第13話「俺が全部うまくやってやる」
テオは頬に春の冷たい夜風を感じて、焦り始めた。
ついさっき、月が赤黒く陰り始めた。
6年前、ルシャングやキオラスと島にやって来た学者が話していた通りだ。まずはいつもの満月。それからどんどん色が染まっていく。
キオラスとラナの三人で相談した計画はこうだ。
一番厄介なのは執行人だから、ラングが傷つけられそうな瞬間に、キオラスが飛び出して執行人の動きを止める。それと同時に俺が痺れ薬であたりを麻痺させて動けなくする。その間に俺がラングを誘導。ラナは退路を確保しながら、逃げるオレたちと合流する。
冷たい風を受け、嫌な予感は確信に変わった。
まず、痺れ薬を撒くはずの位置が、誤算だった。月の色が変わり始めたと同時に風向きが真逆に吹き始めたのだ。
次に、執行人がクアーテル本人だったこと。クアーテルが剣に手をかけた。瞳にはラングを捉えて。
その瞬間、キオラスが飛び出した。
「……クアーテル様!やっぱり、こんなの間違ってる!一緒に考えようよ!」
この二日間、キオラスは神殿に残り、ラナと計画を練った。
テオはいつも通り優しく「キオラスみたいに考え直せたらいいのにな」と言ってくれた。
キオラスはずっと考えていた。
ーーどうしたら、みんな仲良くなれるのかな。兄弟で傷つけあうなんて、間違ってる!
儀式の夜、クアーテルの姿を見つけたキオラスは、勝手に身体が動き、自分の声で何をしてしまったか気づいた。テオの息を呑む音が聞こえた気がする。
ーーでも、どうにか助けてあげたいよ!!
クアーテルの刃が月光を反射する。
クアーテルは、キオラスの声がこの場に響いたことが信じられなかった。
二日前、里に帰したはずだった。自分のエゴで行う儀式に、きれいなキオラスを関わらせたくなかった。
ーーキオラス、ここは危ない、私のところへ。
心から心配し、そう言おうと声の方に腕を伸ばしかけた。
「キオラス!危ない!さがって!!」
ラングが叫んだ。その瞬間、クアーテルの剣が、月の光が反射して赤黒く光る。クアーテルは、キオラスがラング側の人間だと悟った。
ーー私が欲しいものは、すべて後から生まれたラングが持って行ってしまう。
月が完全に赤黒く染まり、同時にクアーテルの目の光が消えた。
「まずいな……。ラング、今助けに……」
テオが飛び出す。それを待っていたかのように、ルシャングがテオを止める。
振り下ろされた剣を、テオは果物ナイフで受け流し軌道を変える。
「……テオ、剣の練習をサボっているだろ。軌道を逸らすだけじゃダメだって教えただろ?即次の手を打たなきゃ。こうやって、な!」
「ルシャング!!」
ずっと探していた兄の笑顔だった。今は敵の顔をしている。
テオは手をついてその場に座り込む。
ーー速い。オレには、ルシャングの剣筋は見えない。
ルシャングは剣先をテオの鼻先に当てる。テオの動きを止めたルシャングは、月の色を確認し、クアーテルとラングの方を見る。
ーーおかしい。6年前、いつも敵から目を離すなと教えていてくれていたルシャングなのに、オレから目を離している。まるで、オレにも見ろといわんばかりに……。
「……ルシャング、今回はラナを使ってオレを眠らせなくていいのか?」
テオはルシャングを動揺させたくて冷たく言った。しかし、ルシャングはいつもの不敵な笑みを浮かべ、テオを見ずにぽつりと呟く。
「……ああ、まだやってほしいことがあるからな」
ルシャングの視線は周りを忙しなく確認している。6年前の兄だったのなら、これは何かを計画しているときの仕草だ。いや、今はラングを狙う、オレたちの敵……。
考えるのをやめた。
