第9話『スパイ大作戦』
倉庫の裏手に回り込むと、見張りが二人立っていた。
どちらも片手に取り回しのいい細身の剣を携えている。
魔法使いではあるだろうが、威力を高める杖ではなく、近接戦に強い剣を携帯しているところはポイントが高い。
「アイン、右を頼む」
「かしこまりました」
俺たちは同時に動いた。
俺は向かって左手の見張りに近づき、スマートに首筋を手刀で一撃。
訓練の甲斐あって、今度は音もなく失神させられた。
「ぎゅッ……!」
奇声が聞こえたので目をやると、アインに股間を握りつぶされた見張りが、ピーンとのけぞりながらぶっ倒れるところだった。
ひょえっ、恐ろしいことするな、この女。
「……手刀とかでいいんじゃないか?」
「このほうが確実ですので」
しれっと言ってのけるアインに背筋が寒くなる。
こいつだけは敵に回すまい。
「開きました」
「よし」
アインがちゃちゃっと鍵を開けてくれたので、倉庫の中に潜入。
いくつか積み重なった巨大なコンテナによって、迷路のようになっている内部を、足音を立てないように進んでいく。
(待て)
先を行っていた俺が、持ち前の聴覚でいち早く敵の存在を察知する。
素早く物陰に身を隠すと、ローブを纏った男――恐らく『禍月教団』の信徒が通り過ぎようとした。
そこへ、さっと後ろから腕を首に巻きつけ、軽くひねる。
コキッ。
小枝を負ったような音がして、一瞬で男の身体から力が抜けた。
『蛇絞殺』
この2週間で身につけた新技のひとつだ。
打撃技だと、どうしても周りに響いてしまうので、このような関節技――老師がいうところの擒拿術――をいくつか習得した。
ぐったりとした男を、物陰まで引っ張り込むと、適当な箱の中に放り込んでおく。
こんな調子で、どんどん奥へ進んでいくと、やがて開けた空間に出た。
そこは吹き抜けの二階建て構造になっており、俺たちが今いるのはその二階だ。
一階を見下ろすと、丸々と太った副学園長と、フードを被った怪しいローブ姿の男が、ちょうど取り引きの真っ最中だった。
「今回も上物を揃えたぞ」
「素晴らしい。いつも教団の活動にご協力いただき、ありがとうございます」
「なに。私のためにもなることだ」
二人の周りには、黒いローブを纏った男たち――恐らくは幹部級――が数人立っている。
さらに、屈強そうな護衛が、ルドルフの分も合わせて4人。
ずいぶんな大所帯だ。
(頼むぞ)
目配せを送ると、アインが魔道具を取り出した。
片眼鏡のような形状をしており、レンズ状に薄く削り出した魔法石を通して見た景色を記録し、再生できるという機能を持っている。
(よし、これで証拠は――)
そのときだった。
パキン。
アインの足元で、なにかが割れたような音がした。
「っ!」
次の瞬間、アインの足元に魔法陣が浮かび上がり、複数の光の鎖が、蛇のように彼女の身体に巻きついた。
「くっ!」
とっさに抜け出そうとしたアインだったが、すぐにがくりと膝をついてしまう。
見れば、目は焦点が合っておらず、口からはよだれが垂れている。
どうやら、この魔法には対象の意識を朦朧とさせる効果もあるようだ。
俺の足元にも、同じような魔法陣が一瞬だけ出現したが、すぐにかき消えた。
初めて『魔法無効化体質』がまともに役に立ったんじゃなかろうか。
「侵入者だ!」
「教主様、ルドルフ様! こちらへ!」
教団員たちが殺到してくる中、副学園長と教主と呼ばれた男は、護衛たちに伴われて出口と思しき扉へ向かっている。
扉まで、あと十数メートル。
アインを助けていたら、間に合わなくなる。
(悪い)
心の中で謝り、俺は稲妻のごとく駆け出し、副学園長たちの行く手を先回りした。
「逃がさねえよ!」
金属製の扉に前蹴りを叩き込むと、ドアが激しく歪む。
「なっ……! 何者だ!」
「誰だっていいだろ」
と、鋭い警告の声が頭上から降ってきた。
「動くな!」
顔を上げると、アインを羽交い締めにし、背後からローブ姿の男が刃を突きつけているのが見えた。
「動けば、この女の命はな――」
言い切られる前に、俺はその場で思い切り『震脚』をぶちかました。
ドゴン!
