第8話:「幸運の持ち主」
「ねーねールシャングー。昼間は白かったのに、今はどうして黄色く光っているの?」
月を見上げ指した小さなキオラスが、好奇心の目で話を聞いてくる。こんな時のキオラスは、「なんで?」が何回か続く。
ルシャングは読んでいた本にしおりを挟み、閉じてからキオラスの見ている窓に近づく。確かに、半月が出ていた。
「たしか、光の反射だったかな」
「でもでも、前見た時は、もっと細長かったよ。形も変わるの?」
「ああ、毎日変わっているよ。今は上弦の月だから、この後、満月になる。まんまるいお月様になるよ」
「まんまるいお月様になったら、今度は四角になるの?」
「四角にはならないんだ。これから毎晩、観察していこうか。きっとキオラスなら自分で答えを見つけられるよ」
「うん!キオ、これからかんさつするね!」
キオラスとルシャングのやり取りを、テオは微笑みながら聞いていた。
「……半月草が採れるな。天ぷらにすると、うまいんだよな」
そのつぶやきに、兄妹が顔を見合わせて笑った。
幸せな夜だった。
遠い遠い日の、三人の優しい思い出。
「それで、おめおめと逃げてきたと言うのか」
赤ワインの入ったグラスが投げ捨てられ、粉々になり、絨毯が赤く染まる。
ルシャングは、その人を前に片足をついて背筋を伸ばして話を続けた。
「……我々を警戒したのか、新しい護衛を雇ったようです。……相手はまだほんの子供でした」
「そなたは、その子供に恐れをなしているとでもいうのか」
「……相手は小さな小刀で大剣を受け止めたのです。どんな者を雇ったのか、探りを入れておりますゆえ、ご安心ください」
「……そうか。まあよい、三日後の満月には必ず成果を出せると申していたな。よい報告を待っておるぞ」
「は。」
ルシャングは姿勢を保ったまま深く頭を下げる。
〜*〜*〜*〜
「ねーねーラング、この後、どんな天体ショーがあるの?」
星読み塔で、ラングが夜の準備をしていた時、護衛に着いてきたキオラスが無邪気に尋ねる。ラングは目を輝かせてキオラスに意気揚々と話し始める。
「よくぞ聞いてくれたな! この後、なんと、月がなくなるらしいんだ」
「……あの、夜に浮かぶ綺麗なお月様が無くなっちゃうの!?」
「あぁ、なくなると言っても、数時間だけな」
「な〜んだ!それならキオだって知ってるよ!確か、『新月』っていうんだよね。月の満ち欠けで、細い三日月の後に消えるやつ! ルシャングが昔、教えてくれたんだ!」
「……そうか。」
ルシャングという名前を聞いて、ラングの表情が一瞬固まる。
キオラスが初めて侯爵家に着いた夜、ラングはルシャングとの因縁の話をしてくれた。
ラングにとってルシャングは、北の町から南の町フェルシアまでの旅路を共にする四人の護衛の一人だった。
しかし、キオラスと出会った時には、すでに他の護衛たちは契約を破棄して辞めていた。ルシャングは最後まで一緒にいてくれたのに、結局ラングを守り切ることなく港の町ので、置き去りにされた。
その後、キオラスが“探していた兄”がルシャングだと知ったラングは、複雑な気持ちを抱えた。さらに、キオラスが兄の肩をもったことが胸に刺さった。
「……ルシャングは、理由もないのに約束を破ったらダメだって、いつも言っていたよ。今回も、何か事情があったのかもしれないよ。……でも、ラングは嫌な気持ちになったよね。……ごめんなさい」
ラングは内心で呟く。
ーーキオラスはいい子だけど、その兄は……。
ーーでも、自分の兄たちも、信用できない人たちだった。きっと、護衛を辞めさせたのも、兄の差金だろう。
苦い気持ちを押し殺して、ラングはキオラスを見ずにようやく言葉を繋げた。
「……よく知っているな。でも残念。今回は新月じゃないんだ」
「どういうこと?」
「今回は、“皆既月食”があるんだ」
「かいき げっしょく?」
言葉を確かめるようにキオラスが復唱する。キオラスが天体に興味を抱いてくれて、とても嬉しい気持ちになるラング。近くの机の上に広げてあった資料をキオラスに見せて、目を輝かせながら説明する。
「うん。満月が、完全に地球の影に隠れるんだ。ほんのわずかの間だけ、世界から月が消える。……前に見た時は、部分的だっから、今回は全部隠れるらしくて、いまから楽しみなんだ」
「……その、皆既月食が起きると、どんなことが起きるの?」
キオラスの鋭い発言に、ラングははっとさせられた。
--そうだ、皆既月食が起きると……。
〜*〜*〜*〜
テオとラナは街に来て情報収集していたが大した成果はなかった。
伯爵家に向かう夕暮れの帰路で、二人は並んで歩く。
「……なぁ、ラナ。ラングが狙われる理由ってなんだと思う」
「それは、まぁ、伯爵家の縁者だから、血筋で狙われているんじゃないの? 身代金目的かな?」
ラナは一般的に考えた答えを伝える。
「……ラングって、戦えないし、体弱そうだし」
「ちょっとテオ、本人のいない所で悪口? かっこ悪いよ、そんなこと言うの」
「いや、違う。そんなつもりじゃない」
テオが顔を上げると、夕焼けの空の中、海鳥たちが五羽列をなして飛んでいく。一羽だけ、遅れて最後尾を飛んでいる。
「……なんで、こんなに、普通の男の子なのに、今まで大丈夫だったんだろうって思って」
「え?」
「……だって、キオラスから聞いたんだけど、護衛もどんどん辞めていった中で、ラングは北から南の町まで来たんだろう。護衛は、逃げたか雇用人を守って倒れたかのどちらかだろう。でも、『逃げた』って言ってた。あえて、ラングを一人にさせてからこの前のみたいに刺客を送るって、手間がかかりすぎる。護衛を雇い直して、ラングを連れ去ればそれで終わりだろ」
夕日に二人の顔が赤く染まる。影が長く伸びる。
「……確かに。ラングくんが超幸運の持ち主か、やめさせた人と刺客を放った人の2つから狙われているって考えるとスッキリするかしら?」
「……はは。幸運の持ち主ではあるな、きっと。」
テオはラナを見る。
夕焼けに染まり、緑色の髪が黒く見える。自分と同じ、黒色。瞳は赤みがかった紫でいつも以上に綺麗だった。その姿から、以前の刺客ではない、柔らかい優しい感じがした。
「……オレも」
南風が吹きぬけ、声がかき消される。
「え? なに?」
「……いや、オレも、ラングの護衛を降りないように、ちゃんと気をつけてみる」
「……うん。そうね、頑張りなさいよね」
ーーオレも、幸運の持ち主だ。ラナに出会えたから……..。




