第6話『vs鉄腕のグレン』
「ははは! なかなかのもんだろ、ええ!?」
大木をへし折り、高らかに笑うグレン。
「確かにそうだな。当たればの話だけど――な!」
「うげっ!」
俺は適当にそのへんにいたやつを捕まえると、『樁拳』で砲弾として射出した。
(名付けて『人砲拳』!)
ぺっ。
だが、飛んでいった盗賊は、呆気なくグレンの手ではらいのけられた。
「おいおい、人の可愛い部下で遊ぶんじゃねえよ」
呆れ顔で肩をすくめるグレン。
チッ、さすがにボス格にはこんな技効かないか……。
となれば、やはり直接『樁拳』を叩き込むしかない。
「クソッ……!」
俺はいかにも悔しそうに悪態をつき、大きく肩で息をした。
それを見て、盗賊たちが勢いづく。
「あのガキ、疲れてやがる!」
「当然だ! これだけの数相手にしてんだからな!」
「ボス! お願いしますよ!」
俺を取り囲み、ニヤニヤと鬼の首を取ったように勝ち誇る盗賊たち。
そんな彼らを制し、グレンは油断なく拳を引き絞った。
「お前ら、逃がすなよ。これだけの拳法使うガキなら、高値がつくからな――!」
ゴオッ! と暴風が吹き荒れ、グレンの巨体が俺に迫る。
まるで電車のようなド迫力だ。
(あー、嫌だな。痛そうだな)
そう思いつつ、俺はいつも通りの站樁を行う。
「バカが! カウンターでも狙う気か!? 間合いがちげえんだよ、間合いが!」
そう、グレンの言う通りだ。
俺とグレンでは体格に差がありすぎる。
腕の長さひとつとっても、倍は違うのではなかろうか。
それに、反応速度だって一級品だ。
懐に潜りこんで、先手を打つのも難しい。
なら、どうするか。
ゴッッ!
グレンの右拳が、俺の額に突き刺さった。
頭蓋が軋み、脳が揺れ、意識が飛びそうになる。
だが、耐えた。
站樁で築いた揺るぎなき軸が、衝撃を受け流し、両足へ溜め込んでくれる。
まるで、樹木が嵐に耐えるかのように。
足元の土が吹き飛び、足が数センチ地面にめりこんだ。
グレンの目が驚愕に見開かれる。
「なっ……!」
「師匠の命令でね。『一発はもらってこい』って言われてたのさ。
でないと、これより痛いゲンコツもらう羽目になる……」
站樁は体内に『軸』を作り、そこに力を溜める構え。
ならば、『樁拳』はどうか?
(站樁で蓄えた力を、一気に撃ち出す――それが)
撃発。
半歩踏み込んで間合いをゼロに。
両足に押し込められていた力が、決壊したダム用水のように全身を伝って右手へと集約されていく。
(『樁拳』)
俺の拳が、グレンのみぞおちに突き刺さり、殴り抜いた。
2メートルを超える巨躯が、突風に吹かれたボロ雑巾のように回転しながら吹っ飛んでいく。
バキボキベキ!
森の中まで飛んでいったグレンは、木を何本もへし折って、ようやく地面に落下した。
手足はあらぬ方向を向いており、口からは大量の吐血。
完全に戦闘不能だろう。
「う、うわあああ――!」
残った盗賊たちは、散り散りになって逃げ出していった。
見逃す理由もないが、さりとて殲滅する必要もない。
俺の目標は盗賊団の壊滅と、ノナの確保だけだ。
あとは騎士団なり自警団なり、この地方の治安維持組織に任せればいい。
(クソー、傷残らないだろうな? せっかくイケメンに生まれ変わったのに台無しだぞ)
ジンジン痛む額をさすると、べっとりと赤い血が付着していた。
どうやら、グレンのパンチで裂けたらしい。
俺はそのへんに転がっている盗賊の衣服を破って包帯をつくり、おでこに巻いた。
こんな小汚い布を傷口に触れさせたくはないが、応急処置だ。
しかし、站樁と『樁拳』のコンボは凄まじかった。
あらゆる攻撃を受け止める站樁と、それを基点にして強力な反撃を繰り出す『樁拳』
これだけで、大抵の相手は倒せるのではないだろうか。
(さっすが老師! 頼りになるぜ)
この調子なら、きたる主人公戦もなんとかなるだろう。
俺は大きく息をつくと、グレンの生死を確認するために近づいた。
「かっ……ごほっ……へ、へへ……かっこいいねえ、正義のヒーローってやつか?」
口からどす黒い血をこぼしながら、グレンはまだ生きていた。
木を背にし、地面に腰を下ろした状態で、俺を見上げてくる。
「いいさ……殺れよ。そんだけのことはしてきた……後悔はねえ……ごほっ!」
ビチャビチャビチャ!