突然、風の向きがまた変わったからだ。
しかも、今度は当たりがバチバチと電気を帯びている。光の雨だ。あたりにいた人々は次々と光の雨に打たれて、その場で倒れていく。
ルシャングの剣先はこちらを見ていないのにブレることなくテオの鼻先に止まっている。テオは風の吹く方を目で見る。
ーーキオラスだ。あいつが、泣いている。
*・*・*
キオラスの心に、ラングの飛ばした星灯草の声が響いて消えた。
……僕のことを大事にしてくれるあなたへ、僕はここにいる。どうか、僕を、……見つけて欲しい。
ラングはクアーテルに、テオはルシャングに、それぞれ兄が弟に刃物を向けられている。
キオラスには止められなかった。
しかも、自分が飛び出したせいでラナとテオが考えた計画をダメにしてしまった。それなのにラングは、キオラスの心配をしてくれた。
キオラスは罪悪感でいっぱいになった。
その時、キオラスの心の世界に、男性が現れた。子供の頃、島で一緒に遊んだディーだ。
「キオ、お前は『見つけたくて』ここまで来たんだろ?」
「ディー! どうしよう、キオのせいで、みんなが、みんなが!」
「……そうだ、お前が全部ダメにしたんだ」
「! キオのせい……」
「……でも、大丈夫だ。俺が全部うまくやってやるから」
「……ディーなら、みんなを笑顔にできるの?」
「ああ。永遠に笑顔にしてやれる。……さぁ、俺の手を取りな」
キオラスは涙を流しながら、ディーに手を伸ばす。
*・*・*
テオは上体を支えていた肘から重心をずらして、頭浮かせたまま背中を地面に付け、腰を上げる。そのまま右足を振り上げてルシャングの剣の側面を叩き、剣を弾き飛ばす。
ルシャングが反射的に飛んでいった剣を見るのと同時に、テオは反対側のキオラスがいる方へと走り抜けた。
「キオラス!!」
テオは稲妻が降る中、キオラスに向かって突き進む。
この感じ、島が沈む前の6年前、暗闇の中に浮かぶ光の雨の中に、キオラスを見つけた、あの時と似ている。
キオラスの目の色がいつもの希望でいっぱいの明るい青色ではない。
そうだ。キオラスは、天真爛漫だけど、みんなのとこが大事な心優しい妹なんだ。この計画をした時、もっとキオラスの気持ちを受け止めて話を聞いてあげればよかった。
きっと、自分のせいだと落ち込んで責任を感じている。
「キオラス、大丈夫!! お前のせいじゃないよ! 諦めるな! 一緒にみんなを助けよう!」
*・*・*
ディーの手を取ろうとした瞬間、テオの声と匂いに包まれ、ディーが消えた。
キオラスの意識は神殿に戻った。
テオに抱きしめられている。神官の服を着ているが、確かにテオの匂いだ。薬草やハーブの混じったいつもの兄の匂い。
テオはずっと強く抱きしめながら「大丈夫」と励ましと慰めの言葉をくれている。
キオラスはうんと頷きテオに縋り付く。
「テオ、そのままキオラスを離すな!!」
ルシャングが叫び、クアーテルの剣でラングを刺す。
ラングがルシャングのマント越しに赤く染まるのをテオは見た。
キオラスには見えないように強く抱きしめる。
「キオラス、見ちゃいけない。オレたちのルシャングにはきっと、何か、考えがあるみたいだ。機会を待とう」
「うん」
キオラスはテオの言葉に安心して子供みたいに泣き始めた。
ルシャングはクアーテルの持っていた盃を奪い取り、赤い液体を溜める。
「クアーテルさま、無事に準備ができました。こちらを」
光の雨が止まり、動けるようになったことにようやく気付いたが、クアーテルは自然の畏怖に怯え、動けなくなっていた。
「よくやった。妾が受け取ろう」
クアーテルによく似た女性が前に出てくる。
「……カステル様」




