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石鹸王の野望

「うわっ、臭い!」

目覚めた瞬間、鼻を突く異臭に俺は思わず声を上げた。腐った卵と汗と泥が混じったような、この世の終わりみたいな悪臭だ。

俺の名前は田中健一。27歳、化学メーカーの研究員をやっている。いや、やっていた、と言うべきか。さっきまで会社の実験室で新しい界面活性剤の実験をしていたはずなのに、気がついたら見知らぬ場所にいる。

周りを見回すと、そこは中世ヨーロッパのような石造りの街並みが広がっていた。人々は汚れた服を着て、髪もボサボサ、顔も手も泥だらけ。そしてその全てから立ち上る、言葉では表現しきれない悪臭。

「まさか、異世界転移?」

ファンタジー小説の読みすぎかもしれないが、状況的にそれ以外考えられない。そして俺の専門知識がこの世界でどれだけ通用するか、興味深い実験が始まりそうだ。

とりあえず街の中を歩いてみる。すると、汚水が流れる溝の傍で、一人の少女が倒れているのを発見した。年の頃は15、6歳だろうか。茶色い髪は絡まり、顔は泥で汚れているが、整った顔立ちをしている。

「おい、大丈夫か?」

声をかけると、少女は薄っすらと目を開けた。緑色の瞳が俺を見つめる。

「あ、あの...」

「とりあえず、ここは危険だ。どこか安全な場所はないか?」

少女は弱々しく首を振る。「お金がなくて...宿にも泊まれません」

典型的な困窮状態か。しかし、これは俺にとってチャンスでもある。この世界で成り上がるためには、まず信頼できる協力者が必要だ。



少女の名前はリナといった。孤児で、日雇いの仕事をして何とか生きていたが、最近は仕事も見つからず、衰弱していたという。

俺はリナを連れて、街の外れにある安い宿に向かった。しかし、宿の主人に一目見られた瞬間、鼻をつままれてしまう。

「臭すぎる!金を払っても泊められない!」

確かに、リナだけでなく俺も、この世界に来てから汚れまくっている。これでは話にならない。

「リナ、川はどこにある?」

「街の東側に...でも、みんな川で体を洗ったりしませんよ?」

「なぜだ?」

「水は貴重ですし、体を洗うなんて贅沢です。それに、洗ったところで綺麗になりませんから」

なるほど、石鹸の概念がないのか。これは予想以上にビジネスチャンスが大きい。

川に着くと、俺は持っていたペンなどを売って得た小銭でリナに簡単な買い物を頼んだ。豚の脂、木の灰、そして塩。この世界にも、石鹸の原料となる基本的な材料はあるようだ。

「ケンイチ、これで何をするんですか?」

「魔法を見せてやる」

俺は化学の知識を総動員して、原始的な石鹸作りを開始した。豚の脂を熱し、木灰から抽出したアルカリ分と反応させる。ケン化反応という、化学者なら誰でも知っている基本的な反応だ。

