第10話『酔拳習得&学園へ』
3日後。
俺は再び王立魔法学園へ向かった。
学園長室の扉を開けると、リゼットはリラックスした様子でシャツのボタンを開け、手で肩を揉んでいた。
豊満な胸の谷間から意図的に目を逸らしながら、俺はリゼットに促されるまま、応接用のソファへ着いた。
「約束のものは?」
単刀直入、単純明快。
ここまでざっくばらんだと、こっちも気を使わなくていいから助かる。
「ここに」
片眼鏡型の記録装置を机の上に置く。
リゼットは眼鏡の位置を直すと、魔道具を起動した。
すると、空中に映像が浮かび上がる。
ルドルフが『禍月教団』の教主と談笑したり、握手を交わしているシーン。
ほかにも、横領品の数々が山積みになっているシーンや、金貨の袋を受け取るルドルフのえびす顔などもばっちりだ。
「申し分ないな、ヴァン君。これなら、あの豚を地獄の底まで叩き落としてやれる」
「恐縮です、学園長」
リゼットは満足そうに微笑みながら、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。
「約束を果たそう。これが来月行われる、入学試験のマッチング表だ。
君が望む通りに組み替えよう。誰と誰をぶつけたい?」
俺は即座に答えた。
「第一組、ルーク・フォン・エーデルシュタインと、ガレス・フォン・ブラントを、初戦でぶつけていただきたい」
「ほう」
リゼットは興味深そうに眉を持ち上げた。
「ガレスか。彼は確か、代々高名な軍人を輩出している名家の出だったな。
となると、ルーク某のほうを潰したいわけだ」
「その通りです」
ルーク。
それが、『ブレマジ』原作の主人公様の名前だ。
いかにもゲームの主人公らしい響きではないか。
プレイヤーからも悪名高いあの男は、どれだけ警戒してもし足りないと言っていい。
リゼットが不可解そうに首をかしげた。
「……このルークとかいう少年が我が校に入学すると、なにか不都合でもあるのかい?
特に名が知れているわけでもない、凡庸な子どもとしか思えんが」
原作では、この時点で老師にみっちりしごかれたルークは、グレン率いる盗賊団を倒すなどして、すでに貴族界隈で頭角を現していたはず。
だが、そうなっていないということは、俺の弱体化工作は成功しているということだ。
しめしめ。
「個人的に因縁がありまして」
無論、そんなことをリゼットに教える義理はないので、適当にごまかしておく。
「ほう。だが、自分の手は汚したくない、と。
いや、責めているわけではない。君の腕前なら、同年代の受験生などに遅れは取るまいと思っただけさ」
む、けっこう突っ込んでくるな。
しかし、リゼットの疑念はもっともだし、放置してもおけない。
このことを無理やりうやむやにしようとすれば、逆に俺がリゼットに貸しを作る形になってしまう。
勘違いしそうになるが、リゼットにとって、俺は単なるビジネスパートナーに過ぎない。
弱みを見せれば食いつかれるし、場合によっては骨までしゃぶられる可能性もある。
もちろん、そうならないように保険はかけてあるが、あくまで、彼女とは対等の関係でいたい。
ここは、ある程度腹を割って話しておくか。
俺はソファに座り直すと、深刻そうに眉をしかめた。
「彼は……ルークは侮れません。以前、一度手合わせしたことがありますが、底知れないものを感じました。
なるべく、直接やり合いたくはないです」
「ほう。君にそこまで言わせるか、ルーク少年は。ならば、私も少々注目しておくとしよう。
いろいろ詮索して悪かったね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「礼には及ばないさ。等価交換だからね。
……ところで、譲り受けたいものとは、どれのことだい?
