第1話『悪役貴族に転生す』
新作です。
10万字書きためてあるので完結は保証いたします。
カクヨム様に先行投稿してありますのでよければそちらでもお楽しみください。
ガンッ!
「だ、大丈夫ですか、ヴァンお坊ちゃま!」
「どうした、急に床に這いつくばったりして。
コインでも落ちていたのか? ヴァン・フォン・ヴェイルハイム。
金さえ払えばなんでもやる、薄汚い一族の『出来損ない』くん」
最初に聞こえた言葉は、心配そうな女性の声と、悪意に満ちた少年の嘲弄だった。
(頭、いってえ……ていうか、どこだ? ここ。夜会ってやつ?)
俺が今いるのは、豪華なパーティかなにかの会場のようだった。
ふかふかの絨毯。
壁にかけられた、よさげな芸術品の数々。
突然の物音に驚いたのか、周囲の着飾った人々が、心配そうにこちらに目をやっている。
(ヴァン・フォン・ヴェイルハイム……って、『ブレマジ』の?)
俺をそう呼んだ少年の顔をまじまじと見る。
細身で意地の悪そうなツリ目をした、キザなナルシストって感じのやつだ。
黒の燕尾服に、悪趣味な指輪なんぞつけて、一丁前に格好をつけている。
俺の口から、自然にそいつの名前が飛び出した。
「……ガブリエル」
「おお! 覚えていてくれたのか。光栄だね。いや、よかった。この僕に対して挨拶のひとつもなかったから、てっきり記憶喪失にでもなったのかと思って、不安になったんだよ」
白々しい弁解を述べる少年ガブリエル。
そうだ、俺はこいつに足を引っ掛けられて、すっ転んだんだ。
それで、テーブルの脚に頭をぶつけて、意識が――。
「っ!」
突如、濁流のように誰かの記憶が流れ込んできて、俺はひどく混乱した。
中の下くらいの家に生まれ、奨学金で地方の無名大学に通い、卒業。
中堅どころのメーカーに就職したものの、激務で心身を壊して退職。
鬱々と実家でニート生活をしていたときに、親父と大喧嘩をして突き飛ばされ、テーブルの角に後頭部を打ちつけて――。
(……つまり、転生したのか。『ブレマジ』のヴァンに)
絵空事だけの話かと思っていたが、よもやこの俺の身に起ころうとは。
まさに事実は小説より奇なりというやつだ。
『ブレイド・アンド・マジック』通称『ブレマジ』
知る人ぞ知る名作RPGの1つで、要所要所で主人公の行動を選択することができ、それによってシナリオが分岐するという、いわゆるアドベンチャー形式のゲームだ。
シナリオ自体は、ある一点を除けばそれなりに良作といえる部類。
だが、RPG要素が予想以上に面白くて、一時期ドハマリしていたのだ。
選んだ選択肢によって主人公本人はもちろん、パーティメンバーの構成やステータスの上昇度合い、戦闘中に使えるスキルまでが変化するという豪華仕様。
特定の選択肢を選ばなければ、絶対に倒せないボスがいる……ということもない。
レベルを上げて物理で殴ったり、別の構成で強引に突破したりといった自由度もある、実に素晴らしいゲームだったのだ。
で、そんな素晴らしいゲームにおいて、俺が転生したヴァン・フォン・ヴェイルハイムの役割はなにかというと。
ストーリーの序盤でやられるかませ犬。以上!
……いや、資料集によると、実はあれこれ裏設定があったりするらしいのだが、本編をプレイした上での感想は『主人公様を引き立てるための踏み台』以外にない。
それくらい、ヴァンには活躍といえるシーンがないのだ。
まあ、無理もない。
こいつの性格は怠惰にして傲慢そのもの。
弱者をいたぶり、強者には媚びを売る小悪党。
こんなやつに見せ場なんて用意されているわけがないのは、ある意味道理である。
(しかし、よりにもよってこいつか……)
ズキズキする痛みをこらえながら途方に暮れていると、メイド姿の少女が俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか、お坊ちゃま? もし具合がよろしくないようでしたら、医者をお呼びしますが……」
そばかすの目立つ地味めな顔立ち。
黒髪をひっつめにし、メイドプリムを被った少女の瞳に、俺の顔が映っている。
アーモンド形をした切れ長の目。
すっと通った鼻筋に、すっきりしたフェイスライン。
控えめに言って、美少年と形容して差し支えないだろう。
で、このメイドの子の名前はミラ。
普通、ヴァンみたいな雑魚キャラのお付きの名前なんて誰も知らないだろうが、俺なら知っている。
「いや、大丈夫。気にしないで」
「え?」
すると、メイドの少女ミラは驚愕したように目を見開き、俺の顔をまじまじと見た。
なに? なんかついてる? 俺の顔。
「……すみません! どなたか医者をお呼びしてください! ヴァンお坊ちゃまが頭を打たれてしまって!」
ええええ!? いやいやちょっと待って!
