第13話『学園入学』
入学式当日。
王立魔法学園の敷地内で、俺は春の日差しを浴びながら、大講堂に吸い込まれていく新入生たちを眺めていた。
彼らの表情には、緊張だけではなく、新たな出会いへの期待のこもった、どこか浮かれたような雰囲気が漂っている。
「ヴァン様! お席を見つけて参りました! こちらでございます!」
「ありがとう、ノナ」
いつものメイド服ではなく、学園の制服を着たノナが、はりきった様子で俺を案内してくれる。
紺色のブレザーに白いブラウス。
胸元には、学園の紋章が刺繍されたリボン。
プリーツスカートは膝丈で、黒のニーソックスがすらりとした脚を覆っている。
銀色の髪は後ろでひとつに結ばれているが、メイドプリムがない分、普段よりも年相応に見えた。
「あの、ヴァン様。わたし、変ではありませんか?」
「ん? どこがだ?」
キョロキョロと辺りを見渡し、ノナが恥ずかしそうにうつむく。
「ほかの従者の方々は、皆ふさわしい格好をされているのに、わたしだけ制服に袖を通しているのが、なんだか分不相応に感じられてしまって……」
見れば、貴族と思しき生徒は皆、執事服やメイド服姿の使用人を連れているが、制服姿の従者は一人もいない。
まあ、制服を着ていたら、見てわからないだけだと言われればそれまでだが。
俺は苦笑して肩をすくめた。
「大丈夫だ。どこもおかしくなんてない。もし、ノナについてとやかく言うやつがいたら、俺がなんとかしてやる」
「ヴァン様……きゃっ!」
また感極まっていたノナが、不意にスカートの裾を抑えた。
あちこちから、女子生徒たちの黄色い悲鳴が上がっている。
春風のいたずらというやつだ。
耳まで赤くなったノナが、ちらっと俺の顔を見上げる。
俺は先んじて宣言した。
「見えてない」
「すみません……お見苦しいものをお見せしてしまったかも」
「見えてない」
はっきりとそう繰り返すと、ノナは――まだ少し耳に赤みが残っているものの――ようやく安心した様子でスカートのひだを直した。
「王都では、このような……あ、脚を見せる服装が流行っているのですね」
「前まではくるぶし丈のロングスカートだったみたいだけど、それじゃ戦闘のとき邪魔になるしな」
この制服のスカート丈については、ちょっとした歴史がある。
ほんの十数年前までは、前世と同じように『女性が脚をさらすなんてはしたない!』という風潮が、この世界にも存在していた。
だが、形式は実益に従うもの。
そもそも、魔法がある世界において、男と同等に戦える女性の存在は珍しくない。
だというのに、女性だけが動きづらいロングスカートを履かなければならないなど、まったく非合理的ではないか――。
そんなリゼットによる鶴の一声で、学園の女子用制服は一新された。
おかげで、翌年から学園への、特に女子生徒の入学希望者は倍増したとかなんとか。
ミニがないならズボンを履けばいいじゃない理論は、残念ながら、まだこの時代では通用しない。
女性が――男性のものとされる――ズボンを履くなど、ミニスカ以上に倒錯的な装いとみなされるからだ。
ちなみに、ニーソックスはオプションなので、別に素足でもタイツでも校則的に問題はない。
……いい時代に生まれたものだ。
ひとりうなずいていると、
「そろそろ入りましょう。式が始まりそうです」
「ああ」
ノナの促しに従い、俺は大講堂に入っていった。
◆
入学式は、リゼットの淡々とした祝辞で始まった。
「諸君、入学おめでとう。これから三年間、存分に学びたまえ。
ただし、怠惰な者、愚かな者、無能な者。その他、我が校にふさわしくないと判断した者は容赦なく退学させるので、そのつもりでいるように。
家柄も伝統も関係ない。我が学園においては、実力のみが全てだ。以上」
味も素っ気もないどころか、半分以上が警告で占められた、なんとも気が滅入る挨拶を済ませ、リゼットはさっさと降壇する。
(リゼットらしいっちゃリゼットらしいが……)
その後は式典らしく、そうそうたるお歴々からの、ありがたいお言葉をいくつもいただき、いい加減眠くなってきたところで式は終わった。
俺の手によって、人知れず退任したルドルフの代わりに、リゼットが選出したうだつの上がらない中年男性が号令をかけた。
「えー、では各自、掲示板でクラス分けを確認するように」
待っていましたとばかり、新入生たちは立ち上がり、凝り固まった身体をほぐしながら掲示板へ向かう。
俺もその流れに乗って、大講堂の出口へ向かう。
「ヴァン様。クラスというのは、どういったものなのでしょう?」
「同じ教室で、何百人もいる生徒が同時に授業を受けることはできないだろう?