横領品はざっと確認したが、あの中にあるものなら、なんでも構わないよ」
おっと、今しがた切り出そうと思っていたところだったが、向こうから話題に出してくれるとはありがたい。
約束事とはいえ、あれくれこれくれなんて、気恥ずかしくて自分からは言いづらいからな。
心の中で頭を下げながら、俺はおずおずと口にした。
「薬湯の製法書をいただきたいのですが……」
すると、リゼットはぴくっと眉を動かした。
「ヤクトウ? なんだい、それは」
「飲めば百人力を得られる、魔法薬のようなものです。
ただし、効果は一時的なもので、おまけに使用すると酩酊状態になるという副作用もありまして」
言いながら、『大したものじゃありません』アピールが大げさだったかもな、と反省する。
これじゃ、『じゃあなんでそんなものを欲しがるんだ』という話になってしまうし。
「ああ。あったな、そんなものが。薬湯か。ふむふむ……」
リゼットは考え込むように顎に手を当てた。
が、ドキドキしている俺の顔を見ると、ニヤリといたずらっぽく歯を見せる。
「……どうしようかな?」
「そ、そんな……! お願いしますよ、学園長!」
「はっはっは! 冗談だよ、このリゼットに二言はない。持って行くがいいさ。詮索もなしだ」
リゼットは心底愉快そうに笑って、その場で一筆したためてくれた。
「これを持って保管庫へ行きたまえ」
「ありがとうございます」
差し出された羊皮紙を手に取ろうとすると、ひょいっと持ち上げられ、空振ってしまう。
「ちょっと、学園長……! 二言はないっておっしゃったじゃないですか!」
腹を抱えて笑っているリゼットに抗議すると、今度こそ彼女は指令書を渡してくれた。
「……ふう。ヴァンくんといると楽しいな。また、気が向いたら遊びに来ておくれよ。愉快な話を土産にね」
そう言って、リゼットは俺を見送ってくれた。
うーむ、気に入られてはいるようだが、ちょっと調子が狂うな。
年上の女性はわからない……訂正。俺は女性そのものがわかっていない。悲しいことに。
自分で自分にツッコミを入れながら、俺は保管庫へ向かった。
◆
「老師、できました」
一週間後。
訓練場の片隅に設えた簡易工房で、俺は最後の調合を終えた。
俺が差し出したコップの中の液体――薬湯を、じっと見つめている老師。
琥珀色の薬湯からは、湯気とともに独特の薬っぽい臭気が立ち上っている。
控えめに言って、あまり美味そうではない。
老師はしばらく薬湯を眺めていたが、やがてぐいっと飲み干した。
(大丈夫か? いきなりぶっ倒れたりしないか?)
俺はハラハラしながら老師の様子を見守った。
この薬湯づくりは、大変に難儀した。
アインとの共同で取り組んだのだが、まず原料がとにかく臭かった。
いや、ただ臭いだけなら我慢できるのだが、長時間嗅いでいると手足が痺れて動けなくなってしまうのだ。
おかげで、初春の寒い中、工房の窓を全開にして作業する羽目になり、アインは途中で風邪を引いてダウンした。
どうにかこうにか生み出した試作第一号は、飲んだ瞬間に意識が吹っ飛び、半日をロスした。
とにかく、語りだせばきりがないくらい、こいつの製造には苦労したのである。
老師の助言がなければ、入学試験までに完成させるのは、とうてい不可能だったことだろう。
「ふむ……」
老師はひとつうなずくと、軽い足取りで木人のもとへ歩み寄った。
そして、
「はッ!」
ドガガガガガ!
目にも留まらぬ手足の連打。
それでいて、一撃ごとの重さはまったく失われていない。
明らかに、普段の老師とは動きのキレが違う。
わずか二秒足らずで、文字通り木っ端微塵になった木人の残骸が、辺り一帯に散らばった。
「すげえ……」
思わず感嘆の声を漏らすと、老師はため息をついた。
「儂も老いたのう。薬湯を用いてなお、こんな木偶人形ごときに五発以上打ち込まねばならんとは。
昔なら、師父に毒を飲まされておったわい」
マジかよ、あれで衰えてるってのか?
木人は生身の人間よりも、はるかに頑丈につくられているはずなのに。
つまり、あれを食らったとしたら……カンフーアクション映画が、スプラッタ映画に早変わりだ。
老師はパンパンと手についた木くずを払うと、俺に手招きした。
「よくぞ、失伝しておった龍門拳が秘薬たる薬湯を完成させてくれた。
これで、お前に新たな拳――『酔歩乱舞』を授けることができる」
よしっ!
俺は心の中で跳び上がった。
薬湯の製法書は、『ブレマジ』において、主人公アルフレッドを強化してくれる重要なアイテムだ。
こいつを奪い取ったことで、アルフレッドのさらなる弱体化に成功したばかりか、俺自身の強化にもつながったというわけである。
ただ、これで教わる技が、『ブレマジ』とどう違うかが問題となってくるのだが……。
「小僧、お前も薬湯を飲んでみよ」
言われた通り、ポットからカップに薬湯を注ぎ、一気に飲み下す。
苦い。舌がねじれそうだ。
おまけに、喉を通った瞬間、まるでアルコール度数の高い酒を飲んだときのように、カッと身体が熱くなった。
「うぐっ……!」
全身の血液が沸騰したかのような感覚。
心臓がバクバクと激しく脈打ち、視界がぐわんぐわんと揺れ始める。
「どうじゃ、ひどい気分じゃろう?
