第5話:「『今なら、護衛代、割引してやるよ』」
イーストレアから4日かけて、キオラスの指定した南の町フェルシアに入る直前の森に着いたテオとラナ。
ラナは仕事でテオと森で別れます。
テオは新しい森に生える植物に興味津々で、植物採取。
一方、キオラスとラングは、森を散策していましたが、キオラスが迷子に。
ラングが一人探していると、刺客が現れ、命を狙われる。
そこへ、テオが登場。
遅れてキオラスも登場。
ようやくテオとキオラスが再会しますが、ラングの心は複雑です。
キオラスの星灯草が、テオに届いたのはキオラスが放った1時間後だった。
イーストレアに着いていたテオは、ラナと二人で夜の屋台を見て回っていた。春祭りで、賑やかな町だった。少し離れた公園で休んでいたテオとラナは、流星群を見ていた。流星の一つが、軌道を変えて、テオの元にやってきた。テオは、遠い昔、兄ルシャナングが眠る前の童話で言葉を届ける草ーー星灯草のことを話していたのを思い出した。
星灯草を受け取ったテオは、「約束の場所を変えるほど、何かあったのか」と心配していた。そんなテオを見てラナは「新しい集合場所を届けてくれたのは、きっと本人が元気だから、きっと大丈夫だよ!」と温かい言葉で励ました。ラナも目的地が変わったようで、テオと2人で旅を続けた。
テオとラナは、お互いが思った以上に相性が良く協力していた。ラナは接近戦、テオは間接攻撃が得意だったので、それぞれの動きをフォローし合っていた。
ただ、別れは予想以上に早く訪れ、さらにあっさりしていた。
キオラスと約束をした新しい集合場所の南の町に入る前の森で、ラナは例のペンダントで誰かと話し終えると、くるりとテオに向き合った。
「それじゃ、テオ。ここでお別れね。今までありがとうね! また今度会えたら、いろいろよろしくね!」
そう言って背中を向けたが、すぐに戻ってきてテオの手にラナのペンダントが渡された。
「あ、これプレゼント。あと1回しか使えないけど、私に連絡したかったらいつでも連絡してね!」
ラナは笑顔で手を振って山の中を急足で去って行った。ラナがいなくなって、テオの世界は静寂に包まれた。
テオは森に入ると、すぐに見たことがない植物を発見した。どこかで実験ができたらと思い、いくつか採取しているうちに、夕方になっていた。最近はラナが「んも〜! テオ、草を収穫する時間を決めて取り組まないと、いつの間にか夜になっちゃうでしょ!?」と怒っていたのを思い出し、テオはどうして分からないが、胸がちくりと痛むのを感じた。
そろそろ町に行ってキオラスと合流しなければ……と思った瞬間、草原を駆け急ぐ音がして、テオは身をひそめた。金髪碧眼の少年が、黒フードの人物に追いかけられている。黒フードは全身が黒いため、男か女かも分からないが、身長は低めだった。逃げる少年が叫ぶ。
「兄様の使いなんだろう。僕は継承権を放棄するから、僕に構わないでほしいと伝えてくれ!」
黒フードに追い詰められ、少年は体勢を崩し、尻餅をつく。
黒フードの剣が振り下ろされた瞬間、
「……えっと、ラナにこう言えって言われているんだっけ……『今なら、護衛代、割引してやるよ』」
キィィィン
「!?」
高い金属音と共に、刃と刃がぶつかる。ラナに教えてもらった護衛の仕事の初めの言葉を放ちながら、テオは持っていた果物ナイフで剣を止めた。
この果物ナイフは、イーストレアでラナと一緒に選んだものだった。「安物じゃダメよ。イーストレアには海の幸と山の畜産と、平野の技術が集まっているんだから、きっといいものがあるわ」と、その時の彼女の笑顔が浮かんだ。テオは、少年と刺客の間に入り、果物ナイフで剣の軌道を変えるつもりだった。
(こんな果物ナイフで、刺客の剣も止められるなんて。……ラナは、やっぱりすごいな)
相変わらず表情には出ていなかったが、テオは内心ラナに心から感謝していた。
