第11話『入学試験』
翌日。
王立魔法学園の大講堂にて。
数百人の受験生たちが、緊張した面持ちでこの場に集い、各々が試験に備えている。
俺は壁際の席に座り、周囲を観察した。
受験生の大半は、魔法使いらしく杖を携えている。
中には、それだけで一財産になろうかという宝石を使った杖を持つ者もいた。
おそらく、名門貴族の子息たちだろう。
(さて、どちらにおいでかな。麗しのルーク様は)
視線を巡らせると、講堂のすみで、一人の少年が壁にもたれかかっているのが見えた。
金髪碧眼。
整った顔立ちに、だらしなく開けられたシャツのボタン。
これから試験を受けるというのに、まるで昼寝でもするかのように脱力している。
(あいつだな)
その見慣れた容姿を認め、俺は即座に確信した。
ルーク・フォン・エーデルシュタイン。
原作『ブレマジ』の主人公。
転生前、俺が何周もプレイしながら、ついに愛着を持つことのなかった男だ。
「ふわああ〜」
ルークはあくびをしながら目を閉じた。
実家のソファでくつろいでいるかのようなその様子は、緊迫した試験会場において、異様に浮いている。
(面倒くさがり設定は、この世界でも健在か)
原作では、ルークは何事に対しても無気力で、口癖は「面倒くさい」
その怠惰さを見かねた親に、龍老師をあてがってもらい、ようやく人並みの勤勉さを獲得した……ということになっている。
なぜちょっと含みを持たせたかというと、その後のシナリオにおいて、こいつが『勤勉さ』と呼べるものを発揮したことなど一度もないからだ。
修行はサボる、授業では寝る、ヒロインとのデートは寝坊する。
そのくせ、肝心要のバトルではいつも都合よく覚醒し、主人公補正で敵の攻撃を耐え、なんだか知らないうちに勝利する。
こんなやつを好きになれという方が無理難題ではないか。
事実、公式の人気投票において、ルークの順位はなんと31位。
驚くなかれ、ヒロインのペットである犬以下である。
おかげで、某掲示板におけるルークの蔑称が『犬以下』になるなど、負の話題には事欠かない男だ。
そのことに対し、メインシナリオライターがSNSで不平を漏らしたことで、プチ炎上したという小話もあるのだが、それはさておいて。
問題は、あいつがこの世界においても、主人公補正を発揮してくるかどうかだ。
(この世界はゲームそのものじゃない。だけど、ほとんどのイベントやキャラ性能はゲームに準拠してる……)
となれば、主人公たるルークが、原作通りのご都合主義で、俺の妨害工作を全て無に帰してしまう可能性は十分にある。
どれだけ警戒しても、し足りないやつというわけだ。
そのとき、早めの昼寝をしていたはずのルークがゆっくりとまぶたを開け――俺と目を合わせた。
「っ……!」
ゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。
ルークの緑色の瞳が、推し量るように俺を見つめた。
眼球の奥、脳みその中まで見通されたような気になり、俺は思わず視線をそらした。
(気づかれたか……?)