胃の内容物と血の入り混じった、汚らしい吐瀉物が撒き散らされる。
もはや、とどめを差す必要もない。
放っておけば、一時間と保たず死ぬだろう。
それがわかっているのか、グレンは血まみれの口でニヤリと笑った。
「愉しかったぜえ……生まれ持った力で、弱者どもを踏みにじり、売り飛ばす……最高の人生だった……」
「…………」
正直、引導を渡す必要はないと思っていた。
仮にも、死闘を繰り広げた相手だ。
スポーツマンシップではないが、静かに最期を看取ってやるくらいのことはしてもいいのでは、と。
だが、こいつは。
「商売女も悪くねえが、やっぱり素人が一番だ。女ってのは。
それも、抵抗するのを、無理やりな……へへ……傷物にならねえようにすんのが大変で――」
言い訳だった。
つまるところ、俺は人を殺したくなかっただけなのだ。
俺の中で、なにかが死んでいく。
いや、死んだのではない。俺が、自ら殺した。
それは、この世界で生き延びるのには、不必要なものだから。
前世から引き継いだ甘ったれた根性は、ここできちんと捨てておかないと。
あとあと、俺の足を引っ張りかねない。
「言いたいことはそれだけか?」
「ひっ……!」
夢見心地で浸っていたグレンが、俺の顔を見てぎょっとしたように表情を凍らせた。
「ま、待ってくれ! 分け前――い、いや、いま持ってるもん全部やる! お宝も金も女も! だから、殺さないでくれ……!」
「それはできないな」
俺はゆっくり深呼吸をして、站樁の構えをつくった。
逃れようのない死を前に、グレンが泣き叫ぶ。
なんだ、こいつ。さっきまで格好つけてたくせに。
結局死ぬのは怖いんじゃないか。
(ふざけやがって)
ミシリ、とこめかみに力がこもる。
殺される覚悟もないくせに、自分は一方的に虐殺や蹂躙を楽しんでいたのか。
なんてみっともない男だ。
これじゃ一丁前に、殺人を嫌がっていた自分がバカみたいじゃないか。
「うわあああ! いやだあああ! 死にたくねえええ!」
「どうした? 後悔はないんじゃなかったのか?」
「助けて、助けて……! 頼む、命だけは……!」
子どものようにポロポロと涙をこぼすグレンに、俺は最後通牒を言い渡した。
「そうやって泣く罪もない人たちを、何人殺してきた?」
「やめっ――!」
ゴキャッ!
