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真導士サキと第三の地  作者: 喜三山 木春
第五章 邂逅の歯車
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青銀と黒と

「すげえな、あの高士は」

 一日中ずっとだるそうだったクルトは、輝尚石を手に取り興奮気味に眺めている。

 三重真円の輝尚石など、倉庫にも術具屋にも置いていない。

「凄腕って感じだねー」

 おっかないと恐れていたヤクスからも、いつの間にか強張りが取れていた。


 またもや学舎のような風情となった拠点。思い思いに座り込んだ導士達が、二つの水晶を手に取り奮闘していた。燠火の真導士はローグとイクサしかいない。二人で旋風と炎豪を人数分籠めて、疲れた様子で休憩している。

 不機嫌な真導士による実演は、今日一日の中で最も実習らしい内容であった。帰ってから他の導士に伝えられないのは、何だかもったいないような気がする。

「実習って、こういうことだよなあ」

 クルトの一言に、誰も彼もが深く肯いた。

 基本的に不機嫌なだけで仕事熱心なバトは、導士の世話という部分にも手は抜かないらしい。フィオラ達にも、ぜひ見習っていただきたいと思ってしまう。

「サキちゃんの言った通りだったね!」

 ユーリから言われて、何のことだろうと首を傾げた。

「ほら、言ってたじゃないティピアちゃんに」

 追加で言われて思い出した。

「ええ、悪い人ではないのです。不機嫌で、口が悪くて、怒りっぽいくらいで……」

 賑やかだった拠点に、つかの間の沈黙が降りる。

「サキ殿は、恐れを知りませんね……」

 ジェダスに言われたので、とりあえず微笑んでおいた。

 年頃の娘を犬扱いするのだから、これくらいは言っておきたいものだ。

「組み分け表も破棄してもらえたことだし、感謝せねばならないね」

 イクサが柔らかな笑顔のまま、ディアに同意を求めた。ディアは、イクサの発言であればとても素直に応じる。うんと返事をして頬を赤らめた。


 周りの様子を眺めていたら、背後から何故か不穏な気配がただよってきた。

 振り向けば、どこか遠くを見ている黒髪の相棒がいた。さっき真力と気力を整えたばかりなのに。これは困る。

「ローグ、どうしました」

「どこで知り合ったんだ?」

 まずい。そこにきたか。

「おいおい、追求は駄目だって言ったばかりだろ」

 ヤクスのことなど知らぬと、自分の瞳から目を離さない。

「里に帰ったら忘れればいい。どうせ何も話せなくなるのだ。結果が同じならいま聞いてもいいだろう」

「何も聞かない不文律を忘れたのかよ……」

 ううむ。

 この調子だと問答を繰り返していた様子だ。こういう時のローグはなかなか引かない。しかし、確約はまだ生きているので、とても内容は伝えられない。

「ローグ……」

 視線を外さず、ひと息に言い切る。

「聞かないでください」

「それはどういう……」

「聞かないでくださいと言ったら、聞かないでください」

 しばらく睨み合って溜息を吐かれた。

「手布を出されるよりは、いいか……」

 苦渋の決断を下したらしい彼に、心の中だけで詫びる。明日の夕飯は、やはりちゃんとしたものにしてあげよう。


 その時、扉が開く音がした。バトが帰ってきたかと振り返り、思わず驚いた。

 どろりとした瞳のセルゲイが、拠点に入ってきたのだ。座り込んでいた男達が立ち上がり、揃って前に出て行く。

 自分は近くにいたティピアの手を取り、ローグの背後へと回り込んだ。ティピアは緊張しながらも、自身を保とうとしているようだった。その努力を支えるように、小さな友人の手を撫でる。

