第11話「どうかお幸せに」
テオは潜入して洗濯室から神官のローブを拝借して羽織り、探索していた。
中庭のテラスで金髪の青年が、お茶を飲んでいる。
「そこにいるのは、新しい神官か?」
青年がテオに話しかける。テオの返事を待たずに、青年は続ける。
「……お母様に呼ばれてきたんだろう。私の目を治療するために。……しかし、どうせ治らぬのだろう。ならば、私に関わらぬ方が身のためだぞ。」
金髪の青年は両目を包帯で隠している。これでは前が見えないだろう。話す内容から彼は目に病を抱えているようだ。
「……私の目は見えないけれど、うっすらと光は感じている。これは希望の光か、はたまた破滅の闇なのだろうか?」
「……クアーテル様、どなたとお話をしておられるのですか」
部屋付きメイドがお茶のお代わりを持ってきた。
「え。いや……そこに、神官様がいた気がしたんだけど。……私の気のせいだったようだ」
クアーテルと呼ばれた金髪で両目を包帯で隠した青年は、そのまま何事もなかったかのように、月夜のティータイムを楽しんでいた。
テオはメイドに気づかれる前にその場を後にした。緊張していたテオは、キオラスの声だと認識できていなかった。
そうして、テオとキオラスはお互いの存在に気付かずにすれ違った。
〜*〜*〜*〜
テオは、高い位置に行けば、何か分かるかもと登ってみたが、高い塀で囲まれあたりは見えないどころか、一本道になっていた。
その時、前から話し声がした。
聞き耳を立てようとするが、後ろからも足音がしていることに気づき、心臓が飛び跳ねた。息を吸う音すら敵に聞こえてしまいそうで、息を潜める。
前からは話し声がしていて、後ろからは足音が近づく。影に入りながら、必死に考える。
(……騒ぎにはしたくない。……どうするかな)
心臓がドキドキして足音なのか自分の心音なのかわからない。
背中が冷えた。
その瞬間、影から伸びた手がテオの腕を掴む。
「――テオ。こっち。」
テオの耳元で囁いたのは、ラナだった。
テオはほっとしてそのままラナを抱きしめる。
「……よかった。ありがとう、ラナ」
「! ちょっと、テオ! 感動の再会はまだ早いって! まだまだやることが山積みなんだからねッ」
ラナが小声で話す。ラナとテオの身長はほぼ同じぐらいなので、抱き合った姿勢だとラナの声は全てテオの耳元で囁かれる。テオはそれがくすぐったくてラナをゆっくり離す。
前からした話し声は、すぐ下の階段を下って行き、しばらくすると聞こえなくなった。二人で息を長く吐いて安心して顔を見合わせた。
ラナはテオの手を引っ張って、ラナが与えられている個室へと急いだ。
「もう、たまたま私が見かけたからよかったけど、敵陣で見つかったから完全にアウトだからね! わかってると思うけど」
「……うん。ごめん」
「……まぁ、ここまでよく一人でやって来たわね! ちゃんと私の意図も理解できたんでしょ。さすが私の……」
ラナが言葉に詰まる。ラナはテオとの出会いを振り返っていた。
ーー出会ってまだ1週間ぐらいしかしていないのに、テオは私の意図も合図もちゃんと分かって……目の前で敵になったのに、……私のこと、信じてくれて……。
ラナの個室に静かに入った二人。
ラナの言葉の続きを考えたテオが回答する。
「……ラナの『助手』なんだろ?」
テオの真面目な表情を見たラナは、ラナ自身が思っていた以上に、テオに信頼されていることに気が付き、嬉しくなり、心がこそばしく感じられた。
「……え、あ、そうね。あはは。あ、そうだ。この後のことなんだけど」
ラナは顔を真っ赤にさせて、笑って誤魔化す。
「待って。キオラスは無事か?」
「ええ。もちろんよ。キオラスにも手伝ってもらうわ。そのために、今後のことを相談させてね」
ラナはいたずらを閃いた子供みたいにワクワクした表情で話し出した。
〜*〜*〜*〜
