厄病女神フィーバー
雑草生産者さんの書かれた「厄病女神」シリーズと、拙作「御徒町フィーバー」シリーズとの世界を合わせたコラボレーション小説です。
「厄病女神」シリーズの「偏屈先輩帰省中」の世界からは一年進んだお話です。ご注意ください。
ゴールデンウィークも目の前に迫った四月の春の光を浴びた大学の構内を私――御徒真知――と、はるちゃん――伊井国遙――は歩いている。
「文化祭のメンバー見つかった? かっちゃん」
はるちゃんが両腕を挙げ背伸びをしながら私に尋ねる。私としぃちゃん――椎名真智――は、この文京大学の文化祭の実行委員になったのだ。ところが文化祭を作るにはまだまだ人数が足りないということで、一緒に作ってくれる仲間を募集中なのである。
「うーん、委員長のタカビー――高見勝太――が五六人ほど見つけてくれたけどねー。まだまだだよ」
チラシを作って学生に声をかけてはいるものの、すぐに「やります」って人はなかなか見つからない。
「そのうち、どこかの営業会社みたいに、一人ノルマ何人! とか言われそうね」
実行委員ではないはるちゃんがちょっと楽しそうな目を見せる。
「はるちゃん……、洒落にならないこと言わないでよ……」
近々現実になりそうなはるちゃんの冗談にため息を吐くと、はるちゃんはそれに目もくれず、私の右肩を何度も叩いた。
「もう何よはるちゃん、痛いじゃない」
「大変、明石先輩が女の子襲ってる」
明石先輩とははるちゃんが所属しているダンスサークルの部長を勤める明石真奈美先輩のことだ。女子高生好きで、かわいい女子高生を見つけるとところ構わず抱きつくという困った癖を持つ。最近ではその範囲を女子大生にまで広げたようだ。おかげで私にも会うたびに抱きつく始末。うーん、困ったものだ。
「ほんとだ。あれは完全に襲っているよ。はるちゃん」
私達の視線のその先には、背と顔が物すごく小さく髪が短めの少々垂れ目の女の子が、明石先輩の腕の中にすっぽりと収まっている姿があった。女の子はその腕から逃れようともがいてはいるものの、ただ足をじたばた動かすだけの結果に終っている。
「ちょっと、明石先輩。知らない子を襲って何をしているんですか?」
「むー、助けてくださいー。いきなり抱きつかれて困っているんですー」
女の子は私たちを見るや、明石先輩に抑えられた腕を何とか私たちへと伸ばそうとしている。
「明石先輩、この子困っているじゃないですか。離してくださいよ」
「まあまあ遙、この子見てよ。すごくかわいいし、それに物すごくほっぺが柔らかいんだよ」
明石先輩のその言葉を聞くや、私はその子のほっぺを軽くつねり、伸ばしてみた。面白いほどよく伸びる。
「うわーほんとだ、柔らかいー。ペルみたーい」
ペルとは私の家で買っている犬の名前である。オスなのだが、手術を受けたので正確には元オスである。
「うわーほんどだ、柔らかいー。ペルみたーい」
はるちゃん、ペルのほっぺつねったこと無いでしょ?
「むー、ペルって犬ですかー? ペットと一緒にしないでくださーい」
女の子は顔を横に振ることで私の指から逃れようとするが、顎の辺りを明石先輩の両腕にロックされているため、全く動けない。
一人のいたいけな女子大生が私たちに捕らえられている様を他の学生達は見てみぬフリをして通り過ぎていく。そんな中、一人の男子学生の姿を見つけると、女の子はその人に助けを求めた。
「せんぱーい、助けてくださーい。見知らぬ人たちに襲われているのですー」
ところが先輩と呼ばれた男子学生は女の子をちらりと不機嫌そうに一瞥するや私たちの目の前を通り過ぎていく。
「むー、かわいい彼女がこうして襲われているのに無視ですかー。先輩の卑怯者ー、鬼ー」
ほっぺたを思いっきり伸ばしながら(私たちが引っ張っているせいだが)女の子は先輩に暴言を吐き続ける。というか、あの男の人、この子の彼氏なの? それなのに無視するってどういうこと?
