奇跡の感覚
人間は生まれてくるまでに生物の進化を辿るというのを習ったことがあります
胎内では成長に伴って一時的に魚類のように鰓があったりするらしい
単細胞生物から細胞分裂が起きて、そのうち魚類になり両生類になり爬虫類、鳥類を経て哺乳類となったなんて進化を遂げているとか・・・
そしておぎゃぁとこの世に生まれてきて、臍の緒を切られたところで、独立した単体の人間となります
独立したとはいえ、とうてい独りで生きていける状態ではないですけどね
ただ、栄養は口から摂取するようになりますね
最初はハイハイして地面を這っていたのが何と!
不安定に物につかまりながらも立とうとして、何回か倒れそうになりながらも、二足歩行ができるようになるのです
考えたら不思議なのです
何故、立つ必要があるのだ?
誰も教えた訳でもない
周りの人を見てまねているだけか?
まともに言葉も話せないのに何故勝手に立とうとするのでしょうね?
そして事情が無ければちゃんとバランスをとって大抵は二足歩行ができるようになる
当たり前に立って、歩いたり、走ったり・・・
とても高度なバランス感覚がいりますよね?
そんなことよくできるよなぁ・・・
これって奇跡じゃないですかね?
と思っています
4足または最低3足あれば何とか意識を持たない物体でも立てることはできます
2足では安定して立っていられるはずがない・・・
自転車はスタンドをたてなければ倒れます
それが普通です
テーブルは2本脚では安定しません
ごく当たり前なことです
それをじっと静止して立っていられる二足歩行の動物って奇跡の生き物だと思いますよ
しっぽって動作を安定させるためにあったらしいのですが、人間は退化してなくなった
つまりしっぽを持つ必要がなくなったということですね
二足歩行ができるから
それも生まれてからそれほど期間も経たないうちから二足歩行に向けて勝手に訓練しだすのだからね
どこからそんな力が働くのでしょうかね?
先ほどのスタンドを立てなければ倒れる自転車のことですが、人間が乗って運転すると二輪でも倒れないのですね
慣性力がどうのという理屈はあるにしても
二足歩行できる人間が運転するから倒れずにバランスを保って進めるのではないでしょうか?
自転車の運転バランスまで勝手に習得するのです
これまた奇跡じゃないですか?
意識しないでできることが不思議でしょうがない!
でも・・・悲しいことに・・・年を取ると意識しても躓くことが増えるのですね
勝手に何も意識しないで二足歩行していたのに・・・何もないところで転倒したりする
これも何故こうなるのか不思議でしょうがない!
これは老化を認めたくないのではないですよ!
奇跡がなくなることを信じたくないだけかも・・・