「うわあ!泡が立ってる!」

リナが驚声を上げる。確かに、この世界の人にとっては魔法にしか見えないだろう。

出来上がった原始的な石鹸で、まず俺が手を洗って見せる。みるみるうちに汚れが落ち、手が白くなっていく。

「す、すごい!ケンイチの手が真っ白に!」

「次はお前の番だ」

リナの手に石鹸をつけて洗わせる。彼女の手からも、長年蓄積された汚れがごっそりと落ちていく。

「これは...これは魔法ですか?」

「魔法じゃない。石鹸だ。そして、これでこの世界を変えてやる」

俺たちが川で体を洗っていると、通りかかった人々が驚きの目で見つめていく。特にリナの変化は劇的だった。汚れが落ちると、彼女は想像以上の美少女だったのだ。

「リナ、お前、めちゃくちゃ可愛いじゃないか」

「え、えっと...」

頬を赤らめるリナ。清潔になっただけで、まるで別人のようだ。

宿に戻ると、さっきの主人が目を丸くする。

「お、お前ら、さっきの乞食か?まるで別人じゃないか!」

「石鹸という魔法の道具を使ったんだ。これで洗えば、どんなに汚れた体も真っ白になる」

「そ、そんなものが本当にあるのか?」

俺は作ったばかりの石鹸を主人に見せる。主人は恐る恐るそれを触り、水と一緒に手を洗ってみる。すると、案の定、手の汚れがきれいに落ちた。

「こ、これは...革命だ!」

「よし、俺がなんとかしてやる。その代わり、俺の手伝いをしてくれ」

「本当ですか?」

少女の目に希望の光が宿る。俺は彼女の手を取って立ち上がらせた。その時、改めて気づく。この少女、いや、この世界の人々は全員、基本的な衛生概念が欠けている。

これは大きなビジネスチャンスだ。



翌日、俺とリナは街の商業地区を歩いていた。石鹸のサンプルをいくつか持参して、商人たちに売り込みをかけるためだ。

最初に訪れたのは、香料を扱う商人の店だった。

「石鹸?何だそれは?」

商人のおっさんは怪訝そうな顔をする。俺は実演して見せることにした。

「この汚れた布を見てくれ」

テーブルの上の汚れた布巾に石鹸と水をつけて洗う。みるみるうちに汚れが落ち、布が本来の白さを取り戻す。

「な、なんと!まるで魔法のようじゃないか!」

「魔法じゃない。これは石鹸という道具だ。体を洗えば、どんな汚れも落とせる」

商人の目が輝く。商売人の嗅覚で、これが大きなビジネスになると直感したのだろう。

「それで、いくらで売ってくれるんだ?」

「作り方も含めて教える。ただし、条件がある」

俺は商人との独占販売契約を結んだ。石鹸の製造法を教える代わりに、売上の30%をロイヤルティとして受け取る契約だ。

その後、俺たちは街中の商人を回り、同様の契約を結んでいった。床屋、洗濯屋、宿屋、貴族相手の商人...清潔さが重要な職業の人々は、みな石鹸の価値を理解してくれた。

「ケンイチ、こんなにお金を稼げるなんて...」

リナが信じられないという顔で、俺たちの財布を見つめている。たった一日で、この世界の庶民の年収に匹敵する金額を稼いでしまった。

「これはまだ始まりだ。石鹸だけじゃなく、俺にはまだまだ知識がある」

次のターゲットは決まっている。医療だ。


石鹸の普及は想像以上に早かった。最初は珍しがって買った金持ちたちが、その効果に驚いて口コミで広めてくれたのだ。

特に大きな反響があったのは、貴族街だった。汚れが落ちるだけでなく、肌がすべすべになる効果に、貴族の奥様方が熱狂したのだ。

「もっと上質な石鹸は作れないか?」

ある伯爵夫人からの依頼で、俺は香料入りの高級石鹸を開発した。ラベンダーやローズマリーなど、この世界にもある香草を使って、現代でいう化粧石鹸のようなものを作ったのだ。

