第7話『わるだくみ』
屋敷に到着したのは、日が傾き始めたころだった。
「お帰りなさいませ、ヴァン坊ちゃま……って、そのお怪我は!?」
小走りで駆けつけてきたミラが、俺の額の包帯を見て、顔を青ざめさせる。
「大したことない。それより……」
俺は馬上のノナに視線を剥けた。
ノナは疲れ切った様子で、俺の背に身を預けている。
「この子に、風呂と食事、それから清潔な服も用意してほしい」
「かしこまりました。……この方は?」
「ノナだ。今日から、うちで働くことになる」
ミラは一瞬だけ驚いたように目を丸くしたが、すぐにいつもの慇懃な笑みを浮かべた。
「ノナ様ですね。さあ、こちらへ。ゆっくりお休みください」
ミラに支えながら、おぼつかない足取りで馬を降りるノナ。
「ヴァン様……」
不安そうにノナが俺を見るが、俺はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫だ。ミラは信頼できる。安心して休め」
「……はい」
ノナはミラに連れられて、屋敷の中に消えていった。
(さて、次は親父殿……ヴィクターに報告か)
俺は父の執務室へ向かった。
◆
コンコン。
「入れ」
重厚な扉の向こうから、威厳に満ちた低い声が響く。
俺は深呼吸をして、扉を開けた。
「失礼します」
ヴィクターはいつものように黒檀のデスクに座って俺を待っていた。
鋭い眼光で全身を観察され、思わず緊張が走る。
うーむ、やっぱりこのおっさんと話すのは苦手だ……。
「……盗賊団の始末、ご苦労だった」
「ありがとうございます」
ヴィクターは立ち上がり、俺の前まで歩いてくると、じっと俺のおでこに巻かれた包帯へ視線を落とした。
「怪我は?」
「軽傷です。すぐに治ります」
「そうか」
父は短くそう言うと、再びデスクへ戻った。
「少女をひとり、連れ帰ったそうだな。ノナとかいう名の」
「盗賊団に囚われていた者です。身寄りがないというので、引き取りました」
「ふむ」
ヴィクターは考え込むように顎に手をやった。
いくら長男とはいえ、俺の勝手な判断で使用人を増やすなんて、だいそれた判断だっただろうか?
ドキドキしながら俺は父の言葉を待つ。
ややあって、ヴィクターは口を開いた。
「使えそうなのか」
なんだ、それなら大丈夫だ。
俺は胸を張って断言した。
「はい、優れた魔法の才能を持っております。いずれ我がヴェイルハイムにとって、必要不可欠な人材となることでしょう」
嘘ではない。
原作においては、彼女は魔法職としてはSランクのユニットだった。
近距離・遠距離・そして中距離でも活躍できるオールラウンダー。
あまりになんでもできすぎて「もうこの人だけでよくないですか?」というコラ画像が作られたくらいだ。
「そうか。なら、お前の判断を信じよう。……諜報部門で訓練させろ。アインを指導役につける」
「わかりました」
父は再び書類に目を通した。
「引き続き、龍老師のもとで修行に励め。お前の成長に期待している」
「はい!」
俺は深々と頭を下げると、執務室をあとにした。
よし、これで正式にノナは俺の配下となった。
諜報部員として育成が完了するには、しばらく時間がかかる。
その間に、俺は俺のやるべきことをしよう。
◆
訓練場に向かうと、老師はいつもの木陰で座っていた。
「老師、戻りました」
「早かったな。もう少しかかるものと思っていたが」
老師は座ったまま、俺の働きをそう評する。
期待を上回れたようでなによりだ。
「その怪我はどうした? 誰にやられた?」
「盗賊の首領に」
「未熟じゃな。完成した站樁は城壁と同等の防御力を誇る。たかが人の拳程度では、小揺るぎもせんものじゃ」
「精進します」
老師はすっくと立ち上がると、いつも打ち込みに使われている哀れな樫の木の幹を指さした。
「ところで小僧。これが先日、お前が最後に打ち込んだ痕じゃ」
老師の指の先には、ぽっかりと人の頭が入るくらいの穴が空いていた。
ただ殴った痕にしては妙だなとは思っていたが、老師に聞いても「お前にはまだ早い」とだけ言われたので、それ以上言及しなかったものだ。
「これは『透骨勁』を使った証拠じゃ。
『樁拳』は物体の表面を破壊する拳。
じゃが、『透骨勁』は内部を破壊する」
「内部を……」
いかにも中国拳法っぽい技だ。
この世界にも存在するのか。
俺はがぜんワクワクしてきた。
「お前は『樁拳』を習得する過程において、無意識にこれを使っておった」
「え、本当ですか?」
老師は俺を見た。
「意識して使えるか? やってみろ」
俺は樫の木の前に立ち、深呼吸をした。
(あのときと、同じ感覚で……)
站樁の構えをし、長く息を吐く。
どっしりと重くした下半身から、力をくみ上げてくるような感覚だ。
実戦で何度も繰り返したおかげで、鍛錬だけしていたときよりも、スムーズに意識できた。
ドォン!
俺の拳が樫の木にめりこむ。
バキバキバキ!
直径1メートルほどのクモの巣状の亀裂が入ったかと思うと、硬い木の幹が腐葉土のごとくボロボロと崩れ去った。
おお、決まった! 一発だ!
「ふん、身体がすでに覚えていたか」
老師は満足げにうなずいた。
「『透骨勁』があれば、敵がたとえオリハルコンの鎧を身に着けていようと、恐るるに足らぬ。
……『透骨勁』を覚えたのであれば、新たな技を授けてやろう」
いよっ、待ってました、大将!
