湖の先へ
「ジェルさん!」
事務所を出たジェルにモルモックが話しかけてきた。
「なんだ?」
「僕がいる鉱区で、石を取りに行こうとしている人達がいて、僕も参加させてもらえることになったんですよ!そして、あと1人なら参加していいって言われたんですよ!ジェルさん!どうですか?」
「…。」
ジェルは考え込んだ。
(出し抜くやつが出てきたり…石を売ってからも報酬の分配とか…面倒だな…。)
悩むジェルにモルモックはさらに続ける。
「あの湖から先に進めますよ!道があるんです!」
「…道?」
「はい!湖のなかに水路があるらしいんです!」
(水路…か…。あの魔物をかわして自分で探すのは厳しいか…。)
「…分かった。俺も参加していいんだな?」
「はい!」
数時間後、ジェルとモルモックは石を取りに行こうとする3人とともに事務所の前の森に隠れ、事務員達が帰るのを待っていた。
「…俺はジェル…。」
「ムックスだ。」
ムックスは逞しい体つきをした男だった。
「…。」
「…。」
残りの2人は黙ってた。
「おまえらも自己紹介くらいしろよ。」
ムックスが促す。
「…いらないね。こいつらにも報酬を分けるのか?」
緑に髪を染めた男がジェルとモルモックを睨んだ。
「…そうだ。3人じゃあ進めないだろ…。」
「俺らで90…こいつらで10だ。」
最後の1人の、頬のこけた青白い顔をした男が呟いた。
「報酬の話か?なら、60と40だろ。」
ジェルが言い返す。緑髪の男がそれに反論する。
「それなら、全員が同じってことになんだろ?俺達は何度も洞窟の奥に入ってルートを調べたんだ!お前らなんてなあ!」
ムックスが止める。
「静かにしろ、見つかるだろ…。80と20だ。嫌なやつはここで帰れ。」
ジェルは頷き、緑髪と青白い男は黙った。
「あのー…売るんですか?」
「あ?」
モルモックの言葉に全員が声を出した。
「お前、まだ信じてたのかよ…。」
ジェルは呆れてモルモックを見た。
「…売らないと分配できねえ。何をお願いするのか知らねえが諦めな…。」
「はい…。」
ムックスに言われて、モルモックは黙った。
5人は事務所から人が出て行ったのを見て洞窟に向かう。
「警備員はいないな…。」
ジェルが確認した。
「普通はいねえな。敷地に入る前には警備員がいて、部外者は入ってこないからな。」
ムックスが答える。
5人は洞窟に入り、立入禁止の看板のある奥に入った。
(また下って降りて這ってか…。)
ジェルの顔は険しくなった。青白い男がロープを取り出して適当な尖った石に結びつけて1人ずつ急な下り坂を下り終えた。
「この、登りの石には印がついてんだ。その石をつかめば少しは楽に登れるはずだ。」
ムックスがたいまつで照らすと、石に×印がついていた。
5人でたいまつのやり取りをしながら登り、狭い穴を這って進み、湖にたどり着いた。
「…さて、どこに水路があるんだ?」
「説明しにくい…ついて来な。」
ムックスは真剣な顔で湖の底を眺めた。
「魔物はどうするんですか?」
モルモックが心配して聞く。
「急げば…間に合うはずだ。」
「でも…。」
「怖いなら帰れよ。ったく。」
緑髪の男が言い放つ。
「いえ…行きます。」
ムックスが全員を見回してから口を開く。
「気づかれないように水にはゆっくり入れ…水中でもなるべく…静かにな…。」
「…たいまつはどうする?」
「置いていけ。出たところにも用意してある。俺が先頭で行ってロープで誘導する。」
5人はロープをつかみ、ムックスが先頭で青白い顔、緑髪、ジェル、モルモックの順番に潜っていった。
(真っ暗で、何があるんだか分からんが、澄んだ水だな…。!)
突然ジェルがつかんでいるロープの手ごたえがなくなった。引っ張ると短いロープがこちらにやってきた。
(どこだ!?)
周りは見渡しても、暗闇しかない。
(息が…くそ!)
水面に出て、周りを見渡す。遠くに置いてきたたいまつの明かりが見えた。
「ぶはあっ!ジェルさん!どうしたんですか!」
隣にモルモックが上がってきた。
「ロープを切られた!」
ロープを見せる。
「ど、ど、どどどうするんです!」
「とりあえず、岸に」
ゴボゴボゴボ…
魔物が来る音が湖に響いた。
「じぇ、じぇ、ジェルさん…。」
「急げ!」
2人は岸に向かって泳ぐ。
ザアアアアア…
「うわ!」
「うぷっ。」
波が押し寄せてきて2人を飲み込む。
「ぶはっ。」
ジェルは水面に出て、周囲を見渡す。
「モルモック!どこだ!」
ゴアアアア!!
光る目と牙と口が水面から上がってきて、ジェルの方を向いた。
「くそっ。」
岸に向かって泳ぎだす。
ザッバアン!
「ぐ。」
ジェルの背中に魔物の長い胴体が乗っかり、水中に引き込まれた。暗闇の中、目の前に光る目が現れ、ジェルは剣を取り出して振り回す。
(来るな!来るなあ!!)
ガツッ
(!)
剣が何かに当たった。
(このお…。)
当たった何かに力を振り絞って剣を突き刺し、ぐりぐりと刺し込む。光った目はもやに包まれて消えていった。
「ぶはあ!」
水面に出て岸に泳ぎ、たどり着く。着いてから、モルモックがもがいているを見つけた。
「モルモック!!」
再び水に入って泳ぎ、モルモックをつかんで岸に戻る。
「しっかりしろ!」
モルモックを横たえて、たいまつで照らす。モルモックの体には、4っつほど大きな赤い円があり、気づくと横たえた体の周りは真っ赤だった。
「じぇるさん…。」
モルモックは、意識が遠いのか表情がなく、声には力が入っていなかった。
「た、助けを呼んで」
「もう、むりですよ…。びょうきのおとうとがいえにいます…。じぇるさん…もしも、いしがてにはいったら…ぼくのぶんの、いしのかけらをもっていってほしいんです…。こうかなんてなくていいんです。すこしゆうきづけられればいいんです…。」
「…分かった。約束する…。」
モルモックは目を閉じた。しばらくジェルは黙っていたが、立ち上がってたいまつを静まり返った湖に向ける。何かが水面に浮かんでいた。泳いで行ってみると、あの魔物だった。
(もう少し早く倒していれば…。)
力任せに魔物の胴体に刺さっていた剣を引っこ抜いて、また岸に戻る。
(何か臭うと思ったら、俺も真っ赤だな…魔物のか。)
ムックス達の後を追う方法が分からず、湖で血を洗っていると、水面から何かが向かってきた。ジェルは剣を構える。
「まて、俺だ。」
ムックスだった。
「何があった?…何で、このロープは切れてる?」
ジェルは異様なほど静かに声を出し、ロープをムックスの前に出す。
「2人が、裏切ったんだ…。…モルモックは?」
ジェルは黙って顔をモルモックに向ける。
「すまない…俺が…2人を見張っていれ」
「石を取りに行こう。」
「2人じゃ危険だ。一度戻って…仲間を集め直」
「水路はどこだ!?答えろ!!」
ジェルは剣を向けた。
「…………分かった…。行こう…着いてきてくれ…。」
2人は水に潜っていった。