「ちょっと、そこのあなた待ちなさいよ!」
女の子のほっぺを引っ張ったりつついたりしながらはるちゃんが数十メートル先の廊下の曲がり角まで聞こえるんじゃないか、というぐらいの声でその先輩を呼び止める。
「あー、もうなんだうるさい」
先輩は面倒くさそうに振り返る。口だけではなく「うるさい」を体全体から撒き散らしている。
「この子あなたの彼女なんでしょ、その彼女がこうして酷い目に会っているのに彼氏であるあなたが助けないなんてどういうことよ!」
「そうだぞ、こんな目にあっている彼女がかわいそうと思わないのか! こんなかわいい彼女この世界でめったにいないぞ!」
いやいやはるちゃん、明石先輩。酷い目に遭わせているのは私たちでしょう。それにしてもこの子のほっぺ本当に柔らかいなー、ぷにぷにびよーん。
「そうですよー。こんなにかわいい彼女を放っておいてどこへ行こうというんですかー」
女の子は足を激しく前後に動かして自分の存在をアピールする。(足しか自由に動かせる部分が無いからだ)
「ああもう分かった。分かった。そこの君たちこの子は俺の彼女だ。いい加減離しなさい」
そう言って明石先輩の腕をとる先輩。しかしなーんかセリフが棒読みだなぁ。
「心がこもっていないぞー、先輩」
明石先輩は女の子を抱きしめる力をさらに強める。
「そうですよー、心がこもっていないですよー。そして痛いですよー」
「そうよ、王子様ならお姫様にキスして助けてみなさいよ!」
お姫様にキスって……。私たちは毒りんごを持った魔女かい。
「うるさい、公衆の面前でそんな恥ずかしいことができるか!」
「ほら、キスしてごらんなさいよ。キスしないとこの子離さないわよ」
このままではこの女の子はいつまでも明石先輩に腕の中だ。なんとかしないと、と私はほっぺをつつきながら思ったが、廊下中を軽いチャイムが鳴り響くと
「あ、授業の時間だ。急がないと」
明石先輩はあっさりと女の子を解放して「じゃーねー」と、立ち去ってしまった。
「せんぱーい、怖かったですー。痛かったですー」
女の子は先輩に抱きつく。
「こら、公衆の面前で抱きつくなと言っているだろう」
先輩は女の子の右手で女の子の頭を掴み、体の接触を拒む。
「私についたさっきの女の人の香りを先輩の臭いでかき消したいのですー」
おー、なんかヤラしい発言をしているぞ。
「だからそんな恥ずかしいことを言うな! ……ところで君たちはこの後授業ではないのか」
先輩は女の子への力を更に加えながら、私たちのほうを見る。明石先輩のように、私たちを教室へ追いやろうというつもりなのだろうか。
「ええ、私たちはこの後授業が無いので、友達がアルバイトしている喫茶店に行こうかと思っているのです」
それを聞いた女の子は(まだ先輩に頭を押さえつけられている)手を先輩のほうへと一生懸命伸ばす。
「せんぱーい、私たちも授業がないから一緒にその喫茶店へ行って、デートしましょうよー」
「ダメだ、俺はこれから家に帰って本を読む予定なのだ」
「その喫茶店は他の喫茶店と違い、文庫本などのいろんな本が置いてあるんだけどなー」
私がしぃちゃんのいる喫茶店のアピールをすると、先輩の手の力が幾分弱まった。少しからだの自由が利くようになった女の子が先輩の手をどかして
「先輩が行かないというなら、さっきの女の人のところへ行ってまた襲われますよー」
「ああ、分かった行けばいいんだろ! 行けば! だからこれ以上面倒なことを起こすな」
と、言うわけで私たちは二人を連れてしぃちゃんのいる喫茶店へと行くことになりました。
「ところでまだお互いの名前聞いていなかったですねー」
しぃちゃんのいる喫茶店「御団子」へ向かう途中で女の子が私たちのほうを見上げて声をかける。うーむ、やはりこの瞬間が来てしまったのか……。
「人に名前を聞くときは自ら名乗るのが礼儀と言うものでしょ!」
はるちゃんが私に気をつかってかいつもの右手を腰に当てるポーズで女の子を叱る。叱るまでしなくてもいいのに。
