第15話『魔法使い同士の決闘』
一時間後。
俺は入学試験ぶりに闘技場へ舞い戻っていた。
ローマのコロシアムのような、円形に区切られた地面を取り囲むように、観客席が設けられている。
ただ、あのときと違って、今回行われるのは、あくまでクラスメイト同士のレクリエーション。
したがって、観客もクラスメイトだけであり、どっちが負けても内々で済ませられる、小競り合いに過ぎない――はずだった。
「さあ張った張った! 賭け金は一口500リゼルから! オッズはヴァンが1.2倍、リリスが4.5倍だ!」
「うおおお! 唸れ、俺の生活費! ヴァンに全賭けだあああ!」
「頼むぞ、ヴァン! お前が勝たないと俺は破産しちまう!」
「ふん、こんなのリリスが勝つに決まってるじゃない。百口ちょうだい! オッズを歪めてやるわ!」
「おーっと! ここでアリスベル嬢の大人買いが炸裂! 勝敗がわからなくなってきたぞおお!」
……なにこれ。
試合開始前から、観客席には一年生たちが勢揃いし、またもや賭けを取り仕切るやつが現れている。
入学試験と同等、いやそれ以上の大盛況だ。
「……気に入らないわね」
10メートルほど離れたところに立つリリスが、不快そうに吐き捨てた。
「ほんとだよ。こんなただの模擬戦で……」
「なんでわたしのほうがオッズが高いのよ」
「そこ!? どうでもいいだろ、そんなこと!
だいたい誰だよ、人集めやがったの! 無駄に大騒ぎにしやがって……」
「わたしよ」
「お前か!」
「当然じゃない。わたしの評判を上げる絶好の機会だもの。無駄にする手はないわ」
あっけらかんと言ってのけるリリス。
そういえば、こいつはこういうやつだったな。
一度決めたら猪突猛進。
どんなに失敗したとしても、どれだけ辛酸を嘗めさせられても、絶対にやり遂げる。
ファンの間では『殺しても死なない女』『ターミネーター』などとあだ名をつけられていたものだ。
……そういうところが、俺は好きだった。
自然と笑みが浮かぶ。
リリスが苛ついたように眉をしかめた。
「なにがおかしいの」
「いや、別に。思い出し笑いだ」
「……すぐに笑えなくしてやるわ」
リリスは杖を抜き払うと、高々と天に掲げた。
「聞きなさい! 今日こそはこのわたし、リリス・フォン・クラウゼヴィッツが、特級魔法使いとして名を馳せる、栄光の道の第一歩になるわ! 一瞬たりとも見逃さないことね!」
「いいぞー! リリス!」
「応援してるぞー!」
「魔法も使えない『出来損ない』なんかに負けんなー!」
リリスの堂々たる宣言に、観客がどっと沸いた。
ビッグマウスだなーなんて思っていたのだが、よく見ると彼女の右腕がかすかに震えていた。
目立たないように後ろに回した左手も、ギュッとスカートを握りしめている。
……ああ、そうか。不安なんだな。
そりゃ怖いよな、これだけ大言壮語したのに負けたりなんかしたら、何を言われるか分かったものじゃない。
それでも、リリスは逃げなかった。自分の覚悟を隠す選択をしなかった。
だったら、俺も負けられない。
俺は拳を固く握り込んだ。
俺は余裕の笑みを浮かべると、闘技場全体に響く大声を出した。
「ならば、首席入学者として、お前の挑戦に応えよう、リリス・クラウゼヴィッツ! このヴァン・フォン・ヴェイルハイムが、その野望、この場で打ち砕いてくれる!」
ドン! と震脚をしながら構えてみせると、割れんばかりの大歓声が上がった。
「ヴァーン! 見せてくれー! お前の力!」
「成金貴族なんかぶっ潰せ! 伝統こそ強さだ!」
……さっきから聞いていたら、剣呑なやつがちらほらいるな。
俺のことを『出来損ない』呼ばわりしたり、リリスを『成金貴族』呼ばわりしたり。
人の決闘を、勝手に派閥同士の代理戦争扱いするなよな。
「えー、二人とも、準備はいいかな? 危なそうだったら、僕が止めに入るから、まあほどほどに……」
ペコペコしながら、エドガーが確認を取る。
俺たちがうなずいたのを見てから、エドガーは試合開始を宣言した。
「では、始め!」
その言葉の反響が、消えたか否かというタイミングで、リリスが唱えた。
「【大地合掌】!」
ボゴォッ! と俺の左右から、高さ3メートルほどの巨大な岩の手がそそり立ったかと思うと、トラバサミのように勢いよく閉まった。
とっさに飛び退いたため、無傷に終わったが、思わず冷や汗が背中を伝う。
あっぶね! まともに食らったらミンチだぞ!