いや、落ち着け。そんなはずはない。
俺は自分を落ち着かせるため、小さく深呼吸をした。
俺とルークに、この世界での接点はなにもない。
夜会でガブリエルを倒したり、盗賊団を壊滅させたことくらいは噂になっているかもしれないが、それだけだ。
あいつが俺を認識する理由にはならない。
(落ち着け。大丈夫だ)
そう自分に言い聞かせたが、心臓の高鳴りは、そう簡単に収まってはくれなかった。
数秒ののち、再びそっとルークのほうをのぞき見ると、彼はまた目を閉じたまま壁にもたれていた。
◆
やがて、壇上に学園長のリゼットが現れた。
「諸君、ようこそ我が学園へ……と言いたいところだが、君たちにはこれから行われる試験を突破してもらわなくてはならない。
知ってのとおり、試験は二部構成。
午前中に筆記試験、午後に模擬戦形式の実技試験を行う」
きた。
俺は固唾を飲んでリゼットの話に耳を傾けた。
「実技試験は最大で2試合実施する。2試合目を戦うのは、1試合目で敗北した者のみだ。2試合のうち、一度でも勝利すれば、実技試験は合格とする。
マッチングについては厳正な審査によって決定したので、不平不満は受け付けない」
厳正な審査、ね。
つい苦笑が漏れてしまったところ、リゼットが俺のほうを向いた気がしたので、慌てて真顔に戻った。
「トーナメント表は、すでに掲示板に貼り出してある。各自、確認するように。
以上、頑張りたまえ」
受験生たちが、ぞろぞろと講堂の外にある掲示板へ向かう。
俺もその流れに紛れて、トーナメント表を確認した。
俺の対戦相手は……ケネスとかいうやつだ。
確か、原作ではサブクエストでルークに絡んでくるチンピラその1くらいの扱いだったはず。
取り立てて気にかけるほどの相手ではないだろう。
(大事なのは……おっ、いたいた)
1組第一試合。
ルークvsガレス。
俺は組が2つ離れた4組だから、万が一にもルークと対戦することにはならない。
よしよし、いい仕事をしてくれたな、リゼット。
(これなら―― )
「ガレスねえ。聞いたことあるような、ないような……いいや、思い出すの面倒くさいし」
隣から、聞き覚えのある声がした。
見ると、いつの間にかルークが俺の隣に立っていた。
「っ……!」
驚きで身体が硬直してしまう。
そりゃ、第1組のトーナメント表の前にいたら、こいつと鉢合わせしてもおかしくはない。
うかつだった。
さりげなくその場を離れようとしたが、
「さっきさ、あんた俺のこと見てなかった?」
ルークの言葉で、俺はルークが意図的に俺の隣へ来たことを察する。
なぜだ? 一瞬目が合っただけなのに……!
(そうか、『直感』スキルだ)
敵の攻撃をパリイできるようになるスキルだが、あれが言葉通り『勘がよくなる』ことも効果に含まれていたとしたら?
まったく理不尽な話だが、相手はルークだ。
そのくらいのご都合主義は織り込み済みでいないと後手に回ってしまう。
俺は動揺を隠し、素っ気なく返した。
「気のせいだろ」
「そう? なーんか敵意むき出し? な感じだったから、なにかと思ったんだけど。まあ気のせいならそれでいいや。面倒くさいし」
面倒くさい面倒くさいうるさいな。
何回言うんだよ。
原作をプレイしていたときのイライラがぶり返してきたところで、ルークは俺に背を向けた。
「じゃ、また入学式で」
「入学式で? お前が受かるのも前提なのか?」
「そんな気がするんだよ。俺の勘はよく当たるんだ」
不穏なセリフを残し、ルークは人混みに紛れていった。
俺はその場に立ち尽くしたまま、思考を巡らせた。
(やっぱ、侮れないな、ルークは)
たった一度の短い会話だったが、俺は確信した。
この世界のルークは、原作よりも断然鋭い。
原作では、ヒロインたちからの見え見えの好意にもさっぱり気づかない鈍感野郎だったが、『直感』スキルがテコ入れされたことで、やけにキレるやつになってしまった。
つまり、俺の悪意、策略、小細工の類は、全て見抜かれてしまう可能性があるというわけだ。
(だからどうした)
敵意を見抜くというのなら、見抜けてもどうしようもない罠を張るだけのこと。
図らずも、今回のマッチング操作がいい例だ。
たとえガレスと当たるのが俺の仕業だと感づいたところで、対戦相手は変えられない。
そこに、つけ入る隙がある。
「ノナ」
「はい、ヴァン様」
人混みの間から、影のように銀髪の少女が姿を表す。
驚異的な速度で諜報員としての教育を終えたノナを、試験に同行させていたのだ。
「ケネスはどうだった? なにか変わったところは?」
「特筆すべきことはございません。ヴァン様には遠く及ばないかと」
