第8話『悪役会談』
2週間後。
俺は父の馬車に乗り、王立魔法学園へ向かっていた。
学園は王都の中心部に位置し、広大な敷地を誇る、国の重要施設のひとつだ。
高い塀に囲まれた敷地内には、いくつもの校舎が立ち並び、訓練場や図書館、寮などが完備されている。
正門をくぐると、使用人が案内してくれた。
「こちらへどうぞ、ヴァン様」
案内されたのは、学園の中央にそびえ立つ本館の最上階。
学園長室だ。
コンコン。
「入りたまえ」
扉を開けると、茶色いデスクに白衣を纏った女性が座っていた。
リゼット・フォン・シュトラール。
王立魔法学園の学園長にして、王国でも五人しかいない超越級魔法使い。
茶色の髪を動きやすいショートボブにし、余計な装飾品の類を一切身につけていないその容姿には、合理的な研究者としてのあり方がにじみでている。
口元には不敵な笑みをたたえ、銀縁眼鏡の奥から、こちらを値踏みするように見つめてくる。
「ようこそ、ヴァン・フォン・ヴェイルハイムくん。
わざわざご足労いただき、恐縮の至りだ。
それで、ヴェイルハイム公爵家の御子息が、何用で私のような研究バカのところへ?」
「単刀直入に申し上げます」
これは原作知識になるが、リゼットと話すときは、前置きやお世辞を抜きにして、さっさと本題に入ったほうがいい。
俺はすすめられた椅子に腰掛けると、サクッと切り出した。
「来月の入学試験について、相談があります」
「ほう」
リゼットは興味深そうに眼鏡を持ち上げた。
「実技試験のマッチングを、一部変更していただきたいのです」
「……ハッハッハ! 面白いことを言う!
つまり、君は不正を依頼しに来たというわけだね? こんな真っ昼間に真正面から!
いやはや、前途有望じゃないか。少年」
ケラケラと愉快そうに笑うリゼット。
だが、眼鏡の奥に潜む緑色の目は笑っていない。
ここからの問答次第で、容赦なく俺を切り捨てるだろう。
俺は生唾を飲み込み、乾いた唇を湿した。
「無論、タダでとは申しません。
学園長には、副学園長のルドルフ・フォン・グラーツに関する有益な情報を提供いたします」
「……ふむ」
リゼットは笑みを消すと、黒タイツに包まれた優美な脚を組み直した。
どうやら、真面目に俺の話を聞く気になってくれたようだ。
「話したまえ」
「副学長は、邪教『禍月教団』の信徒です。
おまけに、学園の備品を横流しし、私腹を肥やしている」
「……確かなのかね?」
「証拠があります」
俺は懐から、一枚の紙を取り出した。
「これは、副学園長が横流しした品物のリストの一部です。
取引先の商人の名前、金額、日時までが記載されています」
リゼットは真剣な目つきでリストに目を通していたが、やがて妖艶に口の端を吊り上げた。
「……さすがの情報網だ。『暗殺貴族』の面目躍如といったところか。
だが、これだけであのルドルフめを追い落とすには、少々物足りないな」
さすがに無理か。
原作のCGイラストにあったものをリストアップし、一週間ほどで家の諜報機関に裏を取ってもらったものだから、仕方ないといえば仕方ない。
だが、その答えは想定済みだ。
俺は胸を張って宣言した。
「これから3週間以内に、副学園長の裏取引が行われます。
その現場を抑えてご覧に入れましょう。もちろん、横領品のリストはさらに情報量の多いものをご用意いたします」
「……噂では、ヴェイルハイムの次期当主は、とんだボンクラ息子との話だったが、私の聞き間違いかな?」
「百聞は一見にしかずと申します」
すると、リゼットが不思議そうに首をかしげた。
ちょっと子どもっぽくて可愛らしい。前世の俺より歳上なのに。
「ヒャクブン……?」
「あー、えっと……『噂は煙、真実は炎』という意味です」
「なるほど。結果を見てから判断しろと、そういうことだね」
よかった、通じた。
しかし、站樁は站樁で通じるのに、同じ中国由来の『百聞は一見にしかず』が通じないのは謎だ。
毎度こんなやり取りしたくないし、あんまりことわざや慣用句の類は使わないほうがいいかもしれない。
内心ホッとしていると、リゼットがずいっと身を乗り出してきた。
「ヒャクブンハイッケンニシカズ、だったか。君のような子どもが、私の知らぬ言葉を使うとは……どこの言い回しだね?」
「ど、どことおっしゃられましても……さて、どこで目にしたものだったやら……ちょっと記憶にございません」
政治家のような言い回しをすると、リゼットは席を立ち、腰をかがめて、俺の間近まで迫ってきた。
ふんわりと花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「あ、あの。なんでしょう……?」
「……面白いな、君は。この私に隠し事をしようとはね」
げっ、バレてる!?