この高級石鹸は、一個が庶民の月給に匹敵する高値で売れた。しかも、注文が殺到して、生産が追いつかないほどだ。

「ケンイチ、貴族の方々が直接お会いしたいと...」

リナが緊張した面持ちで報告してくる。彼女も石鹸で綺麗になってからは、俺の秘書兼マネージャーとして活躍してくれている。

俺が向かったのは、この街を治める領主の館だった。

「君が噂の石鹸師か」

領主は初老の男性で、体格が良く威厳がある。しかし、その手や顔も、石鹸で洗ったらしく、この世界の人にしては異常に清潔だ。

「石鹸の製造法を教えてもらえないだろうか。もちろん、相応の報酬は用意する」

「申し訳ありませんが、製造法の直接伝授はお断りしています。ただし、別の提案があります」

俺は領主に新しいビジネスプランを持ちかけた。石鹸工場の建設だ。領主が土地と資金を提供し、俺が技術と経営を担当する。利益は折半という条件だ。

「面白い。やってみよう」

こうして、俺はこの世界初の石鹸工場の経営者となった。

しかし、石鹸の普及は思わぬ副次効果をもたらした。清潔になった人々の間で、病気の発生率が激減したのだ。

「最近、疫病が全然流行らない」

「傷の治りも早くなった気がする」

医者たちが首をかしげる中、俺だけがその理由を知っていた。細菌感染の予防だ。石鹸による手洗いが、この世界の医療水準を劇的に向上させていたのだ。



石鹸の成功に気をよくした俺は、次のステップに進むことにした。医療分野での知識無双だ。

この世界の医療水準は想像以上に低い。外科手術は当然として、簡単な怪我の手当てさえまともにできていない。そもそも、細菌という概念自体が存在しないのだ。

俺がまず目をつけたのは、街の医者が集まる医療組合だった。

「君が石鹸師のケンイチか」

組合長らしい老人が俺を見つめる。彼の名前はマルクス、この街では名医として知られているらしい。

「石鹸のおかげで病気が減っているという話だが、本当なのか?」

「はい。石鹸で手を洗うことで、目に見えない小さな病原体を除去できるんです」

「病原体?」

マルクスが首をかしげる。俺は簡単に細菌理論を説明した。もちろん、顕微鏡がないこの世界では証明は困難だが、石鹸の効果という実例があるため、医者たちも興味を示してくれた。

「それで、我々に何を求めるのかね?」

「手術前の手洗いを徹底してください。それだけで、術後の死亡率は大幅に下がるはずです」

医者たちは半信半疑だったが、石鹸の実績もあり、試しにやってみることになった。

結果は劇的だった。手術前の手洗いを徹底した医者の患者は、術後の回復が明らかに早く、感染症による死亡もほとんどなくなったのだ。

「これは...革命だ!」

マルクスが興奮して叫ぶ。他の医者たちも、俺の理論に注目し始めた。

俺はさらに踏み込んで、アルコール消毒の概念も導入した。この世界にも蒸留酒はあるので、高濃度アルコールの製造は可能だ。傷口の消毒や手術器具の滅菌に使用すれば、さらに感染率を下げることができる。