「バト高士はいらっしゃいません。ご用件ならお伝えしておきますが」

 セルゲイが、歪んだ笑みを浮かべた。

 正気と狂気の境にあるような瞳の色が、気になって仕方ない。

「すっかり懐いたようだな……。尾を振る相手を間違えてなければいいが」

 警戒の姿勢を取っている導士達を見渡し、自分のところで目を止めた。背中をざらついた手が撫でたように感じて、片手を伸ばし黒髪の相棒のローブを握り込む。

「ご用件は?」

 柔らかな声が、同じ質問を重ねた。

 尖り切った気配が、ざらりざらりと音を立てて揺れ動く。

「……食事を運ばせてきてやったのだ。廊下に置いておく」

 それだけ言って、拠点から足音が去って行った。騒動以降は、顔を合わせていなかったのだが……。何という変わりよう。

 そこまで、自分の矜持を傷つけられるのが我慢ならなかったということか。つかみ続けているローブを離せない。何かにつかまっていないと、膝が折れてしまいそうだった。

「いやな感じだね……」

 ユーリの言葉と同時に、船が大きな波に乗る。

 擦れ合い、高い音で鳴く食器の音が、廊下に反響して消えていった。




「手をつけていないな」

 確認を受けて、全員で行儀のいい返事をする。

 無言のまま、青銀の真導士が一つの輝尚石を放って寄こした。受け取った輝尚石を食事の上にかざして、籠められている真術を展開する。

 セルゲイが持ってきた食事は、空腹を感じてはいても手をつける気がおきなかった。上位の真導士よりも先に食事を取ってはいけないだろうと、もっともそうな理屈を作って、バトの帰還を待っていたのだ。

 帰ってきたバトは開口一番に、先ほどの問いをした。渡された輝尚石を食事に向けて展開しながらも、耳だけはあの人の声を追う。

「里の外の食事は、すべて警戒対象だ。真導士相手に真術を使うような間抜けはいない。しかし、毒を盛る輩は多い。癒しと守護を覚えているなら次は浄化を覚えろ。座学ではまだ習わないだろうが、無理をしてでも覚えておいた方が己のためだ」

 青銀の真導士の言葉には、無駄が一切含まれていない。

 今日の実習は、本当にためになる。不機嫌なのを治せば正師に向いているのではと、本人に言ったらいやがりそうなことを考えてしまう。

「とっとと食え。食い終わったら任務の概要と役割を伝える」

 それだけ言って、忙しなく出ていく背中を見送った。バトの動きが活発になってきたことで、その時が近づいてきているのだと理解する。

 だらけた雰囲気が払拭された拠点で、遅めの夕食会が設けられた。食べなければ生き残れないと、全員が黙々と食事を進めていく。適度な緊張感を保ちつつ、笑い声はまだ残っていた。明るい気配に触れながら、強欲でもいいではないかと考える。

 大切なものがたくさんあってもいいではないか。

 守りたいと願うものがあればある分だけ、失った時が怖い。それでも守りたいという気持ちを持てないよりも、持っていた方が幸福であるように感じる。

 この贅沢で強欲な自分に、女神の加護はないかもしれない。

 だけど、加護がなくとも貫いてみようか。

 どうか欲深き自分と、大切な彼等にサガノトスの加護があらんことを――。




「気配は読めているな」

 確信を持った問いがきた。静かに銀の腕輪を外しながら回答する。

「近づいてきています。人数は真眼を開いている数だけで……二十、いえ三十はあります。片生だけだとは思いますが、真術の気配が多くてはっきりしません。あと、海よりも深いところに、真力が集まっているように視えるのですが、それがどのくらいの数かまでは……」

 緊迫したものを孕んだ気配が、拠点を染めている。礼義を忘れたわけではないが、兵士のような態度を改めたヤクスが感心しながら言った。

「サキちゃん、よくそこまで読めるね。本当に気配に敏いんだな」

「前から敏いのは知っていたけれど……。ベロマの時より能力が強くなっていないかい?」

 イクサの問いの影で、気付かれないように銀の腕輪を手首に戻す。

「……体調によるみたいです。駄目な時もありますから」

 黒と、青銀の視線を受ける。騙せない彼等は、この場では何も言わないでいてくれた。

 過ぎた力は時として身の危険を誘う。騙したいとは思わない。それでも、すべてを明かさない方がいい時もある。

「近づいている速度は変わっていないな」

「はい、ずっと同じです」

「よし……。当初の想定通り、接触は深夜になる。作戦の概略と役割を把握したら仮眠を取っておけ」

 青銀の真導士による組み分けは、番を基準に考えられたものであった。

 一組目は、イクサとディア、クルトとユーリ。

 二組目は、ジェダスとティピア、ヤクスとローグ。

「……バトさん、わたしは?」

「お前は俺と組む。嗅覚を存分に発揮しろ。……船全体の守りは天水の高士が行う。他の高士はいっせいに島へと上陸し、敵を撃破することになっている。甲板での守りはお前達に任せる。導士だからと甘えるなよ。生きて朝日を拝みたければ全力を尽くすのだな」

 ローグが息を飲んだ音が聞こえた。

「サキを……島に連れていくのですか」

 黒と青銀が正面から絡み合う。

 その瞬間、拠点内の緊張が頂点にまで達したように感じた。眼差しだけの応酬に、視線が吸い取られていく。

 隣に立っているヤクスが、ごくりと唾を飲んだ。

 沈黙の後、青銀の真導士に冷笑が浮かぶ。

「いや、連れて行きはしない。船に残す」

 黒の瞳に目を向けながらローブを探り、一つの輝尚石を自分に放ってきた。

 ……この人は、どこに輝尚石を隠し持っているのだろう?

