第1話:テオ 「……オレは、テオ」
主人公のひとり、テオの視点のお話です。ラナとの初めての会話です。楽しんでください。
はっと目が醒めた。悪夢を見るのは久々だった。きっと、野宿で座ったまま寝ていたせいだ。春先でまだ朝は寒いのに、汗だくだった。
昨日の夕暮れどきに、東の町で賞金首に接触したが、同じ稼ぎ屋と鉢合わせしてしまった。たまたまそいつと協力して戦い、無事に勝利することができた。早くキオラスに会いたかったオレは、そいつの手柄にすることで、その場を後にした。
今は、キオラスとの待ち合わせ場所になるべく早く着けるように少しでも先に進んでいたい。
馬車が近付くので、オレは道をゆずるように道の傍に立つ。オレを横切った直後、砂埃をたてて馬車が止まる。
扉が開く。出てきたのは、珍しい緑色の長い髪を頭の高いところで一つに結び、アメジストのような紫色の瞳をもつーー昨日、鉢合わせした賞金稼ぎの少女だ。
「あ!やっぱり!ねぇ、君!昨日の夕方は手柄を譲ってくれてありがとう!」
少女は軽く飛び跳ね、オレの近くに降り立つ。すごい跳躍力だ。そういえば、昨日も体術がすごかったな。
オレは軽く会釈した。
「ね、ここで野宿してたんだよね?ってことは、先を急いでいるの?」
少女はオレの軽装備や昨日の夜から出会った距離を考えているのだろう。観察力もすごいな。オレは感心して彼女を見ていると、彼女は得意げな表情になった。
「私、これからイーストレアに行くんだけど、よかったら一緒に乗ってく?」
驚いた。彼女はオレに手を差し出す。
彼女は、オレの考えていることもわかるのか。いや、そんなはずはないだろう。この道はイーストレアに向かう道だ。その先には港町ーーキオラスが今、ルシャナングに出会っているかもしれない町ーーにつながっている。
早く会いたい。
約束の日付はとうに過ぎてしまった。キオラスに何かあったのではないかと考えれば考えるほど焦る。
春先のまだ寒い朝、マントに身を包み、深呼吸をする。朝の空気は冷たく、吸い込んだ冷たい空気が身体に響く。まだ知り合って12時間ぐらいだけど、きっとこいつはいいやつだ。
オレは、差し出された手を握り返す。
「……ああ、頼む」
つないだその手は温かかった。
彼女の目に驚きの色が見えた。
「手、冷たいね。早く馬車に乗って」
馬車に向かい合って座る。
「私の名前、ラナっていうの」
「……オレは、テオ」
「ね、賞金稼ぎしてるの? 昨日の賞金首は私にくれてよかったの?」
「昨日のは、ラナが倒したんだろう」
「何言ってるのよ。テオのトラップが効いたんでしょ。そうじゃなきゃ、ふたりで倒したのよ。でも、気付いたらいなくなっちゃうんだから。あ、この馬車、運賃15銅貨ね」
「え、金取るのかよ」
「え、当たり前でしょう。私から聞いてあげただけでもラッキーだと思いなさいよね。お金の取引って、信用につながるんだから」
彼女はいたずらっぽい笑顔になって、オレを見てくる。
「まさか、見ず知らずの賞金稼ぎに無償で乗せてもらうほど、警戒心がないってわけじゃないわよね?」
笑顔だが、目は笑っていない。
オレは顔を下げる。図星だったから。
そのとき、ラナの膝に小さな傷が見えた。
「ラナ、ちょっと、スカート持ち上げて」
「ええ!? 何言ってるのよ!」
「大丈夫、これぐらいなら、すぐ終わる」
「はぁ?! きゃ!!」
オレはラナの膝を確認し、いつも身につけているポシェットから傷薬炙った小さなアオキの葉を出し、大きめの絆創膏でラナの膝に固定する。
「はい。できた」
顔を上げると、ラナは涙目になっていた。顔は真っ赤で怒っているようだ。
「……痛かったか? ごめん。いつもキオラスにしてたから、つい」
「……キオラスって、女の子?」
「そうだけど?」
「はぁ〜〜〜〜。あのね、これは大事な女の子にしか、しちゃダメなことよ!」
「え、キオラスはオレにとって、大事な女の子なんだから、してもいいだろ」
ラナは頭を抱えている。
なんでラナは怒っているんだろう。
「……ごめん」
小さく呟いたオレに、ラナがぴくりと眉を動かす。
「……何に対して謝っているの?」
「え、なんか、怒っているから。怒らせたら、ちゃんと謝らなきゃいけないから……」
ラナはじっとオレを見ていたが、再び深いため息を吐いた。
「テオ、まずは相手が『なんで怒っているのか』を知るべきじゃない。心のこもっていない謝罪なんて、無意味だわ」
「……そうか。確かに。じゃぁ、なんで怒ってるんだ?」
再び沈黙。ラナの紫色の瞳の色が濃くなる。
「……ばか。自分で考えなさいよッ」
ラナは馬車の窓の外を眺め始めた。
その唇はとがっていて、怒った時のキオラスとそっくりだった。違うのは、緑色の髪とまつ毛が朝日にキラキラと輝いているところか。
……理不尽だ。
知るべきと言われて納得したから聞いたのに、自分で考えろと言われた。
色々考えた結果、運賃を渡していないことを思い出した。
「……15銅貨でいいんだよな」
「はぁ。ねぇ、今までそんな純真無垢でどうやってこの戦後を生き抜いて来たの。心配になるわ」
「……(いや、ラナが15銅貨って言ったんだよな)」
「あのね、私が言いたいのは……」
このあと、イーストレアに着くまで、ラナの金融講座が始まったのだった。
テオ=ラナはいい人と直感で感じている。
ラナ=いい鴨だなと思い始めている。