採用されてから2日が経った。
「キオ、クアーテルさまのメイドになってから、お茶を淹れるのが上手くなったんですよ!ありがとうございます!」
「……ふ。まだ2日ではないか。まだまだ精進するのだよ」
「はい!と言いたいところですが、キオは儀式の日までって契約なんです。儀式って、何をする日なんですか?」
「……私の悪いところを治す儀式だ」
「まぁ!それは嬉しい、ですね!」
「……そうかな」
「嬉しくないことなの、ですか?」
「……もし、君が私の立場なら、どうしたかな」
「え?」
「君が後継者だと言われて育ち……君の年頃に弟が生まれた。すると、今度はその弟が後継者だと持てはやされる。私は目を悪くし、後継者にもなれない。……だが儀式を行えば治るし、再び正しい後継者に戻れる。……君なら、どうする?」
「……治るのは嬉しいけれど、その代わりに、誰かが傷つくのですか?」
「…………ああ」
「……キオだったら、別のやり方を探します!」
「……どうしてだ」
「だって、新しい後継者の人が居なくなるから、クアーテル様が後継者に戻るってことでしょう? 自分のために他の人を傷付けたら、結果的に自分も一緒に傷つくことになるって、兄が言ってました。だから、他の人は傷付けちゃだめなんですよ」
クアーテルはしばらくキオラスの入れたお茶を飲まずにその温もりが冷めていくのを感じた。
「……そうか。君なら、そうするんだな」
「みんなで相談したり探したりして、自分もみんなも嬉しくなるやり方を、キオなら選びます! だって、今のクアーテルさま……とても辛そうに見えるから」
クアーテルは目を伏せ、深く息を吐いた。
「……少し早めに身支度をしろ。……君は明日の朝に帰りなさい」
「!……」
「安心しろ。明後日までの給金は出す。……儀式の日は、君はここに居ない方がいい。村に帰り、家族とご馳走を囲んで……幸せに暮らせ」
「……短い間でしたが、ありがとうございました。……クアーテルさまも、どうかお幸せに……」
「…………ああ。ありがとう」
〜*〜*〜*〜
部屋にひとり残るクアーテル。閉まった扉を見つめ、長く息を吐いた。
「……子供のくせに。いや、子供だからこそ……真っすぐに言えるのか」
クアーテルは両手で額を押さえる。
「……ああ、私がどれほど迷っているか、なぜ見抜く……」
拳を握りしめる。
「弟が生まれた時から、私はずっと……影に追いやられ続けた。ようやく、ようやく戻れるかもしれないというのに……」
夜の風が耳に届く。目を伏せ、小さく笑う。
「……あの小娘の言葉が……どうして胸に残るのだ」
窓辺に歩み寄り、ぼやけた空を見上げる。
ーーこの目はどんどん見えなくなっている。このままでは、いずれ全てが見えなくなる。
「……父上、母上……私は、どうすれば……」
〜*〜*〜*〜
この様子を少し遠く、廊下の影から見ていた者たちがいた。
「……キオラスの言ったとおり、別の方法を探せばいいんだよ」
テオが少し怒ったように小声で言う。ラナはそんなテオを横目に見ながら、
「でも、もし彼が“預言の子”として育てられてきたのなら……その立場を失うことは、彼の自信のすべてを崩すことになるわ。そんなのかわいそうよ」
「……それでも、オレたちは生きていくしかないんだから、別の選択だってできるはずだろ」
ラナはテオの言葉を聞いてふっと笑った。
--真っ直ぐに生きているテオだから、言えるのね。
「……でも、気持ちの切り替えって、簡単じゃないのよ。特に彼は今、揺れている。……だからこそ、今なら、選び直せる余地があるのよ」
部屋の中からクアーテルの小さく嗚咽のような息が漏れる。
「……弟を……殺してまで……私は……」
廊下で、二人は沈黙する。
「……ねぇ、テオ。今の彼なら……まだ間に合うかもしれない」
小声でも、ラナが喜んでいることをテオには感じられた。




