第5話『vs盗賊』
屋敷を出て半日ほど。
馬を走らせ、街道を外れて森の中を進む。
地図通りに進めば、盗賊団のアジトはもうすぐのはずだ。
俺は馬を降り、木々の間を音もなく歩き始めた。
森は深く、昼間だというのに薄暗い。
草葉が鬱蒼と茂り、獣道すらあやふやだ。
だが、老師から受け取った地図は正確だった。
バッテンで印がつけられている箇所を目指して進んでいると、やがて開けた場所に出た。
そこは、森の中につくられた、盗賊団の野営地だった。
粗末なテントが十数張り。
中央には焚き火の跡があり、周囲には略奪品と思しき品々が雑然と積まれている。
入口らしき場所には見張りが3人。
だが、みなだらけた様子で、酒瓶を片手に無駄話をしている。
「この前の村は最高だったな。久しぶりに血がたぎったぜ」
「おうよ。いい女がたんまり手に入ったしな」
「あいつら、いつ売るんだ?」
「ボスが『もう少し寝かせておけ』ってよ。生傷が治ってねえと、価値が下がるってな」
そのとき、テントの中から子どもの泣き声が聞こえた。
「チッ、あのガキ。あんだけ泣くなっつったのに……」
盗賊の一人が、苛立たしげにテントの中に入っていく。
ドスッ!
鈍い音がして、泣き声が止んだ。
「ふう。ガキと女は殴って黙らせるに限るぜ」
「おいおい、商品に傷つけんなよ。ボスに殺されるぞ?」
「バァカ。俺は専門家だぜ? 傷が残らねえように痛めつけるのなんざお手のもんよ!」
ギャハハハ! と下品な笑い声がこだました。
なるほど。人売りの類か。
創作や歴史の教科書なんかでしか見聞きすることはなかったが、実際に目にすると反吐が出る。
頭に血が上るのを感じながら、俺は努めて冷静に行動を開始した。
まずは戦力の分析だ。
静かに森の中を移動し、子どもの泣き声がしていたテントを覗き込む。
中には、近隣の村からさらわれてきたと思しき、若い女性や子どもたちが、着の身着のままで拘束されていた。
「うう……」
腹を抑えて丸くなっている少年が、さっき泣いていた子どもだろう。
年齢は、小学校にも上がる前くらいか。
嘔吐したのか、口の周りには胃液や汚物が付着している。
そんな彼に、無感情な視線を向ける、一人の少女がいた。
年齢は14歳くらい。
シルバーブロンドの髪は背中まで伸び、汚れと血で固まってしまっている。
服はボロボロで、破損箇所から覗く素肌には生々しい傷があった。
灰色がかった青い瞳は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのよう。
元は美少女だったのだろうが、恐怖でやつれきったその姿に、面影はほとんど残っていない。
(ノナだ。よし、原作通り)
ノナ。
このクエストで、盗賊団から救出されるキャラクターの名だ。
銀髪に青目ときたら、もう確定だろう。
俺はそれだけ確認すると、ほかのテントのほうも見て回った。
『魔法無効化体質』のせいで、俺は他人の魔力を感じ取ることはできない。
だが、その代わりに五感が優れていて、耳を澄ますだけで中に何人の盗賊がいるかを、正確に把握することができた。
これが、『魔法無効化体質』持ちに共通する特徴なのかどうかは、要検証だ。
(人数も原作とだいたい同じ。多少の誤差はあるけど、問題なし)
戦力分析を終え、俺は見張りたちがいる場所へ戻った。
背後からこっそり忍び寄り、素早く一人目の首筋に手刀を叩き込んだ。
ゴキッ!
うわ、やばい音した。
漫画みたく、ストン! って感じにはいかないもんだな。
反撃されるのが嫌だから、思い切り打ったのが悪かった。
首がくの字に折れ曲がったまま、そいつはバタンとその場に倒れ込んだ。
身体能力が高すぎて、ただ殴るだけで殺人拳になってしまう。
恐ろしい話だ。
(うーむ、あんまり気持ちのいいもんじゃないな……)
手に残る嫌な感触。
げっそりしながら、『あ』の形で口を開いている二人目の喉へ貫き手。グチャリと中で何かが潰れた。うげっ。
続く、剣を抜こうとしている三人目のこめかみに掌底。
ゴキュッ!
