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第14話「後継者を守れ」

「カステル様、こんな姿で申し訳ありません」

 ルシャングが膝をつき、盃を女性に差し出す。

 物陰からラナは息を殺していた。

 キオラスが飛び出した時。

 ラングがクアーテルに倒された時。

 テオがルシャングに倒された時。

 そして、テオがキオラスを抱きしめた時。


 クアーテルの母、カステルは用心深い女性だ。

 クアーテルを正統な後継者にするために、彼の視力を本気で治してあげたいと願う母親の姿を、依頼された時にラナは知った。

 クアーテルがキオラスの声に耳を傾けて、強い心で立ち止まってくれることを期待したが、母親の呪縛は強く、クアーテルは止まれなかった。


 私が最後の砦だ。


「俺のことは、テオやキオラスには黙っていてくれ」

「どうして? 本当は私たちのねらいは、後継者を守ることだってテオたちに言っておけば、力になってくれると思うわ」

「……確かに。でも、そうなるときっとカステルは出てこない。『敵を騙すにはまず味方から』って言うだろ?」

 ルシャングにそう言われて、ラナはため息をついた。

「兄弟仲が拗れても知らないんだからね」

「はは。大丈夫だよ。あいつらなら、きっと分かってくれるさ。6年離れていたって、俺たち兄弟なんだからさ」

「はいはい。部外者は黙ってますよ」

「拗ねるなよ。頼りにしてるぞ、ラナ。俺の相棒」


 最終的には、ルシャングの計画通りになった。

 盃を目の前に、カステルは油断して、今までずっと解いていなかった守護魔法が解けてしまった。


 その瞬間、音が消えた。

 盃に伸びる白い指先だけが、やけにゆっくり見えた。

 私がカステルを止める!


 盃に手を伸ばそうとするカステルの後ろから、ラナが飛びかかる。カステルは瞬時に気付き、髪飾り兼小型ナイフで応戦する。

「ラナ、裏切るのか!?」

「いいえ。私は別の任務を遂行しているだけ!」

「……そなたには分からぬか? 期待された我が子の未来が失われるのを何もせずに見ておられるものか!」

「分かんないわよ! だって、私、子供だもん! でも、親の期待に応えようとする子供だって、すっごく大変なんだからね!」


 流れが変わったのをテオは肌で感じた。ラナが変えてくれた。

「キオラス、ラナの援護を頼むぞ!」

「うん!任せて!!」

 キオラスは涙を拭った。

 テオが両手を組む。

 キオラスがそこを蹴った。

 一瞬、光が跳ねる。

 次の瞬間、カステルのナイフが宙を舞った。ナイフを落としたカステルの両手を掴み、ラナはカステルを拘束した。

「魔封じのブレスレットよ。これで魔法はもう使えないわ」


 テオはキオラスを高くあげた後、ラングの元に急ぐ。

 ルシャングのマントの下に隠されたラングの治療をーー。

「ラング……!?」


 ルシャングはクアーテルに手を貸して立っていた。それを見たカステルが叫ぶ。

「ルシャング、何をしておる!早く盃を……」

「すみません、俺、あなたに雇われていたのですが、もう一人別の方にも雇われていたのです」

「なんじゃと!?」

「その方からの任務は、『後継者を守れ』です。クアーテル様、まだ終わっていませんよ」


 ーー母は、こんな声で叫ぶ人だったのか。

 俺は何を守ろうとしていた?


 母が拘束され、ラングが血を流し、キオラスが泣いている。

 それを前にして、クアーテルは戦意を失っていた。


「クアーテル兄様、どうしてこんなことを……」


 ーーまさか。ルシャングの斬撃は、芝居だったのか。


 クアーテルはわずかに顔を上げた。

「……こんなことになってすまない。怪我は大丈夫か、ラング」

「大丈夫。兄様が思ってるほど、僕は弱くない。僕は、みんなに守られているんだ」


 あの時、ルシャングがマントの下で切ったのは、赤い液体の入った袋だった。

 マントの下に隠されていたラングはルシャングからの計画を短く聞いた。

「ラング、斬られたふりをしろ。テオがきっと助けに来る。テオに伝えてくれ。安心しろ、敵のフリは終わりだ。俺たちは、アストラモンド様から依頼されている」


 テオに支えられたラングがクアーテルに一歩近づく。

「……兄様、僕は、本当に、継承権なんていらないんだ」

「……予言があったのだ」

「予言?」

「お前が生まれる前に、末っ子が跡を継ぐ、と。当時、末っ子だった私に、母は期待していた。……近々、私の視力もなくなり、母は全て失うのだ」

「僕は、誰かが幸福になるために、誰かが傷付くのは間違ってると思う」


 星ばかり見てきた僕に、そんな力があるとは思えない。それでも——


「……だから、制度を変えられないかな。見た目で後継者を選ぶより、力のある人が治めた方が、きっとみんな幸せになれる」


 春の夜の風が、張り詰めていた空気をほどいた。


「僕、星を見るのが好きなんだ」

 夜空を仰いだラング。月の色は、どんどん薄くなっていった。


「……目が見えないなら、僕が兄様の目になるよ」


 クアーテルの閉じられた目から涙が溢れ出す。


「……ラング。……私が弱かったばかりに、怖い思いをさせて悪かった」

「兄様……」

「……クアーテル様、悪いことをしたらごめんなさいって言うんですよ!」

 キオラスが温かい笑顔でクアーテルに話しかける。

「……あぁ、そうだな。……ごめんな、ラング」

「兄様!」

 ラングの目に涙が浮かぶ。

「ラング、ごめんなさいって言われたら、『いいよ、もうしないでね』って約束するんだよ!」

 キオラスの純粋無垢な正しい行動に、テオやラナ、ルシャングが頭を抱える。

「……あぁ。いいよ、兄様。これからは力を合わせていきましょう!」

「その後はね〜、握手して、仲直……」

「キオラス、お前もう黙ってろ……」

 テオがキオラスの口を塞ぎ、後ろに下げる。

 それをみたラングもクアーテルも声を出して笑い出す。

 笑い終わると、キオラスに言われた通りに固く握手を交わした。

 クアーテルは、ラングの手を握ったまま、母に誓う。

「母様、私は……」

 クアーテルは顔を上げる。


「すべての罪を認め、罰を受けます」

「……クアーテル。それは……」

 カステルが手を伸ばす。ラナに付けられた魔封じの腕輪が重く、手を下ろした。

「母様の期待に応えられなくて申し訳ありませんでした」

 息子の決意を聞き、カステルは何も言わずに涙を流し、月を見上げた。


 月は、何事もなかったかのように、静かに色を取り戻していた。




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