黒フードも果物ナイフで止められると思っていなかったか、息を呑んだのがわかった。
「……ラナ?」
テオはなんでそう言ったのか、自分でも分からなかった。ただ、黒フードの瞳の色が、ラナと同じ紫だった。
「ラング〜! どこ〜???」
「!! キオラス、こっちに来るな! 危ないぞ!」
ラングと呼ばれた金髪碧眼の少年がキオラスに大声で警告する。
「え〜、なんで〜!? あれ? あれれ?? ラングに、テオ!? え、戦闘中!?」
キオラスはこう見えて剣士だ。状況を確認した後、腰の剣を抜いたキオラスは、黒フードに一目散に向かっていく。
黒フードは、ジャンプして後退し、距離を取ろうとするが、キオラスの剣が振り下ろされ、受け止める。キオラスとしばらく剣を交えるが、互角と悟ったのか、夕日を背にしてその場を後にした。
「キオラス! 深追いするな! 僕は無事だ!」
キオラスは剣を腰の鞘に戻し、テオとラングの方を見る。
「……キオラス」
「……テオ」
キオラスが駆け寄り、テオの腕に飛び込む。
テオは小さい頃からよく知っている大事な女の子を受け止め、抱きしめる。
ーーオレの、大事な妹キオラスだ。無事だ。良かった。ラナが言っていた通り、元気でいてくれた。良かった。
二人は夕日の中で抱き合い再会した。
日が沈むまで、抱き合っていたので、離れた時はお互いの顔が暗くてよく見えなくなっていた。
「……キオラス、その人があの『テオさん』?」
テオとキオラスが夕日の中で抱き合う様子を、ラングは少し離れた場所から見つめていた。唇をきつく締め、キオラスにとってテオがどれだけ大切な存在なのかを見せつけられたような気がして、心がざわめいた。あたりが暗くなったお陰で、ラングのこの複雑な表情は誰も読み取れなかった。
ーーテオさんは、キオラスの兄。キオラスは、テオさんのことを待っていた。僕は……また、一人になるのだろうか。キオラスがテオさんと一緒にどこかいくのを想像するだけで、こんなに胸が痛い。僕は一体どうしたんだ。……なぜ僕は、こんな気持ちになるんだろう。
「うん! 良かった! 星灯草がちゃんと届いたんだね!」
「ああ。……相変わらず、元気そうだな。良かった」
「うん! テオは、元気してた? 寂しくなかった?」
キオラスは少し離れて見ていたラングに近付く。ぐいっと腕を引っ張りテオの元へ連れて来ると、笑顔で紹介する。
「こちら、ラング。キオの友達だよっ」
テオはラングに右手を差し出した。
「キオラスと一緒にいてくれて、ありがとう」
そう言って、テオはラングの手を強く握った。その手は震えていて、本当にキオラスを心配していた温かい兄なのだとラングには分かった。テオの手の熱さを感じながら、ラングは思った。
ーー自分の兄とは、全く違う。……本当の兄とは、こうやって年下を心配する者なのか。
ラングの胸がまた痛んだ。ラングは、泣きそうになりながら力強いテオの手を握り返すのがいっぱいだった。
「ねー、テオ、ここまですごく時間がかかったんじゃない? ごめんねー。でも、来てくれてありがとう!」
「……まぁ、な」
「ん? なんだぁ、その反応。あやしい……あー! テオ!! それ、ポシェットの中身、野草じゃない!? しかもぱんぱん!! もしかして、早く着いていたのに、ずっと野草採取してたの!?」
「! ……まぁ、な。すまん。なんか、見たことないものだったから、つい……」
「ひどーい! キオは、ずっと待っていたのに〜!」
「……(え、今日は僕と一緒に街のお菓子屋さん巡りを楽しそうにしていたんだけど)」
ラングは今日のキオラスの様子を思い出したが、兄妹の会話に口を出さないほうがいいと判断して、二人のやりとりを眺めていた。
「……うん、待っててくれてありがとうな、キオラス」
「もぉ〜……ふふっ!でも、テオらしいね! ね〜、ラング、この野草ってどんなものか知ってる〜?」
三人は暗くなった道をゆっくりと歩いて行った。