「ケンイチ殿、あなたは医学の天才だ!」

マルクスが俺の手を握って感動している。天才というより、現代知識の応用なんだが、この世界の人にはそう見えるのだろう。

医療分野での成功により、俺の名声はさらに高まった。石鹸王という異名まで付けられ、街では知らない人がいないほどの有名人になっていた。

「ケンイチ、王都からお呼びがかかっています」

リナが緊張した面持ちで報告してくる。ついに王国レベルでの注目を集めることになったようだ。



王都への旅は馬車で三日かかった。その間も、俺は新しいビジネスアイデアを練り続けていた。

王都は想像していたよりもはるかに大きく、人口も多い。しかし、やはり衛生状態は最悪だった。街中に汚水が流れ、悪臭が立ち込めている。

「こりゃあ、石鹸だけじゃ解決できないな」

俺がつぶやくと、リナが心配そうに見つめてくる。

「ケンイチ、大丈夫ですか?王様に会うんですよね?」

「ああ、でも緊張はしていない。むしろ、これだけ問題があれば、俺の知識がより活かせるからな」

王宮に到着すると、すぐに謁見の間に通された。王座には30代後半くらいの男性が座っている。王様にしては若く見えるが、威厳は十分だ。

「石鹸王と呼ばれる男よ、そなたの噂は王都にまで届いておる」

「光栄です、陛下」

俺は適当に頭を下げる。現代人の俺には、王様に対する畏敬の念なんてないが、一応の礼儀は必要だろう。

「そなたの石鹸とやらで、地方の病気が激減したと聞く。本当なのか?」

「はい。清潔にすることで、多くの病気を予防できます」

王様は興味深そうに俺を見つめる。

「それならば、この王都でも試してもらいたい。特に、王宮内での導入を検討している」

王宮内での石鹸導入は、想像以上に複雑だった。貴族たちの中には保守的な考えの人も多く、「新参者の戯言」として俺の提案を拒否する者もいた。

しかし、王様自身が石鹸を試用し、その効果を実感すると、状況は一変した。

「素晴らしい!この清潔さ、この爽快感!なぜ今まで誰も思いつかなかったのか!」

王様の絶賛により、王宮内での石鹸使用が義務化された。さらに、俺は王室専属の衛生顧問という新しい役職に任命された。

「健一よ、王都全体の衛生改善を任せる。予算は心配するな、必要な分だけ使えばよい」

これは大きなチャンスだった。王都という大きな市場で、本格的な衛生改革を行えるのだ。

俺はまず、王都の水道システムの改善から着手することにした。現代の知識を活かせば、簡単な浄水システムぐらいは作れるはずだ。



王都の衛生改善プロジェクトは、想像以上の大事業となった。

まず俺が着手したのは、上下水道の整備だ。この世界にも古代ローマの水道橋のような技術はあるが、排水システムが全く整備されていない。汚水が街中に垂れ流しになっているのが、悪臭と病気の最大の原因だ。

「ケンイチ殿、本当にこんなことが可能なのか?」

建設を担当する技師長が不安そうに尋ねる。確かに、現代レベルの下水道を一から作るのは無理だが、基本的な排水システムなら作れる。

俺は図面を描いて説明した。重力を利用した排水システム、簡易的な浄化槽、そして汚水の最終処理場。どれも現代では当たり前の技術だが、この世界では革命的だ。

工事は王様の全面的な支援もあり、順調に進んだ。職人たちも最初は半信半疑だったが、俺の指示通りに作った試作品が実際に機能するのを見て、熱心に取り組むようになった。

「すげぇ...本当に汚水が綺麗になってる!」

浄化槽の機能を見た職人たちが驚きの声を上げる。単純な砂利とろ過による浄化だが、この世界の人には魔法に見えるのだろう。

石鹸事業も並行して拡大していた。王都での需要は地方都市の比ではなく、工場をさらに増設する必要が出てきた。

「ケンイチ、注文が多すぎて生産が追いつきません」

リナが嬉しい悲鳴を上げている。彼女も今では立派な経営者の風格を身につけている。

「よし、それなら製造技術を他の業者にもライセンス供与しよう。品質管理は俺たちが行う」

こうして石鹸製造のフランチャイズ化を開始した。技術提供とブランド使用料として、各製造業者から売上の一定割合を受け取る仕組みだ。

数ヶ月後、王都の街並みは劇的に変化していた。下水システムの整備により悪臭が激減し、石鹸の普及で人々の清潔さが向上した。それに伴い、疫病の発生率も大幅に下がった。

「ケンイチよ、そなたは本当に王国の救世主だ」

王様が満足そうに俺を見つめる。確かに、俺の現代知識により、この王国の生活水準は大幅に向上した。

しかし、俺の野望はまだ終わりではない。次なる目標は、工業化だ。



石鹸と衛生管理で成功を収めた俺は、次のステップとして産業技術の導入を考えていた。

この世界の技術レベルは中世程度で、手工業が中心だ。機械化されているものはほとんどない。つまり、ちょっとした機械技術を導入するだけで、生産性を劇的に向上させることができる。

