秘密の洞窟
馬車は静まり返った森の中をゆっくりと進んでいた。
月明かりが細く木々の間を縫うように差し込み、枝葉が揺れるたびに柔らかな光が揺れ動いている。
かすかに吹く風が、葉を揺らして静かな囁きのような音を運んできた。
アナスタシアは馬車の窓から外を見つめ、ぼんやりと樹々の間を流れる景色を眺めていた。
その表情はどこか遠く、何かを考えているようだった。
ふと、冷たい風が彼女の頬を撫でると、身をこわばらせるように肩を縮めた。
その仕草は、何か見えないものに怯えたかのようにも見えた。
窓の外には、深い闇とともに、王宮の灯りが遠くに霞んでいる。
それはまるで、彼女を見守るかのような、哀しい明かりだった。
馬車が静かに森の中を進んでいた。
月明かりが木々の間から細く差し込み、風が葉を揺らし、不安定な音が森に漂う。
突如、何かが視界を横切った。
一人の男が暗闇から飛び出してきた。その顔に見覚えがあった。アナスタシアが出入りしている倉庫の番人だ。だが、何故この場所に?
ヴァルは警戒心を強めたが、その考えが形になる前に、突如として男の手が宙を切り裂いた。
「……!」
一瞬の閃光のような動き。ヴァルの心臓が速く跳ねた。
突然、風が唸るように吹き、何者かが馬車の先頭に向かって突進してくる。先頭に立っていた奴隷兵士が、何かに気づき剣を構えたが、その動きが間に合う前に、鋭い爪が振り下ろされた。
「あっ……?」
奴隷兵士の顔が歪んだ。その剣が地を叩くことなく、奴隷兵士の首を容易く切り裂いた。無防備な叫び声が森の中に響き、兵士の頭部が地面に転がった。
「なっ……!」
ヴァルの目が見開かれた。次の瞬間、奴隷兵士たちの顔が固まる。数歩離れた場所に立つ男の姿が、冷徹で獰猛な獣の眼差しを向けていた。
「……!」
ヴァルの手が剣の柄を強く握りしめた。ヴァルはこの男がただの敵ではないことを直感的に感じ取った。ヴァルは剣を引き抜き、間合いを取った。長剣の切っ先が月明かりを受け、淡く光る。
「……敵だ!」
剣が持つ重量と冷たさが手のひらに伝わる。彼は敵の一挙手一投足を注視した。
その瞬間、影が森の向こうから次々と現れた。それらは異常に膨れ上がった筋肉を持ち、目が赤く血走っている。森の闇から次第に姿を現し、姿勢を低くして迫ってくる。
「何だ……あれ……?」
剣を構えながら、ヴァルは戦闘の準備を整えた。異常だ。狂気のように突進する敵たちに対して、剣が彼の頼みの綱だった。
敵の数が多い。
「近づかせるな!」
剣が空を切る音が響き、馬車の周囲に立つ影たちがさらに接近してきた。剣を構えた姿勢がヴァルの決意を示していた。
剣が敵の進路を阻んだ瞬間、異様な獣の唸り声が森の闇から響く。剣の刃が月明かりを反射し、光をまとった。
馬車を取り巻く影の数が増え、ヴァルは冷徹な視線で剣を構えた。風が木々を揺らし、暗闇の中から異様に膨れ上がった筋肉の影が次々と近づいてくる。
「周囲を固めろ!全力で戦え!」
ヴァルの指示に従って、奴隷兵士たちが剣や槍を手に戦闘態勢を取った。しかし、相手は異様だった。その膨れ上がった筋肉、凶暴な眼光――戦闘訓練を受けていても、明らかに敵の力は異質だった。
「うおおおお!」
突進してくる影の一体が槍を突き出した兵士をあっという間に叩きのめした。筋肉の力に圧倒され、兵士の鎧が砕け散る音が響く。
「くっ……!」
ヴァルが兵士たちを援護しようと剣を振るう。剣が空を切り、敵の頭部を裂いた。しかし、敵の数は多く、どんどん奴隷兵士たちが倒されていく。
「いやああああ!」
兵士たちの悲鳴が闇に吸い込まれた。次々と倒される仲間たちを見ながら、ヴァルは心の中で絶望を抱きかけた。しかし、彼の目にはまだ光が宿っていた。
剣が再び宙を切り裂き、暴徒の頭を切断する。ヴァルの顔には泥と血が飛び散り、顔色は悪い。しかし、彼は構わず剣を振った。
相手の異常な速度と筋力に対し、ヴァルは冷静に戦い続けた。敵の動きに合わせ、剣の軌道を正確に合わせることで数体の敵を倒していく。