地鳴りのような音がして、倉庫全体がグラグラと揺れる。
「うわっ!?」
アインを捕らえていた男がよろけたのを見てから、俺は空中に跳び上がり、唯一の全体照明となっている魔法石を蹴り砕いた。
途端、倉庫内は夜の闇に満たされる。
「何も見えない!」
「落ち着け! すぐ予備の照明を……!」
教団員や副学園長が騒いでいる中、俺はぶら下がった照明のワイヤーを掴み、ターザンのように二階へ飛び移った。
ほかの奴らには真っ暗闇かもしれないが、俺にとっては真っ昼間と変わらない。
キョロキョロと、見えもしない俺を探している教団員を飛び蹴りで吹っ飛ばし、アインの魔法罠に手で触れて解除する。
「アイン。大丈夫か」
「お坊ちゃま……」
苦しげにうめくアイン。
当面は戦力として期待できなさそうだ。
俺は彼女を敵の手の届かないコンテナの上に安置する。
それとほぼ同時に、予備の照明がついて、俺の姿があらわになった。
「バカめ! もう出入り口は封鎖した! 貴様らはもう、袋のネズミだ!」
高らかに信徒の一人が宣言し、ジリジリと包囲網が狭まってくる。
しかし、俺は逃げるのではなく、自分から地面へ飛び降りた。
「はっ! 諦めたか。だが、楽に死ねると思うなよ」
「そりゃそうだ。俺は人殺しだからな。畳の上で死ねるなんて思っちゃいない」
「タタミ……? なにを言って、」
いるんだ、と言いかけた教団員の懐に、すっと潜り込む。
『震脚』
大地を踏み抜いて蓄えた力を、脇を固めたショルダータックルで解放する。
『寸靠』
最小限の動作から、『樁拳』をも上回る破壊力で放たれた体当たり。
当たった瞬間、相手のあばら骨が砕け散り、内臓が破裂したのが伝わってきた。
そのへんにいた2,3人を巻き込み、コンテナの中に突っ込む教団員。
ふむ、実戦では初めて使った技だが、なかなかいい感じに決まったな。
予備動作となる『震脚』も、周りの雑魚の足止めになって効果的だ。
俺は周りにいた6人あまりの教団員たちを、次々になぎ倒していく。
「それなりにやるようだが、これで貴様も終わりだ!」
バチバチバチ! と空気を焼く雷鳴がこだまする。
教団の幹部らしき連中が数人集まり、頭上に雷の槍を生み出したようだった。
「『雷槍』!」
都合七本の雷が、マシンガンのように発射される。
だが、そんなものは避ける意味すらない。
俺は無視して突進した。
パキン! パキンパキン!
「なっ……!? 魔法が……打ち消されただと!?」
驚く幹部(推定)。
雷の槍は、すべて俺の身体に触れた瞬間、フライパンに落ちた水滴のように砕け、霧散した。
「くっ……! 『半球鋼盾』!」
ズアッ! と地面から鋼のドームがせり出し、幹部たちを覆い隠した。
『樁拳』
岩をも砕く俺の拳も、鋼鉄を前にしては、ドゴンと景気のいい音を響かせるだけだ。
なるほど。魔法で一から生成したものじゃなくて、もともとあった鋼の形状を変更してつくった盾だから、俺の『魔法無効化体質』が効かないのか。
だが、万事問題ない。
「『透骨勁』」
勁をこめた拳でドームを殴りつける。
ゴオン! と鐘のような音が鳴ったかと思うと、
グシャッ!