「殺す気か!?」
「そうならないように、先生がいるんでしょ!」
「いや、あの、死んでからでは遅いので……」
気弱なエドガーを無視し、リリスが猛る。
「知らなかった!? 魔法使い同士の決闘に、手加減なんて言葉はないのよ! 負けたら死ぬ! そのつもりで戦るもんなんだから――!」
ズドドドド!
巨大な岩のトゲがいくつも足元から生えてくる。
それらを回避しながら、射出されたトゲを片手で払い落としていく。
なにが厄介かって、土魔法は『魔法無効化体質』でも打ち消せるかどうかがはっきりしない。
水や火のように、明らかにこの場に存在しないものを用いた攻撃なら、魔法で生み出したものだとわかる。
だが、土はどこにでもあるから、実在する土による攻撃だと、無効化できない可能性があるのだ。
もちろん、制御を失わせることはできるだろうが、魔法によって付与された慣性までは、なかったことにできない。
つまり、実質的に『魔法無効化体質』はないものとして戦う必要があるだろう。
「……面白え」
自分を鼓舞するようにつぶやき、リリスめがけて一気に駆け出す。
站樁でいくら踏ん張っていても、彼女が近づいてくることはありえないので、待ちに徹する意味はない。
ズボッ。
「っ!?」
突如、地面を踏み抜いた感触を覚え、俺は思い切りつんのめる。
運よくもう片方の足が着地できたので転びはしなかった。
だが、
抜けない。
軽く引っ張ってはみたが、どうやら穴の底にあった泥がガチガチに固まり、俺の足を拘束しているようだ。
落とし穴……!
詠唱した気配はない。あの女、事前に準備してやがったな。
「殺し合いなのよ、これは! たかが学生同士のお遊びだとでも思った!? 見くびらないでよね! わたしは、本気であんたを倒す気で挑んでるんだから――!」
犬歯をむき出しにしながら、リリスが笑う。
【大地合掌】
吠えるような詠唱とともに、岩の両手が俺を握りつぶそうと迫ってくる。
……なるほど。ここまでやるか、リリス。
『成金貴族』って言われてたな。
確かに、リリスの家系には歴史がない。
あいつの出身は、祖父の代で財を成し、金で爵位を買った商家だったはずだ。
特級魔法使いを目指しているのも、そんな中傷を跳ね返すためだろう。
だとしたら、これほどまでに必死になるのもうなずける。
なるほど、どうやら勘違いしていたらしい。
「し、勝負あ――」
「まだです、先生」
「なっ!?」
なにが接戦を演じるだ、なにが辛勝だ。
全身全霊をもって、リリス・クラウゼヴィッツを打ち倒す。
そうでなければ、そうしようとしなければ、負けるのは俺だ。
轟音。
トラック同士が衝突したかのような衝撃が、俺を襲う。
脳が揺れ、内臓がもみくちゃにされる不快感。
吐き出した吐息の中には、血が混じっていた。
「――溜まったぜ、リリス」
だが、耐えた。
站樁。あらゆる物理衝撃を受け流し、そのエネルギーを溜め込む、龍門拳の秘奥。
勝ちを確信していたのだろうリリスの笑みが、一気に戦慄へ変わった。
「っ……! まだよ! 【土塊の軍勢】!」
その瞬間、地面が次々と隆起していく。
ズズズ……ズズズ……!
そこから生まれいでるのは、泥と岩でできたゴーレム。
ただし、その手に握られているのは、鋭利な金属の剣だ。
ディテールが曖昧な代わりに、数が凄まじい。
その数、百体にも及ぼうか。
「斬り刻みなさい!」
ほとんど悲鳴のようにリリスが叫ぶ。
剣を携え、殺到する土の剣士たち。
しかし、俺はその場から一歩も動かず――ただ、右足を頭より高く振り上げ、
「『震脚』」
衝撃。
闘技場全体の地面が、石を投げつけた池の氷みたいにかち割れる。
舞い上がる瓦礫と剣士の残骸。
そのさなか、俺ははっきりとリリスの姿をとらえていた。
「ひっ……!」
かろうじて、自分の周りだけは守っていたのか。
しかし、その守りも『震脚』で砕け、恐怖で歪む彼女の美貌があらわになる。
なにか唱えようとしていたところへ、一瞬で肉薄。
落とし穴の類も、すべて『震脚』で破壊されているのは確認ずみだ。
「こ、来ないで――!」
最後の砦として設置していたのだろう。
大量の岩のトゲが放たれるが、『鉄身功』で無力化する。
寸靠。
ほとんど予備動作なく放った体当たりで、リリスは壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
口から血を吐き、白目をむいてうなだれるリリス。
さすがに戦闘不能だろう。
「ふ――」
軽く深呼吸して息を整え、老師と組手したときの癖で、頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「勝負あり!」
エドガーが精一杯といった様子で声を張り上げる。
歓声が爆発した。
「「「うおおおお!」」」
なにやらごちゃごちゃと言い合っている連中もいるが、そんなやつらは眼中にない。
俺は倒れているリリスのもとへ歩いていった。
「リリス」
「う……」
腹のあたりに、吐血した血が付着したリリスが、かすかに目を開けた。
「……負けた、わ。あれだけ、大口叩いたのに、負けた……」
彼女の目に、悔悟の涙がにじむ。
それを受け、俺は静かに目をつぶった。
「ああ。俺の勝ちだ。だが――」
「ざまあみろ、成金貴族!」
「思い知ったか! これが伝統の重みだ!」
俺の言葉は、薄汚い罵倒によってかき消された。
見れば、観客席の縁まで『伝統派』とでも呼ぶべき生徒が詰めかけ、口々にリリスへ罵声を浴びせかける。
「なにが特級魔法使いだ! 貴様ごとき卑賤の生まれが、至れる場所だとでも思ったか、馬鹿め!」
「そうだ! 恥を知れ!」
「き、君たち、落ち着きなさ――」
ドォン!