俺が最初に目をつけたのは、織物業だった。

「ケンイチ殿、また何か新しいことを考えているのですね」

マルクス医師が俺の工房を訪れる。医療分野でのコンサルタントとして、今では俺の重要なパートナーの一人だ。

「ええ、今度は布の大量生産を考えています」

俺は簡単な紡績機の設計図を見せた。水車を動力源とした、原始的だが効率的な糸紡ぎ機械だ。

「これがあれば、手作業の10倍の速度で糸を作ることができます」

マルクスが目を丸くする。「10倍ですと?そんなことが可能なのですか?」

「試作品を作って実証してみましょう」

俺は王都の職人たちと協力して、水車式紡績機の建設を開始した。設計自体は単純だが、精密な歯車や軸受けが必要で、職人たちの技術力が試される。

「ケンイチ、本当にこんな複雑な機械が動くんでしょうか?」

リナも心配そうに見つめている。確かに、この世界の技術レベルでは挑戦的な試みだ。

しかし、職人たちの技術力は俺の予想以上だった。細かい指示を出せば、かなり精密な部品も作ってくれる。

ついに完成した紡績機の試運転の日がやってきた。

「動いた!本当に動いている!」

水車の力で回転する紡績機を見て、職人たちが歓声を上げる。そして、実際に糸を紡いでみると、手作業の確実に10倍以上の速度で、しかも均一な品質の糸ができあがった。

「これは...これは革命だ!」

織物商組合の組合長が興奮して叫ぶ。彼らは即座に、この機械の導入を決定した。

紡績機の成功により、俺の名声はさらに高まった。しかし、同時に新しい問題も発生した。

手工業者たちの失業だ。

機械化により生産性は向上したが、その分、手作業の職人たちの仕事が奪われることになった。当然、彼らからの反発もある。

「機械なんかに仕事を奪われてたまるか!」

一部の職人たちが俺の工房に押しかけてきた。彼らの怒りも理解できる。家族を養うための仕事を失うかもしれないのだから。

しかし、俺には対策があった。

「皆さん、機械を敵視する必要はありません。機械の操作や保守には、熟練した職人の技術が必要です。つまり、新しい仕事が生まれるんです」

俺は職人たちに、機械オペレーターや保守技術者としての新しい職種を提案した。手作業よりも技術的で、しかも給料も良い仕事だ。

最初は半信半疑だった職人たちも、実際に機械の操作を覚えると、その魅力に気づいた。単純な手作業から解放され、より創造的で技術的な仕事に従事できるようになったのだ。

「ケンイチ殿、あなたは本当に先見の明がありますな」

王様も俺の産業政策を絶賛してくれた。工業化により王国の経済力が向上し、税収も増えているからだ。



産業革命の波は王国全体に広がっていった。紡績機に続いて、俺は製粉機、製材機、金属加工機械なども導入した。どれも水車を動力源とした単純な構造だが、この世界にとっては画期的な技術だった。

「ケンイチ、もう王国中に私たちの工場があります」

リナが嬉しそうに報告書を見せてくれる。彼女も今では一流の経営者として成長し、俺の右腕として活躍してくれている。

確かに、俺たちの事業は巨大になっていた。石鹸から始まって、今では繊維、食品、建設、金属加工まで、あらゆる産業に関わっている。

「でも、まだまだ発展の余地がある」

俺は次なる目標を見据えていた。交通インフラの整備だ。

この世界の交通手段は馬車が中心で、道路も整備が不十分だ。物流の効率が悪く、それが経済発展の足かせになっている。

「王様、道路の整備を提案したいのですが」

謁見の際に俺は王様に新しい提案をした。

「道路か。確かに、王都と地方を結ぶ道は整備が必要だな」

「はい。そして、単なる道路ではなく、馬車専用の高速道路を作ることを提案します」

俺は高速道路の概念を説明した。もちろん現代のような高速道路は無理だが、馬車専用の平坦で幅の広い道路を作れば、物流効率は大幅に向上する。

王様は興味を示してくれたが、建設費の問題があった。

「それだけの大事業となると、王国の予算だけでは厳しい」

「それでは、民間資金を活用しましょう。私が資金を提供しますから」

俺の提案により、王国初の民間資本による公共事業が始まった。高速道路の建設権と引き換えに、通行料を徴収する権利を得るという仕組みだ。

建設は大規模なプロジェクトとなったが、俺の工業技術により効率化できた。蒸気機関は無理でも、水車を使った建設機械なら作れる。土木工事の機械化により、建設期間を大幅に短縮できた。