『酔歩乱舞』は、その酩酊状態を利用した拳法よ。
常人には予測不能な動きで敵を翻弄し、必殺の一撃を叩き込む」
「予測不能……」
「うむ。『酔歩乱舞』は自分でも次にどう動くかがわからん。
ゆえに、相手も読めぬというわけだ」
なるほど、現実の酔拳と大体同じだ(現実にあるのか?)
まあ、予想通りといったところか。
『酔歩乱舞』通称酔拳。
原作では、事前に生成しておいた薬湯を使用することで、攻撃力バフと回避率バフとクリティカル率バフ、ついでに命中率デバフがかかるという仕様だった。
ただし、命中率デバフのほうは、『集中』という命中率バフをかける魔法を味方に使ってもらえば踏み倒せるので、実質デメリットなしで運用できたのだ。
さらに、敵の回避率バフと防御力バフを無視できる『心眼』と『防御貫通』というスキルも一時的に獲得できるので、物理防御がカッチカチの敵もワンパンできて実に爽快だった。
だが、この世界の酔拳は、そんなに使い勝手のいいものではなさそうだ。
「うっぷ……」
一歩踏み出しただけで、大地が歪んでいるかのように足元がふらつく。
ひどい吐き気が込み上げてきて、胃袋がひっくり返りそうだ。
「まあ、何度も飲めばそのうち慣れる。その状態で動けるようになれば、一騎当千よ」
確かに、薬湯自体の効果で、手足に力がみなぎっているのは感じる。
また、老師の説明によれば、酔拳は敵に動きを読まれなくなる効果があるらしい。
ならば、アルフレッドがデフォルトで所持している『直感』スキル――敵の攻撃に合わせてタイミングよくボタンを押すと、ダメージを軽減できる、いわゆるパリイをも無効化できるかもしれない。
このパリイが、目下アルフレッド攻略において、もっとも悩ましい問題だ。
生まれつき持っている(であろう)スキルだから、横取りすることもできないし、無策だとどんな攻撃もパリイで受け流されてしまうかもしれない。
であれば、対策となる酔拳の習得は必須事項だ。
「これからは、薬湯を飲んだ状態で儂と手合わせせよ。一度でも儂に攻撃を当てることができれば合格じゃ」
「は、はい!」
俺は不安定な大地の上で、しっかりと脚を踏ん張る。
今は立っているだけで精一杯だ。
だが、必ずこれで戦えるようになってやる!
(やれることは、全部やってやる。俺は絶対に死なない)
俺は固い決意のもと、老師に挑みかかった。
◆
それから、さらに一週間が経った。
俺は何度も転び、嘔吐し、老師に叩きのめされた。
だが、三日目にはなんとか普段通り動けるようになり、五日目には攻撃をかわせるようになっていた。
そして、
「ふッ!」
老師の直突きを上体そらしで回避し、不自然な体勢のまま拳を放つ。
ドン!
「むっ!」
老師が初めて苦悶の声を上げ、殴られた胸元を押さえて後ずさった。
(あ、当たった……)
感慨に浸る間もなく、俺はどっとその場に崩れ落ちた。
薬湯の効果が切れたのだ。
「……まあ、及第点としておこう。
しかし、たったの七日で『酔歩乱舞』を会得しようとは。やはり、お前には天賦の才がある」
「ありがとう、ございます……」
地面にへたりこむ俺を見下ろし、老師はフフンと笑った。
「次は、効果切れ後の虚脱感をどう克服するかじゃが……まあそれはおいおいでもいい。今日は終わりとする。よく休め」
そう言って、老師は去っていった。
「や、やったぞ……」
俺はどさりと地面に背中から倒れ込み、暗くなっていく空を見上げた。
明日は入学試験だ。
今の俺なら、試験の突破は容易いだろうから心配ない。
気になるのは、『ブレマジ』と同じような決闘イベント以外で、主人公様と接点が生じないかだ。
こっちの準備が万端とは言い難い状態で、アルフレッドと戦う羽目にはなりたくない。
できれば視界にも入れないよう、万全の注意は払うが……全てがゲーム通りにいくとは限らない。
気を引き締めていこう。
「ヴァン様」
「うおっ!」
声に振り向くと、そこにはノナが立っていた。
メイド服姿でありながら、俺ですら気づけないほどの気配遮断能力。
もはや、彼女は囚われの少女ではなく、一人前の諜報員だ。
「旦那様に命じられましたように、学園にはわたしも同行いたします」
「ああ。頼りにしてるぞ、ノナ」
ノナは深々と頭を下げた。
「ヴァン様の勝利のため、この身を捧げます」