今度は首が半回転し、立ったまま動かなくなった。
気味が悪いので、膝裏を蹴飛ばして転ばせてから、心音を確認すると、ちゃんと止まっていた。
素手で骨を砕いたり、肉を潰す感触はどうも気色が悪い。
でも、早めに慣れないとな。
「なんだ!?」
「妙な音したぞ!」
さすがに人が死ぬレベルの物音には気づいたか。
テントの中から、盗賊たちが飛び出してきた。
「見張りが……!」
「て、てめえ何者だ!」
「一人か!? 一人であいつらを……!?」
武器を手に取り、戦闘態勢に入っていながらも、盗賊たちの目には明らかな動揺の色があった。
見張り3人が、声を上げる間もなく、瞬殺されている。
それを成し遂げたのは、恐らくたった一人の少年。
「おい! ガキ一匹になにビビってんだ! こっちゃ10人以上いんだぞ!」
しかし、一人が檄を飛ばすと、盗賊たちは我に返って襲いかかってきた。
「やっちまえ!」
鬨の声を上げながら迫ってくる盗賊たちに対し、俺は焦らず深呼吸をして、老師の教えを思い出した。
『多勢と戦うときは、囲まれる前に先手を打て』
ザッ! と一瞬で盗賊たちの先頭にいたやつに肉薄し、
『樁拳』
土手っ腹に強烈な一撃。
派手に吹っ飛んだそいつに巻き込まれ、5,6人がひとまとめにダウンした。
「ひいっ!」
「バケモンだ!」
何人かは完全に戦意喪失し、逃げ出していったが、
「うおおお!」
「なめんな!」
それでも、数の威を借りた盗賊たちは止まらない。
左右から二人同時に攻めてくる。
どちらかを倒しても、もう一方の刃を食らってしまう状態だ。
『敵が何人いようと、一対一の構図を作ってしまえば、倒すのは容易じゃ』
俺はズザーっと右手側の盗賊の股間をくぐり抜け、斬撃をかわす。
「なっ……!?」
「蛇か、あいつ……!」
驚く盗賊の背中に、再び『樁拳』
ビリヤード玉のように飛んでいったそいつの頭が、もうひとりの頭とかち合い、すごい音がした。
「む、無理だ! 勝てっこねえ!」
「殺される!」
とうとう残ったやつらも戦意を失い、一目散に森の中に逃げ出そうとした。
だが、
「逃げんじゃねえ! ったく、こんなガキに苦戦なんぞしやがって」
野太い胴間声が響き、盗賊たちがビクッと肩を震わせる。
「ボ、ボス!」
「頼んます! やっちまってくだせえ!」
大きめのテントから、ぬっと姿を現したその男は、明らかにほかの盗賊たちとは違う雰囲気を纏っていた。
筋骨隆々とした大柄な体躯。
右腕には使い込まれた鈍色の籠手を装着している。
(『鉄腕』のグレンか……!)
『ブレマジ』にも登場したネームドキャラクターで、盗賊団の首領として設定されている人物のはずだ。
原作では初めて実戦に出た主人公様に、呆気なく倒される以外の役割はなく、印象に残っているプレイヤーは少ないだろう。
だが、いざ目の前にすると、威圧感は凄い。
「へへ……いいパンチしてんじゃねえか、坊主。
だが、俺のもけっこう効くぜ?」
グレンはニヤリと笑うと、右腕の籠手を構えた。
ドン!
グレンが地面を蹴った瞬間、轟音とともに土が吹き飛んだ。
速い! さすがボスを張ってるだけはある。
とっさに横っ飛びで回避すると、グレンの拳が背後にあった巨木にめり込んだ。
ボキィ!
一抱えはある大木が、ただの一撃でへし折れる。
ヒエッ、なんて威力だ!
「ははは! なかなかのもんだろ、ええ!?」
(落ち着け。ビビるな。『樁拳』をマスターした俺なら、こんなやつ目じゃない。老師を信じろ)
そう、俺ならこの程度のやつには負けないと、信じて老師は俺を送り出してくれたのだ。
ならば、その期待を裏切るわけにはいかない!