「すごい...まるで山が動いているようだ」

建設現場を視察した王様が驚きの声を上げる。確かに、水車式掘削機が土を掘り起こす様子は、この世界の人には驚異的に見えるだろう。

高速道路の完成により、物流は革命的に改善された。王都と地方都市を結ぶ輸送時間が半分以下になり、商品の流通も活発になった。

そして何より、通行料収入が俺に莫大な利益をもたらした。毎日何百台もの馬車が通行料を支払い、それが俺の懐に入ってくる。

「ケンイチ、お金が多すぎて数えられません」

リナが困った顔をしている。確かに、俺たちの資産は王国の国家予算に匹敵するレベルになっていた。

しかし、俺の野望はさらに大きかった。隣国への進出だ。



「隣国のアルバニア王国から使者が参りました」

リナが興奮気味に報告してくる。アルバニア王国は、この国の東隣にある強大な王国だ。

使者は立派な服装の中年男性で、明らかに高位の貴族だった。

「石鹸王ケンイチ殿とお見受けします。私はアルバニア王国宰相のロベルトと申します」

「ご丁寧にどうも。何かご用件でしょうか?」

ロベルトは丁寧に頭を下げる。

「実は、あなた様の石鹸と産業技術について、我が国王が大変興味を持っておられます。ぜひ一度、王都にお越しいただけないでしょうか」

これは大きなチャンスだった。新しい市場への進出は、俺の事業をさらに拡大する機会だ。

「喜んでお受けします」

俺はアルバニア王国への訪問を決定した。

アルバニア王国の王都は、俺が今いる王国よりもさらに大きく、人口も多い。しかし、やはり衛生状態は最悪で、石鹸の需要は十分にありそうだった。

「ケンイチ殿、ようこそアルバニアへ」

アルバニア王は40代後半の威厳のある男性で、俺を温かく迎えてくれた。

「貴国の産業技術の噂は、遠くこの国まで届いています。ぜひ、我が国でも導入していただきたい」

アルバニア王の提案は魅力的だった。技術移転の対価として、莫大な資金と特権的な商業権を提供するというのだ。

「ただし、一つ条件があります」

俺は王に提案した。

「技術移転と引き換えに、両国間の自由貿易協定を結んでいただきたいのです」

自由貿易により、俺の商品をより効率的に両国で販売できるようになる。これは現代でいう経済圏の拡大だ。

アルバニア王は快く同意してくれた。こうして、俺は二つの王国にまたがる巨大な経済圏の支配者となったのだ。

しかし、この成功が新たな問題を引き起こすことになる。



俺の成功を快く思わない人々もいた。特に、従来の既得権益を持つ貴族や商人たちからの反発は強い。

「ケンイチとかいう成り上がりが、王様を惑わしているのだ」

「あいつのせいで、我々の商売が上がったりだ」

そんな不満の声が、宮廷内でもささやかれるようになった。

ある日、俺の工房に刺客が侵入する事件が発生した。幸い、リナや俺に怪我はなかったが、明らかに俺を狙った暗殺未遂だった。

「ケンイチ、危険すぎます。しばらく王宮内に避難しましょう」

リナが心配そうに提案する。確かに、この状況は看過できない。

俺は王様に事件の報告をした。

「許せん!我が王国の恩人に対して、何という暴挙か!」

王様は激怒し、即座に調査を命じた。そして、驚くべき事実が判明した。

暗殺を企てたのは、王様の弟君だったのだ。

「兄上、あの男は危険です!このままでは王国がかの男に乗っ取られてしまいます!」

弟君は王様に訴えるが、王様は冷静だった。

「ケンイチは王国に多大な貢献をしている。そなたの嫉妬に過ぎん」

結果として、弟君は領地への謹慎処分となった。しかし、この事件により、俺は自分の立場の危うさを理解した。

あまりにも急速な成功は、必然的に敵を作る。今後は、より慎重な行動が必要だ。

「リナ、俺たちの事業を段階的に現地の人々に移譲していこう」