ドームの中で、水風船の爆ぜたような音が連続する。
術が解けると、そこには盛大に吐血した死体がいくつも転がっていた。
「や、やれえ! 私を守れえ!」
恐怖で裏返ったルドルフの声とともに、護衛二人が剣を抜いて斬り掛かってくる。
(いいコンビネーションだ)
二人のうち、どちらかがやられても、必ずもう片方が俺を仕留めるという覚悟がこもった動きだ。
反射神経だけで、何合か回避すると、俺は腹をくくった。
命がけの敵を殺すには、こちらも命を賭けるしかない。
站樁。
大地に根を張るように構え、体内で勁を練る。
筋肉を限界まで硬直させ、その上から溶かした鉄を纏うイメージだ。
ガキィン!
「バカな!」
振り下ろされた二振りの刃は、しかし鋼と化した俺の皮膚を食い破るには至らなかった。
それどころか、刀身のほうがへし折れ、クルクルと中空を舞ったのち、床に落ちた。
『鉄身功』
文字通り、肉体を鉄のごとく硬化させる、龍門拳の奥義だ。
『ブレマジ』的には、単純な防御力アップのバフスキルとして実装されているものだが、現実でやっているのは究極の痩せ我慢である。
ただし、正しく修行を積みさえすれば、このように刃をその身で受けることすら可能となるのだ。
まあ、受けられるようになるだけで、鉄の棒でぶっ叩かれていることには変わりないのだが。
『双樁拳』
左右の拳を両側に突き出し、二人の敵を一度に打ち倒す。
あとに残ったのは、あ然としているルドルフだけだった。
ほかに、誰も自分を守る人間がいないことに気がついたのか、ルドルフは慌てて命乞いを始めた。
「た、助けてくれ! 金ならいくらでも――」
本日二度目の手刀で、ルドルフは綺麗に沈黙した。
◆
突入してから、十分後。
俺はアインを抱えて、倉庫の外に出ていた。
ルドルフと、まだ息があった信徒たち、護衛が失神しているのは確認済みだ。
倉庫街はにわかに騒がしくなっていた。
俺が匿名であらかじめ通報しておいた憲兵たちが押しかけ、中にいる人間を逮捕したり、押収品を検分したりと、大わらわになっているからだ。
「いったい、誰がこれだけの人数を……?」
「さあ……?」
そんな憲兵たちの会話が聞こえてきたが、言うまでもなく正体は現さない。
たとえ悪党であれ、俺が殺したと名乗り出たりしたら、こっちまでお縄になってしまう。
街の外で盗賊に襲われたりしたのなら、お咎めなしらしいが、さすがに王都でそんな無法は通用しない。
「お坊ちゃま……申し訳ありません……」
「喋るな。隙を見て、家まで運んでやる」
ようやく口を開けるようになったアインが、弱々しくつぶやく。
「どこか、痛いところはないか?」
「いえ。ただ、倦怠感と悪寒がひどく……おそらくは魔力欠乏が原因かと」
「なるほど」
あの罠に、対象の魔力を吸収するような仕組みがあったわけだ。
アインだって腕は立つ方だろうに、気づくことすらできずにかかってしまったわけだから、かなり強力な魔法だろう。
……なんか、そんなにデメリット感ないな『魔法無効化体質』
けっこう便利なんじゃないのか? これ。
魔法至上主義のドノヴァンみたいな貴族からしたら侮蔑の対象かもわからんけど、そんなのは気にしなければいいだけだし。
「ハア……ハア……」
アインの息が荒いので、念のため額に手を当ててやる。
しっとりと汗で濡れた彼女のおでこは、火で熱したように熱かった。
こりゃいかん! すぐ連れて帰らないと!
「急ぐぞ」
俺はアインを抱きかかえ、何度か跳躍して倉庫街から離脱した。
※ ※ ※
ここまでお読みいただきありがとうございました!
着々と強化イベントを横取りし、成長し続けるヴァンに乞うご期待です!
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