第5巻 第1章 第4話「物語世界への回帰 ― 再び桜の中へ」
眩しい光に包まれて、蒼月トウカの意識は再び“あちら側”へと滑り込んでいった。
気がつくと、彼は夜明け前の桜並木に立っていた。
地平線の端で、群青と薄紅が混ざり合う。
舞い散る花びらは現実よりも鮮やかで、風の一つひとつが物語の言葉のように響いている。
「……帰ってきたのか、俺。」
聞き慣れた声が背後からした。
桐生さくらが、満開の枝の下に立っていた。
「トウカはん、またウチの夢ん中に戻ってきたんやね。」
柔らかな京都弁が、夜明けの静けさに溶ける。
彼女の髪に宿る桜の花びらが光り、彼の胸の奥で何かが共鳴した。
「夢じゃない。」
トウカは答えた。
「これは、俺が書いた“回帰引き継ぎ”の続き……
でも、もう誰が作者で誰が登場人物か、わからなくなってる。」
さくらは微笑み、ゆっくりと近づいてくる。
「それでええやない。ウチらの世界も、トウカはんの世界も、もうよう似とるもん。
……せやけどな。」
彼女は彼の胸に指を当てた。
「ウチはここに生きとる。文字の外でも、確かに息しとるんや。」
その言葉とともに、彼の視界に淡い光が広がる。
紫苑、天音、つばめ、美琴――
桜魂の継承者たちが、ひとり、またひとりと光の中から現れた。
「おかえり、トウカ。」
「待っとったで。」
「また“続き”を書いてくれるんやろ?」
それぞれが、笑顔で彼を迎える。
だが、彼の胸には奇妙な違和感が残った。
――この“回帰”は、もう彼の意思では止められないのではないか。
ふと、背後から声がした。
「おや、久しぶりやな、トウカくん。」
そこにいたのは、男の娘・楓。
夜のように艶やかな黒髪、女の子のような微笑み、しかし声の底には少年の低音が混じる。
「またウチらの世界に手ぇ出したん? ほんま、罪な男やで。」
「楓……お前も、“覚えてる”のか。」
「当然やん。ウチら、アンタが書くたびに生まれ変わっとる。
ほんで今度の“回帰”は……ちょっと、深いで。」
そう言って彼女――いや、彼は微笑んだ。
「ほんまの回帰が始まるんや。書いた言葉が、現実を上書きしてまう。」
桜の花びらが、一斉に風へ舞い上がった。
空が反転するように、世界がほどけていく。
そしてトウカの足元から、再び“文字”が溢れ出した。
> 【回帰連結開始――記憶、書と現実の境界を越える】
「……これは、俺の物語じゃなくなる。」
呟いた瞬間、彼の意識はまた引きずり込まれていった。
現実も夢も、作者も登場人物も――すべてが混ざり合う“真の回帰”の中へ。




