絶望と阿呆
彼の居ない、新しいマンションの6階から、私の命を落としてみよう。
昔、学生の時、どの先生かは、忘れたけど、人が死ぬのに、最適な階は、4階以上だ。と、聞いた事がある。まぁ、言い方が違うけど、私の記憶の中では、そういう結論だ。
ぼんやり、最後の夕焼けを見つめてる。ピンクの空に三大夕日が真っ赤に染まってる。
次第に地上に目を落とすと、空は、紫煙に染まっている。
今なら、誰も、下を通っていない。空っぽのベランダのゴミ箱を逆さにして、上った。
目眩がして、バランスを失った右足が、ゴミ箱の底から、足を掬われ、コンクリのベランダに左肘を打って、頬骨も多分、擦った。血がパタリ、パタリと、床に滲む。
「痛¬—…っ」なんて、間抜けなんだ。一瞬で、アホらしくなった。
寧ろ、痛覚が満たされた事で、一瞬浮かべた決意の代償行為になったみたいだった。
誰も見てないな、と確認してから、ふと疑問が湧いた。
何か、右足を掴んで、引っ張ったみたいに感じたけど・・・、気のせいか。
膝をほろって、血が出てないのを確認する。絆創膏を取りに、窓を開け直す。
スリッパを何事もなかったように、プラ桶に入れて、蓋をする。
「あー、馬鹿やった。アホらし。」
自分を一言非難したら、何かが簡潔な音を立てて、なかった事になる。
それが、いつもの死にたがりの結末だったりする。
チャンスなんてまだ、いくらでもある。何も解決していやしないじゃないか。
ホント・・・・阿呆だ。
「葬儀の日くらいは、泣けたから、泣かしてほしかったな。」ボソッと呟いた。
何かが結論づけて、自分を絶望に追い落とそうとも、私は何故か泣けない。
泣けない代わりに、死にたくなる。
「結局、父親の呪文に、呪われたまま、ですか?」
またフレミングの逆手である。
馬鹿にしてるタイミングを感じて返答する。
「晴明・・・。仕事でどっか行ってたんじゃなかったの?」
「そんな事を一言でも、僕は言いましたか?」
「いいえ。阿呆は私です。」
「怒ると思いますか?」
「多分。」絆創膏を頬骨の皮膚に貼りながら、遠くを見つめて答える。
「まぁ、怒られるより、実害を被っているようなので、身に染みましたでしょう?」
「さぁ。多分ね。」ため息を吐いてしまう。
誰かの思った通りの人生なんて、まっぴらだけどね。と、心で呟く。
さよなら、の前に。
「真っ赤な空を知っていますか。」
晴明がふと、零す。
脳裏に広がったのは、
最後の審判があった日の空ではなかった。
でも、次に広がった空は、あの甘い母の温もりに包まれた夜に、脳裏に広がった空の色。
エメラルドとサファイアの地平線だ。それは、神様から、私に約束された空だった。
その直後に、最後の審判があったことは、裏切りに近い景色だったけれど。
「すべての地平線が青々とした景色なら知ってる。」
聞かれた空への問いに、そう返した。
「私の絶望に倒れた空は、真っ赤でした。第二次世界大戦。かつて、その頃に、陰陽師の末裔たちは、国防というべき、過酷な運命と戦っていた。でも、貴方が、その後の空を、青いと言えるようになったのだと知れた今、すべてが報われたように感じます。」
晴明は、遠い地平線を窓の外に見つめながら、そう付け加えた。
私が、四十八願を叶えるのは、一体、いつになるのかも分からないのに、きっと希望を灯して、こうして私たちが生きていくというのなら、こんな他愛のない会話すら、無駄じゃない、きっと後悔しない為にしているに違いない。