「むー、確かにあなたの言うことはもっともです。私の名前は絹坂衣です。大学一年生です」
「きぬさか ころも」だから、「きぬちゃん」ってとこかな。大学一年生ってことは「かわちゃん」――河原真値――と同学年か。
「先輩の名前はー、さえ……ふにゃっ!」
先輩は女の子の口を両手でがっちりと閉じる。
「名前などはどうでもよい。『先輩』と呼んでくれれば結構だ。大学三年生だ」
「えーと、『先輩』さんと言う名前なんですか?」
私が尋ねると先輩の顔がちょっと不機嫌になった。
「『先輩』と言う名前ではない。名前は他にあるが、それを君が知ったところで何の意味もあるまい」
どうやら先輩は自分の名前を言いたくないらしい。はるちゃんはその先輩の様子を見ると「ははーん」と笑い、先輩の肩に右腕を乗せた。
「あなたの気持ちはよく分かるわ。自分の名前が恥ずかしいと思っているのでしょう?」
「う、うぐ……なんでそんなことが分かるのだ」
先輩がたじろぐ。どうやら図星のようだ。はるちゃんは私の方へと顔を向ける。
「かっちゃんの名前はね、『御徒真知』と言うのよ」
「『おかちまち』駅の名前ですねー。聞いたことありますー」
ああ、やっぱりきぬちゃんは知っていたか「御徒町」を。
「そう、JR山手線の駅の名前よ。彼女はそのせいで小さい頃から友達にからかわれ続けていたの。そのせいで自分の名前が嫌いになっていたんだけど、去年あることがきっかけで、やっと自分の名前に立ち向かえるようになったのよ」
あのー、はるちゃん。「御徒町」はJR京浜東北線の駅でもあるよ。
「今では自己紹介のネタにするぐらい好きになっているの。だからあなたもきっと自分の名前が好きになる日が来ると思うわ……。だからその日が来るまでは私はあなたを『先輩』と呼んであげる……」
いやいや、まだネタになるぐらいにはなっていないよ。というか、はるちゃん妖しいお姉さんみたいだぞ。
「い、いや……そんな日は一生来ないと思うがな……」
はるちゃんの顔が近すぎるので、先輩は思いっきり首を後ろへ反らす。
「ちなみに私の名前は『伊井国遙』よ。『はるか』って呼んでね。私たちは大学二年生、先輩の一つ下の後輩よ」
「むー、二人とも近すぎですー。離れてくださーい」
はるちゃんと先輩の間に割り込むようにして、きぬちゃんが精一杯抗議をした。
そうこうしているうちに、しぃちゃんのいる喫茶店「御団子」へと到着した。中へ入るとエプロン姿のしぃちゃんが私たちを迎えてくれた。
「あー、いらっしゃい。えーと、新しい人が二人……?」
「そう、きぬちゃんと先輩だよ」
「えーと、『椎名真智』です。よろしくね」
「よろしくですー」
きぬちゃんや先輩の反応を見るに、「椎名町」という西武池袋線の駅があることは知らないらしい。
きぬちゃんはしぃちゃんの顔をじっと見つめている。
「うん、どうしたの? 何か注文する?」
きぬちゃんは自分の頭の上に右手を置くとそのまましぃちゃんの頭の上へと水平に動かした。身長を比べているようだ。そして二人の身長は全く同じだった。
「せんぱーい、椎名先輩と私の身長が同じですー」
「ああ、そうだな。同じだな」
先輩は面倒くさそうに答える。
「そうだね、一緒だね。よしよし」
同じ背丈の子に会えて嬉しいのだろう。しぃちゃんはきぬちゃんの頭を撫で撫でした。
「ふにゃー」
きぬちゃんは目を閉じて猫の鳴き声を上げた。しぃちゃんときぬちゃん、こっちから見ているとまるで微笑ましい姉妹のようである。
「ところで二人はどうやって知りあい、何がきっかけで付き合うようになったのですか?」
注文を終えたところではるちゃんがまたまた先輩の肩に腕を乗せる。
「先輩とは私の高校の入学式からの出会いなんですよー」
そう言ってきぬちゃんは先輩との馴れ初めを話し始めた。入学式のこと。学校の裏組織のこと。去年の夏先輩の家に上がりこんで夏休み中居つづけたこと。帰る前日になってやっと付き合うようになったこと……。
