表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第五章 邂逅の歯車
104/106

立ち向かう

「……サキ、……サキ。返事をしろ!」


 耳元から聞こえる声で、一気に覚醒した。

 目覚めたばかりの自分の目に、まず真っ先に飛び込んできたのは、静かに煌めき続けている星の姿だった。

「……う」

 見張り台に倒れ込んでいた身体を、ゆっくりと起こした。

 強くぶつけたらしい。左腕が持ち上がらないほど痛む。どうにか動いている右腕を伸ばして、輝尚石を手の平に収めた。

「……バト、さん」

 輝尚石越しに、息を吸い込む音が通り抜けてきた。

「生きていたか」

 冷徹な声に、薄い安堵が混ざっている。

「……はい」

 それだけ伝えて、痛みに呻いた。

 呼吸を整えようとしても。吸い込むたびに激痛が走ってしまい、上手くいきそうにない。

「状況を報告しろ」

 短く簡潔な指令に応答しようと、つかえながらも報告をする。

 隠れ潜んでいたらしい片生の数は十五。島から船の真上に渡り、こちらを一気に潰そうとしてきたのだろう。

「他の連中はどうした……」

 立ち上がろうとし、間違えて左手を動かしてしまった。耐えがたい激痛が全身に流れて、残された力を削っていくようだった。

「……動けないのか。じきに戻る、そこで待っていろ」

「だい、じょうぶです……いま、確認を」

「サキ、無理をするな」

 バトの制止を受けても、身体は勝手に動いていた。右肩を見張り台の壁に擦りつけ、少しずつ足に力を加えて上を目指す。

 右手にある輝尚石は、絶対に手放せない。

 これは自分の仕事。託された真導士としての任務を放棄はできない。

 輝尚石を握り締めている右手が、見張り台の縁に掛った。飛び出ていた木の破片が、皮膚に食い込んで痛んだけれど、そのまま身体を引き上げた。

 見張り台の上から上半身を出して、甲板を窺う。ざっと吹いてきた潮風に添え髪が弄ばれて、視界を遮った。邪魔な薄い金の隙間に、白く咲く花の姿がぽつり、ぽつりと浮かんでくる。

 焦る気持ちを抑えながら両足に力を込めて支え、右手の輝尚石を大きく回した。

 暗く深く広がる海の間に浮かぶ船影。

 船首から光の渦が返ってきたのが見え、そして――船尾からも同じように光の渦が生まれたのを見た。

 目の奥が熱くて、喉が引き攣れそうだった。

 もう一度だけ大きく回してから、輝尚石を口元に戻す。

「バトさん。皆……無事です」

「そうか……、報告ご苦労。こちらの狩りも終わった。調査をしてから帰還するが、それまでお前はもう動くな」

「……はい」

 背中を壁につけながら、ずるずると座り込む。

 胸に湧き上がる歓喜が目からこぼれている。こぼれ落ちた跡を潮風が撫でていく。

 熱さと寒さが入り混じった奇妙な感覚がどこか面白くて、一人で小さく笑ってしまった。







 四人で見張り台から見える、白く輝く合図を眺めていた。

「無事だったようだ」

「ええ……、本当によかった」

 船首の方からも同じ光が返ってきている。

「導士だけでも、意外と何とかなるものだな」

 言いながらも、視線は見張り台から離せない。どこか不格好に回っていた光に、一抹の不安を覚えてしまう。様子を見に行きたい。だが、いまは任務中だから持ち場を離れられない。またサキを怒らせてしまったら大変だ。

 いまは彼女と自分の勘を信じて、任務を続行しよう。

 改めて覚悟を決めていれば、ひくり、ひくりというか細い声が下方から聞こえてきた。視線をやれば、山吹色の髪を揺らした小さな友が、泣きじゃくっていた。

「……ティピア、やるではないか」

 それだけ言うと、泣きじゃくりながらも頭が上下に揺れた。


 上空に現れた敵影に向かって炎豪を放った。ところが敵の間隔が広過ぎて、すべてに行き渡ってくれなかった。ヤクスが三人、ジェダスが二人を削って、それでも最後に一人残ってしまった。

 避けることができないほど間近で打ち込まれた炎から、三人を守り抜いたのはティピア。

 泣きながら。そして震えながら全力で展開していた"守護の陣"。彼女が敵の先制攻撃を防いだところで再び真術を展開し、ようやく難を逃れた。

 "守護の陣"が展開された時は、まさかサキではと思ってしまったけれど。蜜色の相棒は、自分の身を守ることに専念してくれたようだ。サキは俺を、……俺達を信じ抜いてくれたのだろう。

 一緒に帰ると約束をした。

 それは互いのどちらも決して失わないという約束。

 どちらを欠いても空を行けなくなってしまうのであれば、両方を守る必要がある。自分を守ることは、相手を守ることに繋がっていく。

 彼女の出した結論は、何とも頼もしいものであった。

(成長し過ぎではないか……?)