拳が顔面にめり込み、頭蓋が爆ぜる。完全にグレンは沈黙した。
俺は静かに立ち上がると、ほかに息がある盗賊たちすべてに、きっちりとどめを刺していった。
◆
血で汚れた手を、近くの水たまりで洗うと、俺は囚われた人々がいるテントへ向かった。
「っ……!」
テントの入口を開けた途端、鼻をつく悪臭に顔をしかめた。
汗と垢と血、そして汚物の入り混じった、耐え難い臭いだ。
中には、縄でつながれた数人の女性と子どもたちが、怯えた表情でこちらをうかがっている。
さっき、腹を蹴られていた少年は、まだ丸まったまま震えていた。
「大丈夫だ。やつらは始末した」
俺がそう告げると、彼らは信じられないという様子でお互いに顔を見合わせた。
無理もない。つい数分前まで、盗賊たちの恐怖にさらされていたのだから。
「俺はヴァン・フォン・ヴェイルハイム。密命を受けて、あなたがたを助けに来た」
「ヴェイルハイム……?」
「お貴族様が来てくれたってこと……?」
その言葉に、ようやく彼らの表情が緩み、何人かはその場で泣き崩れた。
俺は腰に差していた短剣を抜き、縄を断ち切っていく。
「ありがとう……ございます……」
「近くに村があるからそこに向かえ。ここから南に進めば街道に出る。
そこを東に行けば、一時間もかからない」
人々は涙を流しながら礼を言って、よろよろとテントの外へ出ていった。
うずくまっていた少年も、母親らしき女性に抱えられて去っていく。
だが、一人だけ、銀髪の少女ノナだけは、その場に留まっていた。
「君は、行かなくていいのか?」
答えはわかりきっているが、いちおう聞いておく。
ノナはゆっくりと俺を見上げた。
真っ暗な空洞のような瞳には、一抹の希望すら宿っていない。
「……行くところが、ありません」
か細く、かすれた声。
きっと、長いこと声を出していなかったのだろう。
「盗賊たちに村を襲われて……家族も、村のみんなも……」
「……そうか」
やはりとは思いつつ、心が傷む。
ゲームとして、モニター越しに見ていたときはなんとも思わなかったが、ここは現実だ。
今にも消えてしまいそうなほど、心身ともに傷ついた少女を前にして、俺は気の利いたセリフなどとても言えなかった。
「君、名前は?」
「……ノナと申します」
「ノナ。帰る場所がないなら、俺の家で働かないか?」
ノナの瞳に、小さな光が灯った。
「……よろしいのですか?」
「ああ。これでも貴族だからな。それくらいは簡単だ。気にしないでくれ」
ヴァンの悪評を知らないノナになら、気兼ねせず優しくすることができる。
そのことに、俺は密かな開放感を覚えていた。
(ああ、人に親切にするって気分がいいなあ……)
ヴァンに転生してから、久しく忘れていた感覚だ。
「っ――――」
安堵からか、ノナの青色の目がうるんだかと思うと、顔を覆いながらしゃくりあげ始めた。
家族を喪ってからずっと、感情を抑え込んできていたのだろう。
泣きじゃくるノナは、実際の年齢(確か14歳)よりも、ずっと幼く見えた。
身を縮め、延々と泣き続ける少女に、どう接したらよいかわからず――無遠慮に触ったりしたら、怖がられるかもしれないし――、
「……馬を連れてくる」
そう言い残して、俺はテントを飛び出した。
ええい、正解がわからん! 誰か教えてくれ! 老師ー!
静まり返った森の中を疾走し、のんきに草を食んでいた馬に乗って、盗賊の野営地へ戻る。
「すう……すう……」
テントを覗き込むと、泣き疲れたのか、ノナは丸くなって眠っていた。
まだあどけない顔には、幾条もの涙の跡が残っている。
(この子を守ってやれるのは、俺だけだ)
そんな使命感まで湧いてきて、思わず苦笑する。
なにを真面目に考えているのやら。
俺はただ、主人公様の戦力強化を妨害するために、ノナ救出イベントを横取りしただけだ。
守るだの助けるだの、そんな高尚なことが似合う人間じゃない。
俺はノナを遠慮がちに揺り起こした。
最初は「お母さん……」とぐずっていたノナだったが、俺の顔を見ると、すぐに起き上がった。
「起きてくれ。屋敷まで連れて行く」
「……はい。ヴァン様」
そう言って立ち上がろうとしたノナだったが、足がふらついて倒れそうになってしまう。
「ノナ!」
俺はとっさに彼女を抱きかかえた。
(うわ、身体ほっそ……)
女体に触れたというより、女の子らしからぬ肉づきの薄さのほうに驚く。
この感じだと、村で暮らしていたころから、まともな食事はできていなかったんじゃなかろうか。
とっとと連れて帰って美味しいものを食べさせてあげなくては。
「飛ばすぞ。振り落とされるなよ」
馬に乗り、背後のノナにそう声をかけると、遠慮がちに腰に手を回してきた。
その腕の細さが、俺には忘れられなかった。