「ええい、いろいろと恥ずかしいことをしゃべるな、面倒だ!」
先輩が顔を真っ赤にして怒る。
「『面倒だ!』て……。学校のときからずっと言っているけど、彼女のやることに『面倒だ!』はないでしょう」
彼女に辛く当るなんて、かわちゃんとけーま――大井桂馬――のラブラブカップルとは大違いだ。私が突っ込むと、先輩は大きくため息をついた。
「こいつはな、何かと俺に災難を振りまくのだ。俺にとってこいつは彼女であると同時に『厄病神』だ。いや、女だから『厄病女神』だ」
そこから先輩は自らの災難の歴史を語り始めた。
高校の卒業式のとき、きぬちゃんに頭突きをくらって車道へと飛ばされ、トラックに跳ねられたこと。去年の夏、頭痛と腹痛の激しい中きぬちゃんに部屋から閉め出されたこと。交際が始まってすぐにきぬちゃんのいる高校中に交際していることをバラされたこと、そのせいで校庭四十周もする破目に陥ってしまったことなどなど……。話を聞くにきぬちゃんのせいと言うより、自業自得なものもあるような……。
「だけどさ、愛の力があればそんな災難なんてどうでもいいんじゃないの? 先輩」
「そうですよー、先輩。二人が一緒なら何があっても幸せですよー」
「ええい、近付くなと言っているだろうが」
背の高くて目つきの悪いマッチョの坊主頭の男性が店に入ったのはそのときだった。その坊主頭はきぬちゃんの姿を見るや、目を丸くし、そして奇声を上げてきぬちゃんの両肩を掴んだ。
「おおー、こんな小さくてかわいい子は初めてだー。垂れ目ところもさらにキュート!!」
坊主頭はきぬちゃんの肩を激しく揺らす。なんだかきぬちゃん今日はいろんな人に襲われているな。(その大半が私たちであることは置いといて)
「ちょっと、きぬちゃんが嫌がっているじゃない、離しなさいよ!」
「うるさい、背のでかい女がでしゃばるな!」
「な、なんですって? もう一度言ってごらんなさいよ!」
はるちゃんの注意を坊主頭は激しく一蹴した。こんなときに限ってボクシング好きが高じて自らの体を鍛えている、頼れるしぃちゃんは材料をとりに店の奥のほうへ行ってしまっている。
「こら、貴様。俺の彼女に何をするんだ! 離れろ!」
ここで先輩がきぬちゃんと坊主頭の間に割って入った。さすが彼氏。彼女が本当にピンチのときには助けてくれるのね。
しかし先輩は体育会系の体ではないので、あっという間にカウンターに体を抑え付けられてしまった。
「お客様」
しぃちゃんの声がしたのはそのときだった。坊主頭はしぃちゃんのほうを見る。しぃちゃんも背が小さいので、坊主頭は大喜びだ。
「おー、これまた小さくて可愛いお嬢さん……」
と、大きな手でしぃちゃんの両肩を掴もうとしたが、しぃちゃんに力強く跳ねられた。
「うちの店で……」
その瞬間、しぃちゃんの左フックが坊主頭のわき腹に直撃した。
「ふぐうっ!」
坊主頭の体が九の字に曲がり、顎が下がる。その顎が降りてきたところをしぃちゃんは逃さなかった。
「乱暴をしないで下さい!!」
しぃちゃんの強烈な右アッパーが坊主頭の顎を打ち抜く。坊主頭はそのまま後ろへと体を傾けた。その先には先輩の姿が!
「ふぎゃあっ!」
「きゃーっ、先輩? せんぱーい!!」
哀れ先輩は倒れた坊主頭に前頭部をぶつけ、その勢いでカウンターに後頭部を強打し、さらには坊主頭の下敷きになってしまったのだ。
「きゃーっ、先輩、大丈夫ですかー?」
「せんぱーい、死なないでくださーい」
しぃちゃんときぬちゃんが先輩の頬を叩くが、先輩はすっかり目を回してしまっている。
「これも『厄病女神』が振りまいた災難かな? はるちゃん」
「そうだね、まさに『厄病女神』おそるべし、だね。かっちゃん」
千駄木の町を救急車の赤いランプが駆け抜けるのはそれから十分後のことだった。
「厄病女神」シリーズの登場人物を自分なりに書いてみました。ちょっと、本編と違うところもあるかもしれませんが、その点はご容赦を。
雑草生産者さん、ご協力どうもありがとうございました。