伝統派たちの悪罵を遮ったのは、俺の『震脚』の音だった。
知らず力がこもっていたのか、思いの外大きな音が出た。
「黙れ、野次馬! リリスの強さは本物だ! お前らごときが敵う相手なんかじゃない! 実際に戦った俺が言うんだ! 嘘だと思うなら、俺と決闘しろ!」
「っ……!」
「知ったことじゃねえんだよ、伝統だの成金だの! くっだらねえ! この国じゃ実力こそが全てだ! そうだろう!?
どこの誰だろうと、学園長だろうと王族だろうと、命がけで勝負を挑んできたリリスをバカにするのは絶対に許さねえ! わかったか!」
怒りのままに啖呵を切り、俺は静まり返った闘技場を出た。
実に不愉快だ。あんな場所には、一秒足りとも居たくない。
◆
リリスは壁にもたれたまま、ヴァンの背中を見つめていた。
(なんなの、あいつ……)
悔しい。
圧倒的に負けた。プライドを捨てて、罠まで張ったのに負けた。
それだけなら、まだよかった。
負けは負け。実力不足を自覚し、次に活かせばいい。
でも。
(……なんで)
なぜか、涙があふれて止まらなかった。
成金貴族。出自が卑しい。爵位を金で買った一族。
物心ついたときから、そんな蔑称がついてまわった。
社交界では、誰も相手にしてくれない。
彼らは皆、表面上は世間話を交わしながら、裏では嘲笑っているのを知っている。
だから、リリスは決めたのだ。
特級魔法使いになる、と。
実力さえあれば、誰にも文句は言わせない。
実力さえあれば、特級魔法使いを輩出したとなれば、家柄だって上がる。
そう信じて、ここまでやってきた。
勢いで『在学中になってみせる』と豪語してしまったが、後悔はしていない。
けれど。
(誰も……わたしを認めてくれたことなんて……)
貴族たちに罵倒されても、両親は「我慢しなさい」としか言わなかった。
使用人たちは、リリスが傷ついていても、見て見ぬふりをした。
金で雇った家庭教師は、見え透いたおべっかを使うばかり。
当然だ。
彼らには、『伝統派』に逆らう力などない。
守れないから、守らない。合理的な判断だ。
リリスも、それはわかっているつもりだった。
だから、自分で自分を守れるよう、必死で努力してきた。
自助努力をせず、被害者に甘んじる弱者を、見下してさえいた。
けれど。
(あいつは……)
ヴァン・フォン・ヴェイルハイム。
あいつだってわたしと同じだ。
伝統こそあれ、『暗殺貴族』『金で動く薄汚い一族』と蔑まれている、魔法が使えない『出来損ない』
なのに、あいつは躊躇なく叫んだ。
リリスの強さは本物だ。
リリスをバカにするやつは許さない、と。
損得勘定もなく、打算も計算もなく、ただ怒りのままに。
(……ずるいよ)
ポロポロと頬に温かいものがこぼれる。
(わたしだって、ああなりたかった……)
憎悪にも似た嫉妬が脳を焼く。
憎んでいるのは、ただ目の前の敵を打ち倒すことしか知らなかった、自分自身だ。
強さとは、魔法力の強弱ではない。
周りがなんと言おうと、自分の信じる正義を貫くこと。
その覚悟、気概、誇りを、ヴァン・ヴェイルハイムは持っている。
リリスが憧れていた、本当の強さを。
「リリス様……!」
駆けつけてきた使用人に支えられながら、リリスは立ち上がった。
(ヴァン・ヴェイルハイム)
ギリッと歯を食いしばる。
(あんたには負けない。絶対に、追いついてみせる)
そして、いつか――。
(あんたみたいに、堂々と戦える女になる)
胸に渦巻く悔恨の情、そして闘志と感謝。
ないまぜになった感情のるつぼの中で、リリスはいつまでも揺れ動いていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
予期せぬ決闘イベントを制したヴァンに、意外なフラグが立ったかも……?
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