◆
「小僧。盗賊めらとの戦いで、どう思った」
老師が曖昧な問いを投げかけてくる。
確か、原作だとこの質問にどう答えるかで、教えてもらえる技が変わったはずだ。
『力不足を感じました』とかだと、『樁拳』よりさらに破壊力の高い大技を。
『隠密行動に課題があります』とかだと、気配を殺し、回避率を上げる技を。
しかし、今回盗賊たちとリアルで戦った感想は、こうだ。
「多数を相手取る戦いについて、もっと見識を深めるべきだなと」
「うむ。どれだけ個の力を高めようとも、数の力に抗うのは至難を極める。
立ち回りを工夫し、囲まれぬように努め、対等に戦える環境を作り出す……だが、それらが通用せぬときにどうするか。
それを今から教えよう」
老師は訓練場の真ん中に立つと、周囲を見渡した。
そこには、十数体の木人――人を模した形の木の人形が立ち並んでいる。
「このように包囲されたとき、お前ならどうする」
「包囲網の中で、一番弱そうなやつを叩き、そこを突破口とします」
「それが通用するのは、十把一絡げの雑魚相手だけじゃ。
そのひとりを相手取っている間に、他の者に背後や脇をとられ、袋叩きに遭うのが道理よ」
ならば、と口にしながら、老師は右足を膝の高さまで持ち上げると、
ズドン!
「っ!?」
まるで、ビルの屋上から、鉄骨かなにかが落下したかのような衝撃が駆け抜け、俺はよろけて動けなくなった。
なんだ、地震か!?
見れば、木人たちはあらかた吹っ飛び、老師の周りにはさっきまでは存在しなかった空間が生じていた。
「これが『震脚』じゃ。站樁で蓄えた力を、拳ではなく脚から放つ。
極めれば踏みしめた大地は揺れ、敵は立っていることすらままならなくなる」
老師は地面にめり込んだ右足を引き抜くと、平然と俺のもとへ戻ってきた。
「やってみよ」
「は、はい!」
すげえ、『震脚』!
ザ・中国拳法って感じで最高にイカしてる!
絶対身につけてやるぞ!
俺は見様見真似で、站樁の姿勢から右足を振り上げた。
◆
「フンッ!」
ズドンッ!
数日後。
俺の足が地面を叩いた瞬間、地面が大きく波打ち、周囲の木人がアクション映画のモブみたいに吹き飛んだ。
半径数メートルに渡って放射状の裂け目が走ったさまは、なにかが爆発したかのようだ。
「よし」
「……ふん、及第点といったところか」
俺の『震脚』を見ていた老師が、言葉とは裏腹、満足そうにうなずいた。
今回もさんざんゲンコツをもらったが、どうにかこうにか技を覚えることができた。
「これで、一対多の戦闘においても、遅れを取ることはありまい」
「ありがとうございます」
「だが、小僧。忘れるな。確かにお前には才能がある。
しかし、一日でも鍛錬を怠れば、たちまちその才能は錆びついてしまうぞ」
「肝に銘じます」
そうして見放され、原石のまま終わってしまったのが原作のヴァンだ。
俺は絶対にそうはならない。
改めてそう固く心に誓った。
そのとき、訓練場の端から、ミラに連れられてノナが歩いてくるのが見えた。
以前とは見違えるほどに顔色がよくなっている。
銀色の髪も綺麗に洗われ、清潔なワンピースに身を包んでいた。
「ヴァン坊ちゃま、ノナ様がご挨拶をしたいとのことで、お連れいたしました」
「……ヴァン様」
ノナはおずおずと進み出ると、俺の目をまっすぐに見た。
数日前までの空虚な眼差しではなく、生気と希望に満ちた目だ。
「体調はどうだ?」
「はい。おかげさまで、すっかりよくなりました」
「そうか。ならよかった」
「明日から、諜報部員? としての訓練が始まるそうなので……その……」
もじもじと手を組んでためらっていたノナだったが、ミラに優しくうながされ、決心したように言い切った。
「わ、わたし! ヴァン様の従者になれるよう、精一杯頑張ります!」
「ああ。よく励め」
老師の真似をして、しかつめらしい顔でうなずくと、ノナたちはキャーキャー言いながら走り去っていった。
パコッ。
「あいたっ」
「人に偉そうにできる立場か」
老師に殴られた後頭部をさすりながら、俺は今後の作戦を練った。
(あと、学園入学まで四ヶ月弱。入学試験は来月か。なら、そろそろ布石を打っておかないとな)
この世界の貴族は、王立学園を卒業するのがステイタスとなっている。
それは、暗殺貴族たる我がヴェイルハイム家も同じだ。
よって、学園に入らないという選択肢はない。
だったら、どうするか。
(主人公様が、そもそも学園に入れないように仕組めばいい)
入学試験の内容は、筆記と実技の二種類。
筆記はともかく、実技は受験生同士のトーナメント方式の模擬戦だから、いくらでも介入の余地はある。
(しかし、受験生対試験官ならともかく、受験生同士を戦わせるなんて、変な試験だな……)
しかし、『ブレマジ』だとそうなっているのだから、仕方ないとしか言いようがない。
そういうものなのだ。
俺はミラを呼ぶと、こう頼んだ。
「学園長に面会の予約を取っておいてくれ」
さて、わるだくみを始めよう。