背中にびっしょりと冷や汗をかいていると、鼻先15センチほどの距離にいるリゼットが、愉しそうに目を細めた。
「いつか、ここに詰まっている、君の秘密をつまびらかにしてみせよう。覚悟しておきたまえ」
ツンと俺の額をつついて、リゼットは離れていった。
な、なんだったんだ今のは。
ちょっとドキドキしてしまった。
「話はこれで終わりかね?」
「いえ、実はもう一つありまして」
「ほう」
俺は不安を抑えるため、手を組みながら切り出した。
どっちかというと、今回の交渉はこっちのほうがメインだ。
俺が有能だということを、ある程度印象づけてから提案したかったので、先にマッチング改ざんという些細なお願いをしたのである。
「横領品の中に、譲っていただきたいものがありまして」
「ものによる……と言いたいところだが、君の働きぶりを見せてもらってから判断しよう」
「ありがとうございます」
働き次第では、多少の無茶も聞いてくれるというわけだ。
ありがたい。そんなに大層なお宝を欲しがるわけじゃないから、恐らくうまくいくだろう。
俺は一礼してから学園長室を辞した。
◆
屋敷に戻ると、父が執務室で待っていた。
「どうだった」
「学園長との取り引きは成立しました。あとは、こちらで証拠を揃えるだけです」
「そうか。では、アインを貸そう。あれは有能な女だ。必ずや、お前の役に立つ」
ヴィクターはベルを鳴らした。
しばらくして、扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは、二十代の美しい女性だった。
服装こそ、メイド服姿のポニーテールという可愛らしいものだが、身のこなしからして常人離れしているのは確かだった。
「お呼びでしょうか、旦那様」
「アイン。今日から、しばらくこのヴァンについてくれ」
すると、アインは俺をちらっと一瞥したあと、淡々と答えた。
「……承知いたしました」
なんだよ。なんか言いたいことでもあるのか?
……まあ、そりゃあるよな。まだこの人とは、転生してから面識ないし。
ヴァン=ボンクラのドラ息子という印象しかないのだろう。
面白い。その悪評を一瞬で吹き飛ばしてやるぞ。
「よろしく頼む、アイン」
「……はい、お坊ちゃま」
差し出した手を、嫌そうに握るアイン。
この女、汚いものにでも触るようにしやがって……!
覚えてろよ、クソー。
◆
執務室を出たあと、俺はアインを応接室に案内した。
「詳しい話をしよう」
俺は椅子に座ると、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。
「副学園長ルドルフ・フォン・グラーツの悪事の証拠を集めてほしい」
「……具体的には?」
俺のことを推し量るような目。
曖昧でいい加減な指示を下せば、それ相応の仕事しかしない、とでも言いたげだ。
「3週間後、副学園長は学園の備品を横流しする裏取引を行う。
その場所を特定してほしい」
このイベント自体は、原作にも存在していたのだが、なにせ場所が『とある倉庫』としか記されていなかったので、さすがに調べないとどうしようもない。
原作知識の限界だ。
俺はリゼットに渡したものと、同じ内容が載っている羊皮紙をアインに渡した。
「これが、これまで行われた取り引きの詳細だ。
こいつをもとに、次の取り引きがどこで行われるかを確定させてくれ」
「……なるほど。こちら、大元の情報はどこから? 誰からのタレコミですか?」
「俺だ。情報源は明かせんがな」
「……!」
アインが静かに驚いたのが目に見えてわかった。
『このボンクラのどこにそんな知恵が……!?』とでも言いたいのだろう。
「かしこまりました。すぐお調べいたします」
「それと、もう一つ。学園長の邸宅の地下室を調べてくれ。
恐らく、地下に非合法の魔法実験を行っている工房があるはずだ。
別に、そこでなにを手に入れてこいとは言わない。
ただ、あるかどうかだけをはっきりさせてほしい」
学園長リゼットは見た目通りのマッドな魔法研究者だ。
原作通りなら、この工房も存在するはず。
こいつの存在が判明すれば、リゼットとの交渉がやりやすくなる。
すると、アインは俺のことを疑り深い目つきで見つめた。
「……あなたは、本当にお坊ちゃまですか?」
「当たり前だろ」
なにを今更、と肩をすくめてみせると、アインは納得いっていない様子で首をかしげながら、
「承知いたしました。2週間以内に、合わせてお調べいたします」
とだけ返事をした。
◆
2週間後。
俺はアインとともに、王国西部にある倉庫街の一角にいた。
寒風が吹きすさぶ中、アインは寒そうにコートの襟をかき寄せたが、俺は平然と潜入用のスーツ――防刃防寒耐魔(俺には無意味だが)耐熱仕様のライダースーツのようなもの――一枚で、木製のコンテナの陰から路上を監視していた。
「……お坊ちゃま、寒くはございませんか?」
「いや、そんなに。このスーツ温かいし」
「信じられない……」
ブルブル震えているアインの唇は真っ青だった。
これも『魔法無効化体質』の恩恵だろうか。
「来たぞ」
俺は息を潜め、曲がり角から姿を現した人物に注目した。
ハゲ頭にでっぷり太った樽のような身体。
間違いなく、副学園長のルドルフだ。
用心深い性格なのか、両脇には護衛と思しき男が二人ついている。
ルドルフたちは周囲を警戒しながら、倉庫のひとつへ入っていった。
あの中には、邪教の教徒たちがうようよ潜んでいるはずだ。
具体的な人数は覚えていないが。
(まあ、何人いようと関係ない)
「十分で片付けるぞ」
俺は革製のグローブをはめ直した。