念のため、彼女にはケネスの様子を探らせていたのが、どうやら心配はなさそうだ。
俺はノナに礼を言ってから、かねてから計画していたことを伝える。
「ノナ、お前も学園に入学してもらう」
すると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「え……? しかし、わたしは試験を受けていないのですが、どうやって……」
「学園長と取り引きして、特待生枠での入学を認めてもらった」
「でも……今のわたしでは、まだヴァン様をお守りすることは難しいかと……」
自信なさげなノナを元気づけるため、俺はにっこりと笑った。
「アインから話は聞いてる。お前の実力なら申し分ないとな。
それに、従者として入るより、学生として入ったほうが、いろいろと動きやすいだろうしな」
「ヴァン様……」
ノナのサファイアのような青い瞳が涙でうるんだ。
「ありがとうございます。誠心誠意、貴方様にお仕えいたします」
「礼には及ばない。お前は、俺の大切な仲間だ」
俺はノナに手を差し出した。
「一緒に、この学園を生き抜こう」
「はい!」
ノナは感極まった様子で、しっかりと俺の手を両手で包みこんだ。
◆
俺の試合は、一瞬で終わった。
ケネスは原作通りのチンピラで、俺を見るなり、あれこれ抜かしてきたが、実力のほうはまったくお粗末なものだった。
粗雑な剣技に、低威力な魔法。
老師の修行を受けた俺からすれば、まるっきり子どものお遊びだ。
いちおう用心して観察に徹していたが、警戒する意味はないと判断し、さっさと『樁拳』一発で片をつけてやった。
「ヴェイルハイムの子息は生まれ変わったと聞いていたが……」
「噂は本当だったか……!」
どよめく観客をよそに、俺は観客席の最前列に座った。
俺の試合など、はっきり言ってどうでもいい。
大事なのはルークの試合だ。
俺の工作が、どれだけ効いているのか。
主人公補正が、どの程度のものなのか。
すべてはこの試合でわかる。
「次、第一組第四試合、ルーク・フォン・エーデルシュタイン対ガレス・フォン・ブラント!」
審判の声が響き、試合会場の左右から両者が入場してくる。
ルークはさっき見た通り、シャツをはだけさせた、しまりのない格好。
対するガレスは、褐色の肌に短く刈り込んだ黒髪。
目つきは鋭く、引き締まった体格をしている。
腰には剣、右手には杖。
いかにも武闘派な魔法剣士といった感じの外見だ。
「二人とも、準備はいいか?」
審判が問いかける。
「大丈夫でーす……」
「問題ない!」
だるそうに手を上げるルークと、力強くうなずくガレス。
「おいおい、なんだあのだらしのないやつは?」
「エーデルシュタインのドラ息子だよ」
「エーデルシュタイン? 聞いたこともねえな」
「どうせガレスが勝つだろ」
観客たちも、試合内容に興味を持つ素振りすら見せない。
それも当然だ。
こんなマッチング、誰がどう見たってガレスが勝つに決まっている。
(普通はそう思うだろうな)
だが、俺は警戒を解かない。
ルークの主人公補正の強さを見極めるまでは。
「ガレスー! さっさと終わらせろー!」
「お前に半年分の給料賭けてんだ! 負けたら覚えてろよ!」
不埒にも金を賭けている輩もちらほら見受けられるが、やはりガレスの勝利を確信している様子だ。
この空気だと、会場内で、戦いの行く末を真剣に見守っているのは、恐らく俺ひとりではなかろうか。
「では、始め!」
審判の合図がかかったものの、ガレスは動き出す様子を見せない。
それどころか、杖を下ろし、おもむろにルークへ語りかけた。
「ルークといったな。降参を認めてやる。杖と剣を捨てろ」
「……なんで?」
「家名を背負った戦いというわけでもない。たかが入学試験だ。勝てぬ相手には負けを認め、次の機会を狙うほうが賢明だろう」
それとも、とガレスは冷酷に目を細めた。
「公衆の面前で打ちのめされる恥を選ぶか?」
言外に、降参しないのなら容赦はしないと示唆するガレス。
それに対し、ルークはかったるそうに肩を揉んだ。
「やってみなきゃわかんないでしょ」
「……そうか」
ガレスは目を閉じると、ため息をついた。
「彼我の実力差すら推し量れんとは。エーデルシュタインとやらの家格が知れるな。
では、望み通りにしてやろう!」
ガレスは杖を構え、高々と詠唱した。
【風の一撃】!」
ゴオッ! という爆風とともに、空気の塊がルークめがけて放たれる。
十メートル以上離れているというのに、俺の髪が暴風に吹かれたかのように乱れた。
勝負を決めかねない一撃に対し、
「……面倒くさいな」
ルークの目が、一瞬だけ鋭く光ったのを、俺は見逃さなかった。