「えっ?なぜですか?」

「外国人の俺が全てを支配し続けるのは危険だ。現地の人々と利益を共有することで、より安定した基盤を作れる」

俺は経営方針を転換した。技術提供とコンサルティングに特化し、実際の事業運営は現地パートナーに任せる方式だ。

この方針転換は正解だった。現地の人々が経営に参画することで、俺への反発が減り、むしろ協力的な関係を築けるようになった。



方針転換から一年が経過し、俺の事業モデルは完全に変化していた。

今や俺は「技術コンサルタント」として、複数の王国で活動している。石鹸、産業機械、インフラ整備、医療技術...現代知識を小出しにしながら、各国の発展に貢献しているのだ。

「ケンイチ、今度はベルモント公国からもお呼びがかかっています」

リナが新しい依頼書を持ってくる。彼女も今では俺の事業パートナーとして、複数の王国を股にかけて活動している。

ベルモント公国は小さな国だが、豊富な鉱物資源を持っている。そこで俺は新しい技術を導入することにした。

鉱業技術だ。

「公爵、この技術により鉱物の採掘効率を5倍に向上させることができます」

俺はベルモント公爵に、水車を利用した採掘機械と選鉱技術を提案した。現代では当たり前の技術だが、この世界では革命的だ。

「5倍だと?そんなことが可能なのか?」

「実証してみましょう」

俺の技術により、ベルモント公国の鉱物生産量は劇的に増加した。そして、その鉱物を加工する技術も俺が提供した。

こうして、俺は複数の王国にわたる巨大な経済ネットワークを構築した。各国が俺の技術に依存し、俺を中心とした経済圏が形成されたのだ。

「ケンイチ殿、あなたはもはや一介の商人ではない。王国を超えた存在だ」

アルバニア王が俺を評した言葉だ。確かに、俺の影響力は一つの王国を超えて広がっている。

しかし、俺の最終目標はもっと大きかった。この世界全体の文明レベルを向上させることだ。



それから5年が経過した。

俺の名前は「知識王」として、大陸全体に知られるようになっていた。直接統治する領土は持たないが、技術と知識により複数の王国に影響力を持つ、新しい形の権力者だ。

「ケンイチ、新しい大陸からも技術協力の依頼が来ています」

リナが報告してくれる。彼女は今や俺の妻となり、共に世界を変える事業に従事している。

俺が導入した技術により、この世界の文明レベルは数百年分進歩した。清潔な環境、効率的な産業、発達した交通網...人々の生活は劇的に改善された。

そして何より、俺自身も大きな満足感を得ていた。現代で培った知識が、この世界の人々の役に立っている。これ以上の喜びはない。

「さて、次はどの技術を導入しようか」

俺の知識の引き出しは、まだまだ底を見せない。印刷技術、光学技術、さらには初歩的な電気技術まで、この世界に革命をもたらす知識がいくらでもある。

石鹸から始まった俺の異世界成り上がり物語は、まだ始まったばかりなのだ。

窓の外を見ると、清潔に整備された街並みが広がっている。人々は清潔な服を着て、健康そうな表情で街を歩いている。

全ては、一個の石鹸から始まったのだ。

そして俺は、この世界の「知識王」として、さらなる高みを目指していく。現代知識という最強の武器を手に、この異世界を理想的な文明へと導いていくのだ。

「健一さん、今日も新しい発明をするんですか?」

リナが微笑みながら尋ねる。

「ああ、まだまだやることは山ほどある。この世界を、もっともっと良い場所にしていくんだ」

俺は新しい設計図に向かった。今度は水力発電の設計図だ。電気の概念をこの世界に導入すれば、また新しい革命が起こるだろう。

石鹸王から知識王へ。俺の異世界征服は、これからが本番なのだ。

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