目、伏せて!」


 叫びに一拍遅れて、島が白に包まれた。絶大な力に砕かれ、破壊される岩の島の姿を、全員が茫然と見つめていた。

 島を破壊し尽くした光が、波を駆けて海を走り。広く円形に広がっていく。

 海の上に満ち満ちていく、悪意を滲ませた白の光。

 記憶に眠る、その気配。


 バトが大きく真円を描いた。海の下にある"真脈"から強引に真力を絞り取り、すぐさま展開を開始する。船の破壊を狙った白の悪意が到達する直前。"転送の陣"が完成し、船ごとどこかの港に飛んだ。

 甲板の上に静寂が戻っていた。誰も、二の句が継げない。

 自分の目で見た光景が、まだ信じられないといったように立ち竦んでいる。

 展開を収束させたバトは、何も言わず海を睨みつけていた。険しい表情を見て、よくないことが起こったのだと悟る。

 自分の相棒を見た。

 ローグも自分をじっと見ていた。

 彼も気づいたようだ。

 このふた月、記憶の中でずっと眠っていた出来事。

 忘れもしない、まざまざと悪意を滲ませた……あの真力。


 ――"森の真導士"。


 "迷いの森"で暗躍していた悪意の真導士が、自分達の前に帰ってきた。

 耳の中で回る、歯車の音は途切れない。

 大きな力で先へ、先へと自分達を押し流していく。

 穏やかな波の音を聞きながら、二人で互いを抱き締め合った。


 そうしていないと、大きな力に巻かれて逸れてしまいそうだった。

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