ひよこのナッナ
アヒルのひよこのナッナは うまれたて。
けれど、とってもお姉さんになりたがりやさん。
「はやく大きくなりたいわ……そう! わたし、5さいよ!」
ふんすと胸をはる姿は あいらしく、つぶらな黒い瞳はきらきらと輝いています。くちばしも足も、黄色の羽もすべてがほわほわ柔らか。
5さいには見えません。
――だって、それくらいの子たちはみんな真っ白。
オレンジ色のくちばしは大きく、羽毛はプルプル。水に飛び込んだり、自由に浮かんだり。りっぱなアヒルなんですもの。
❣
ナッナはお家のうら手に回り、池のほとりに立ちました。
そこでは、お兄さんお姉さんアヒルたちが楽しそうに水遊びをしています。
ナッナだってへっちゃら。水なんて!
「それっ」
ぱしゃん!!
「わあ!」
「たいへん! ナッナが!」
「まぁまぁ、まだうまれたてなのに!」
アヒルたちは大あわて。
ひよこのナッナは、水には浮かびましたが、足をばたばたさせてもなかなか進みません。
仕方がありません。足の水かきが、まだ育っていなかったのです。
あれよあれよという間にお兄さんとお姉さんたちは集まり、ナッナを岸へと押しやりました。
ひと安心のアヒルたちは、ぬれた羽をプルプル震わせるナッナを、いとおしそうに見つめます。
ガァ、ガア。くちぐちに言いました。
「元気すぎて、かわいいったらないね? ナッナ」
「クローバーの原っぱに行っておいで」
「こんなにいいお天気だもの。すぐにかわくよ」
「かわく? ほんと?」
ピヨッ。ナッナはひと鳴きしました。
ナッナだって水鳥のはしくれ。黄色い羽はちょっぴりしっとりしただけです。
でも、ぽかぽかとしたお日さまを浴びて、やわらかなクローバーのしとねにうずくまるのは、とっても魅力的に思えました。
ナッナは、元気よく日なたの原っぱをめざしました。
❣
❣
池から はなれた丘は、いちめんのクローバー畑。
よちよち歩きのナッナは、ごきげんで葉っぱのおふとんに座ります。
ああ、なんていい気持ち。いい匂い。
ひなたぼっこは最高です!
「クローバーおいしそう……食べちゃおうかしら」
(ぴえっ)
うっとりしたナッナのつぶやきに、まるまるとした葉っぱたちは、思わず声をもらしました。
すると、まわりのクローバーとナッナの羽が、ふわりとそよぎました。
風です。
春の陽気をいっぱいまとった、そよ風が降り立ちました。
クローバーより黄色く、ナッナより緑っぽいみじかい髪にピンクの瞳。風のなかには春の妖精がかくれていました。
春の妖精は ふしぎそうにたずねます。
「やあ、かわいいひよこさん。どうしたの。水浴びにはすこし早いかな?」
「あら、こんにちは、妖精さん。早いってどういうこと?」
「えっと」
「わたし、もうお姉さんよ」
「そうなの?」
「だって、5さいだもの!」
「……そうなんだ!」
胸をそらして高らかに告げるナッナは、なんというか特別な――そう、つよつよなひよこ感にあふれています。
春の妖精は、なるほどなるほどとうなずき、ナッナのおでこをなでました。
座ったナッナと妖精の背丈は、そう変わりません。
ナッナは気持ちよさそうに目をつむり、やがて眠ってしまいました。
そのあいらしさに、妖精はにっこり!
「おやすみ。かわいいひよこさん。あなたの羽は、ぼくがかわかしてあげるね」
❣
❣
❣
「ふわあ……よくねた。あれ? ここは」
ナッナは、きょろきょろとあたりを見渡しました。
なんということでしょう。真っ暗です。これは、いそいで帰らないと。
みんなが心配してしまうことは ナッナにもわかりました。いぜん、ふらりと冒険に出てしまったお兄さんを、ママがこっぴどく叱っていたのを知っているからです。
「あのときは、わたし、まだ卵だったけどね!」
さいわいお家の明かりが見えたので、迷うことはなさそうです。ナッナは走るために立ち上がり――ハッとしました。
「まっ! なんで?? すご! すごいわっ!?」
春の妖精のいたずらでしょうか。
ふぁさり、ふぁさりと羽をうごかすと、しぜんに体が浮かびます。足の前をクローバーの葉っぱがかすめるくらいの高さです。
おまけに羽が光ります。きらきら、きらきら。
星くずをまぶしたような、やさしい光です。
文字どおり飛んで帰ったナッナは、くちばしをぽかんと開けたままのパパやママ、お兄さんやお姉さんたちにウィンクを送り、ふわふわのきょうだいの群れに突撃しました。
かれらは、今朝まで卵だった子たちです。
ナッナが出かけてから生まれたのでしょう。
とうぜん、お家のなかは大騒ぎ。ひよこたちの大合唱がはじまりました。
ピヨピヨ!
ピピィッ!
ピョッ、ピヨーー!?
「ただいまぁ! かわいい弟に妹たち! わたし、あなたたちのお姉さんよ。よろしくね!」
❣
❣
❣
❣
次の日の、そのまた次の昼下がり。
ママに「行ってきます」を言って、黄色のひよこたちを引き連れて、ほんのり星色の羽を広げるのは、ちょっぴり大きくなった ナッナ。
5さい……かは、さておき。
りっぱなアヒルの、お姉さんひよこです!
〈おしまい〉
お読みくださり、ありがとうございました!