大丈夫って言ったじゃん! なんでさらに重症者みたいな扱いに!?
「ちょ、えーと……君! 俺は本当に大丈夫だから!
あんまりおおごとにしなくていいよ!」
「はい、そうです。気が触れてしまわれたようで……至急、入院が必要かと!」
駆けつけてきた執事っぽい人に、俺の容態を説明するミラ。
あれ? 俺、頭おかしくなったと思われてる? 不可解だ。
(いや、確かにおかしい。ヴァンはこんなこと言わない)
が、すぐに俺はひらめいた。
ヴァンといえば、傲岸不遜が服を着て歩いていて、泣き虫という言葉がぴったりくるヘタレ野郎だ。
メイドに気を使うような真似なんてしないし、意識が飛ぶくらい頭を打ったら、泣きわめいて大騒ぎするのが常だろう。
事実、原作におけるわずかな描写ではそうだった。
ガブリエルがニヤニヤしながらテーブルに手をつく。
「おやおや、気が触れたとは穏やかじゃないねえ。これは専門の病院を紹介したほうがよさそうだ。
聞くところによると、患者の手足を鎖で縛りつけて、正気に戻るまで水をかけたりするそうだが……ハッハッハ! 愉快な場所じゃないか!」
なにがハッハッハだ。笑ってんじゃねえぞ。
というか、まずい。このままだと精神病院送りにされてしまう。
ガブリエルの口ぶりからすると、現代におけるそれのようなホスピタリティは微塵も期待できなさそうだ。
なんとしても、正常だと思われなければ!
「ええい、どけっ! 邪魔だ! 病院なぞ必要ない!」
「きゃっ」
俺は極力優しくミラを押しのけ、ふらつく足で立ち上がると、ガブリエルを正面からにらみつけた。
「……やってくれたな、ガブリエル。ただですむと思うなよ?」
口調のエミュレートも完璧だ。
『ブレマジ』の二次創作小説をしたため、某サイトでランキング入りまで果たした俺に隙はない。
すると、ガブリエルは居直ったように顎を上げ、一歩俺のほうへ踏み出した。
「へえ。どうしてくれるって言うんだい、『出来損ない』が」
出来損ない出来損ないってうるさいな。
なんでこんな呼ばれ方してるんだっけ?
……ああ、思い出した。
確か、ヴァンは魔法が使えず、受け付けない『魔法無効化体質』とかいう特殊な身体だったはず。
徒手空拳でもやれないことはない舞台設定だけど、魔法全盛のこの世界じゃ、出来損ない呼ばわりもむべなるかなだ。
(でも、ヴァンでも、俺の原作知識があれば、結構やれるかも)
『魔法無効化体質』は、魔法が使えないことばかりにフィーチャーされがちだが、身体に触れた魔法を無条件に打ち消すという、いわゆるディスペル的なメリットもある。こっちは外部には隠しているから、知られていないのも無理はない。
それに、今のヴァン、つまり俺は14歳。
学園入学――すなわち俺の敗北イベントが発生するまでに、まだ半年ほど余裕がある。
ということは、この時期ならこいつの実家にはあいつがいるはずだし、うまくやればあれだって手に入るし、もしかするとあの子だって救えるかも――。
「おい、なに黙ってんだよ『出来損ない』! どうしてくれるのかって聞いてるだろうが!」
ああああ! うるせえなこいつ、人が考えごとしてるときに!
もういい、ちゃんとした計画は後で立てる!
今はこいつを黙らせるのが先決だ!
……実際、この段階でガブリエルをしばいておくのも、かなり重要だ。
それに、原作通りのスペックをヴァンが持っていれば、なんとでもなる。
俺はドンと目の前のもやし野郎を突き飛ばすと、つけていた白い手袋をじゅうたんの上に脱ぎ捨てた。
「俺と決闘しろ、ガブリエル! 俺が勝ったら這いつくばって謝れ!」