だから、30人くらいでひとまとめにして、教室を分けるんだ。
この分けたのがクラスってこと。確か、入試の成績順で決まるんじゃなかったかな」
「なるほど……」
俺の言葉をふむふむとうなずきながら聞いていたノナだったが、やがてなにかに気づいたように顔を上げた。
「はっ。ということは、もしかして、特別枠? のわたしとヴァン様では、別のクラスになってしまうこともありうるのでは!?」
「さてな。それは見てからのお楽しみだ」
「い、意地悪しないでください~!」
不安がるノナをからかいながら、外に出た。
すでに日は高く昇り、眩しい日差しが降り注いでいる。
いくつかに分かれた掲示板のひとつに、俺とノナのクラスが記してあった。
二人とも、入試の最優秀者が配属されるAクラスだ。
「やった! 同じクラスですね、ヴァン様!」
「ああ、よかったな」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるノナに、思わず笑みがこぼれる。
本当は、これも俺がリゼットに仕組んでもらったことなのだが、喜ぶノナが見られたので、隠しておいて正解だった。
無邪気なノナを見てほっこりしていると、
「へえ。あんたもAクラスか。ヴァン」
背後から、気だるげな声が聞こえてきた。
◆
そこに立っていたのは、言わずもがなの主人公ルークだった。
金髪碧眼の整った顔立ちながら、ボサボサの髪やだらしない制服の着こなしがすべてを台無しにしている。
とっさに身構えると、ルークは心外そうに肩をすくめた。
「そんなに警戒するなよ。ただ声かけただけだろ」
「……ちょっと驚いただけだ。警戒はしてない」
「ふうん。ま、そういうことにしとくか」
見透かしたような態度でルークは苦笑する。
「気になってんだよね、あんたのこと」
「どういう意味だ?」
聞き返すと、ルークが周囲の新入生をつまらなさそうに見渡した。
「他のAクラスのやつもざっと見てきたけど……強そうではあったけどそんだけだ。
でも、あんたは違う。その気になったら、どんな相手だろうと殺してやるって感じの怖さがあるっていうか……よくわかんねーけど」
「わかんねえのかよ」
そうツッコミを入れながらも、俺はルークの勘の良さを改めて実感した。
やつは俺から向けられている敵意を、あやふやながら言語化できている。
少し、方針を変えるか。
「お前とガレスの戦いも観てたよ。すごかったな」
「大したことないって。ただ勘がいいだけだから」
「だからだよ」
「?」
眉をひそめるルークに、俺は肩をすくめる。
「ただ腕っぷしが強いだけのやつなんて、はっきり言って敵じゃない。
だが、お前はそれ以外の部分が強いんだ。そこが怖い。正攻法が通じないってことだからな」
内心の一部を吐露してやると、ルークは意外そうに「へえ」と感嘆の声を漏らした。
「そんな風に褒められたのは、初めてだ」
「そうなのか? お前の『直感』……勘のよさは、誰が見たって大したもんだろう」
「いつも親からは文句言われてるよ。『真面目に修行しろ、才能を腐らせるな』ってさ」
ルークが憂鬱そうにため息をつく。
「……面倒くさくない? 別に俺が戦わなくたって、ほかにやる気のあるやつなんていくらでもいるのに」
「たしかにな」
お前が戦わないってことは、お前以外のやつがその分危険な目に遭うってことだけどな。
同意しつつも、俺は少しだけルークに同情した。
本来なら、この怠惰な性根は、ルークの家にやってきた老師によって叩き直されるはずだったのだから。
まあ、悪く思うな。俺が生き残るためだ。
お前に成長の機会は一切与えない。
そう心の中でつぶやき、俺はルークに別れを告げてその場を離れた。
「ノナ。やつの動向には目を光らせておいてくれ。なにかあったらすぐに知らせるんだ」
「承知いたしました。……しかし、なぜあの男にそれほどの注意を?」
言外に、そんなやつには見えない、と述べるノナに、俺は真剣な口調で言い聞かせた。
「ルークとガレスの戦いを見ただろう? あいつはどんなに不利な状況でも、ひっくり返せるだけのツキを持ってる。
将来、あいつと対決する羽目になったときに備えて、弱みを探っておきたいんだ」
「……! 理解いたしました。あの男は、いずれヴァン様に仇なす存在というわけですね」
「そういうことだ」
俺の本気度が伝わったのか、ノナも表情を引き締める。
現状、俺とルークが敵対する理由はないし、無論俺のほうから決闘なんて仕掛ける予定もない。
だが、世界の強制力は恐ろしい。
強化イベントを一切経ていないルークさえ、学園に受からせてしまうのだから。
となれば、俺が死亡する原因たる決闘イベントも、もしかしたら起こるかもしれない。
死の運命を覆すためには、一切の油断は許されないのだ。
とはいえ、これからしばらくの間は、ルークの成長イベントはない。
よって、そちらのほうは一旦置いておいて、学園内での立場づくりのほうに注力することにしよう。
「ノナ。これから、学園生活において、非常に重要なイベントが控えている。心してかかるんだ」
「そ、そのイベントとは……」
ごくりと生唾を飲み込むノナに、俺は重々しく宣言した。
「クラスでの、自己紹介だ」