 自分の影で守っていたはずの彼女は、いつの間にか影から出て、自分を守り導く位置にいた。

 奔放で伸び盛りな彼女は、やはり自分の思い通りにはなってくれないようだ。寂しいような。うれしいような。何とも表現が難しい気分に陥る。


 深呼吸を一つして、真力と気力を整えた。

 胸に湧き上がる充足感に身を委ねたいとも思えども、どうにもまだ終わりそうにない。

 真導士の勘は実に厄介だ。

「何かありそうだ……」

 ひとり言めいた呟きに、ヤクスが応じる。

「やっぱりそう思う? 真導士って本当にいやだね」

 軽い口調であっても、緊張感は失っていない様子だ。

 ちらりと見張り台に目をやる。見えていたはずの白のローブが、まったく見えなくなっていた。

「怪我でもしたかな……」

 同じように見張り台を見ていたヤクスが言う。

「いまは行けない。……三人とも油断するなよ。サキほどではないにしろ俺達にだって勘はある」

 怪我をしているか。気を失ってしまったか。それとも島の方に集中しているのか。状況を確かめる術はない。だが、それらはすべて同じ結果に繋がっている。


 夜の海を静かに見つめる。

 流した革袋の姿はまだ見え隠れしていた。正体はいまだ不明のまま。

 あれは何だと問おうとして、船が大きく揺れ動いた。

「来たぞ……!」

 暗い波間に白の光が輝いた。小さな光は海中にある何かに働きかけて、ゆっくりと沈んでいった。"片生の魔導士"が沈んでいった場所から、風の魔物が猛り狂いながら闇夜に舞い上がった。

「まだ残っていたのですか!?」

 ジェダスが焦りながら輝尚石を掲げる。

 "炎豪の陣"が籠められた輝尚石を放ち、風の真術に叩きつけた。

「やっぱり、初歩真術じゃ効いてくれないかな……」

 上位の真導士が、二人掛りで対抗していた真術だ。導士の真術では力を削るのも難しい。

 見張り台に視線を飛ばし、彼女の姿が見えないことを確認する。高士を一人でも呼び戻したい。しかし、信号が送れない。

 そうかといって、諦めるつもりもさらさらない。

 約束をした。

 一緒に帰る、と。

 両腕を前に構えて呼吸を整える。無駄だろうが何だろうが、持てる力のすべてで足掻く。

 活路はこの手で開いてやる。


「おおい!」

 またクルトの声が聞こえてきた。

「お前ら……」

 振り返ってみれば、船首にいた全員がこちらに向かって来ている。

「何をやっているんだ」

 駆け寄ってくる四人の導士。

「いいから来いよ。急げ! 仕掛けを使うんだ」

「仕掛け?」

 クルトの視線の先には、波間に浮かぶ革袋。あれが仕掛けだと言いたいようだ。

「クルト、あれはいったい何だ」

 促されて走りながらも疑問は募る。

 こいつら一体何をしようとしているのだ。

「船の中じゃ、試せなかったんだけど。理屈ではこれでいけるはずなんだよ」

 赤毛の同期は理解できないことを口走り、とにかく急げと八人の導士を等間隔に並ばせた。

 風の魔物は、そうしている間にも距離を縮めてきている。

「クルト、何をする気だ」

「あの中には輝尚石が入ってる。ローグレストとイクサが籠めた練習用。それから、実習のために持ってきた予備。燠火の真術を籠めた輝尚石を入れて、浮かせてある」

「何だって?」

 波間に浮かぶ革袋の中身は、すべて輝尚石だったらしい。さらにはあの男が籠めた、三重の輝尚石も浮かせてあるという。

「船の中では実験ができなかったけど、海の上なら試せる。とにかく全力で、どの袋でもいいから輝尚石を放て。同じような力が籠められているんだ。全力で解放すれば調整なんていらねえし、上手くいけば多重真円が作れるはずだ」

 自信ありげなクルトに、思わず感心してしまう。

「お前、なかなかやるな……」

「ローグレストさん、駄目だよ! クルトは昔から悪戯の天才なの。変な罠作って人に試してくるから、あんまり褒めないで」

 舌を出した赤毛の導士の横で、ユーリが困った顔をしている。

 こいつの実験台にされてきた様子だ。

「やってみようか。ディア、いけるね」

「うん」

 遠くで構えている番を見てから、共に駆けてきた友人達を振り返る。

「ティピア、まだできますか?」

「できる……。がんばる……」

 いつの間にか泣き止んできたティピアを見て、ジェダスが肯いた。

「よーし! 駄目でもともと。やってみるか」

 三人が構えたのを見て、自分も両腕を掲げた。

 だるそうな顔を、すっかり悪餓鬼の表情に塗り替えたクルトが合図を出す。

「せーの!」


「放て!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