 ローブを見る限り、大げさに膨らんでいるような個所はないというのに。あまりに謎だ。

 小首を傾げながら貰った輝尚石を確かめる。またもや知らない真術の気配がする。

「"黙契の陣"が籠めてある。これを通じて読んだ気配を伝達しろ。船の報告もすべてお前に一任する」

 つまり、自分は通信役ということか。

 責任の重大さを理解した途端、手に汗が滲んできてしまう。自分が報告を間違えたら、きっと大変なことになる。

「一組目と二組目は互いに距離を保て。まかり間違っても一か所に固まるな。特に"金の"と"黒いの"は離れるよう徹底しろ」

 "金の"と"黒いの"……。

 イクサとローグを指しているのは間違いなさそうだ。

「離れなければならない理由があるのですか」

 "金の"呼ばわりされても、イクサの表情は崩れない。対する"黒いの"は無表情のまま、やや眉間にしわが寄った。

「同じ系統の真導士が近くで真術を展開すれば、互いに精霊を奪い合うことになる。特に燠火に懐く精霊は気が荒い。己が展開しようとしている真術の強化を目指して、精霊同士で潰し合いに発展する」

「つまり、ローグレストとオレが組むことは、そもそもよくないわけですね」

「よくないどころではない。絶対に組むな」

 妖艶な高士は、いったい何を企んでいたのか。

 ここまで強く否定されるような組み分けをしたフィオラを思い出し、ちりちりとした感情が出てくる。

 彼女の言っていた将来性とは、いったい何のことだったのやら……。

 バトは厳しい口調ながら、それぞれに的確な指示を出していく。ただ導士達の名前を呼ぶことはなく、全員に彼流の通称がつけられている。


 ローグは"黒いの"。

 イクサは"金の"で、ディアは"つり目の"。

 クルトは"赤いの"、"ヤクスは"長いの"、ジェダスは"柘榴の"、ティピアは"小さいの"。

 ユーリに至っては"煩いの"である。


 名前なら全員分伝えてある。

 そういえば自分も、最初は"小娘"だったなと懐かしく思い出してしまう。

 さすがに文句は言えない。とはいえ、微妙な表情をした八人を見て、自分もあのような顔をしていたのだろうかと不安になった。

 かなりいまさらではあるが、つい頬を撫でて表情を整えようと試みる。

「敵に情けはいらん。許しや救いが欲しければ、終わってからダールの神殿にでも赴け。己と周囲の命が掛っていることを忘れるな」

 言ってから、何故か青銀がローグを貫いた。

「お前は特に、全力で真力を放出しろ」

 厳しくなった冷たい声音。バトはどうしてか、ローグに対して厳しいようだ。

「何故でしょうか」

 ローグもローグで声が固い。落ち着かない場面に出くわして、そわそわと二人の顔を見比べる。

「戦場で、真っ先に狙われるところを知っているか」

「いえ……」

 冷徹な青銀がこちらを見る。

 幻の光を抱えながらも、冴えて輝く冷たい瞳に見据えられ。思わず動きを止めた。

「通信兵だ。戦況を報告し、援軍を呼ぶ通信兵を真っ先に狙う」

 凍えた笑いから慈悲の心は窺えない。

 視線をローグに戻したバトは、真力を放ちながら口から刃を放つ。

「その馬鹿でかい真力を盛大に放っておくのだな。お前の真力が放たれていれば、サキの気配は影に隠れる。お前が手を抜けば、こいつは狙い撃ちにされて潰される」

 冷徹な宣告を受け、ローグの気配が大きく揺れた。

「"翼"を削られたくなければ全力で事にあたれ。わかったな」


(バトさん……?)


 ローグを見ているバトの瞳に。自分を見ている時と同じ、幻の光が宿っている。青銀の真導士は、自分達の向こうに、いったい何を見ているのだろう。胸に走った疑問に応える声はない。




 大いなる歯車に導かれて船は進む。すべてを乗せて――連綿と続く未来へと。

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