「そこだ!」
剣が振り下ろされる。敵の体が切断され、暗闇に倒れ込んだ。だが、次の敵がヴァルに突進する。
「……通らせない!」
傷を負いながらも、ヴァルは剣を構え、心身を奮い立たせる。自身の痛みが走るが、それを押し殺して剣を振るう。敵が彼を取り囲み、絶望的な状況に見えたが、ヴァルはその戦いに全てを賭ける覚悟を決めた。
剣が鋭く切り裂き、敵の体が倒れ込んだ。敵の数は依然として多い。しかし、ヴァルの意志の強さが、その戦いを少しずつ変えていく。
彼の剣が鮮やかに輝き、次々と敵を倒していく。周囲には倒れた兵士たちの悲鳴と、ヴァルの必死の戦いが続いていた。
ヴァルは剣を振り終え、馬車の周囲に立っていた暴徒たちをすべて切り倒した。血飛沫が静かな夜の空気に舞い上がり、剣の切っ先はまだ熱を帯びている。
気がつくとあたりはようやく静かになり、その場に立つのはヴァルだけとなっていた。
◇◆◇◆
息を整えながら、ヴァルは静かに馬車をノックした。
「聖女様、申し訳ありません。扉を開けてよろしいですか?」
だが、返事はなかった。
横に視線を動かすと。目の前には不気味な光景が飛び込んできた。
馬車を引いていた馬たちの姿が無惨にも地面に倒れている。その首は完全に切り落とされており、暴徒たちの爪痕や血痕が地面に散らばっていた。
ヴァルの目が細められた。
「……」
馬の首が切断されたその状況を目の当たりにし、背筋が冷たくなるのを感じた。その冷たさは、暴徒たちの異常なほどの肉体と残虐さから来るものだった。
素手で馬の首を切り落とす。そうすることでその異様な暴力性と凶暴さは確かに示されており、ヴァルの心中には嫌悪と戦慄が走った。
だが、これを分析するのは後回しだ。
ヴァルの目が鋭く夜の暗闇を見つめた。敵の正体、そしてその背後にある理由――すべてを今ここで解明することはできない。
だが、警戒心は確かに強まっていた。
なるほど!ヴァルの言葉は丁寧ではあるものの、冷徹で無慈悲な冷たさを強調する形ですね。以下のように調整してみました。
ヴァルは返事がないことに疑念を抱き、仕方なく馬車の扉を開けた。
扉が軋む音とともに、暗闇の中から冷たい風が吹き込んだ。その中で、アナスタシアの姿が見えた。彼女は身を小さく丸め、手で顔を覆うようにして震えていた。
カタカタと、何かが震えるような音が彼女から伝わってくる。
「……申し訳ありませんが、ここは危険です。他の場所へ移動をお願い致します」
ヴァルの声は冷静で、声色そのものは丁寧だったが、どこかに鉄のような冷たさが含まれていた。
アナスタシアはその声を聞いてパニックになり、肩を揺らして言った。
「わ、私の私のせいで……みなさん殺されてしまったのでしょうか?」
その言葉は泣き声を伴い、震えた息がヴァルの耳に届く。ヴァルは少し疲れたようなため息を吐き、目を閉じてから答えた。
「……ええ。残念ですが私以外は」
その一言は、淡々とした口調でありながら、氷のように冷たく、容赦がなかった。
アナスタシアの目が大きく見開かれ、震えがさらに強まる。
「な、なぜ……?どうして私が……」
だがヴァルはもう彼女に返事をする気はなかった。彼は周囲を再び見回し、馬車の外の暗闇と無数の血痕を確認しながら、警戒心を高めた。
「……早くこの場所から離れましょう」
その言葉が冷徹に、そして確固たる意志を持ってアナスタシアに突き刺さる。彼女はその冷たさに言葉を失い、ただ恐怖に身を縮めるしかなかった。
6-5
ヴァルはアナスタシアの手を掴み、強引ではあるが馬車から降りるよう促した。アナスタシアは震えながら従い、地面に足をつけると、あたりの惨状に目をギュッと閉じた。
血の匂い、荒れた空気、そして先ほどまで自分を護衛していた奴隷兵士の姿。彼女の頭の中に恐怖が渦巻いた。
「すまない」
ヴァルは低い声で呟きながら、倒れている仲間の布を剥ぎ取った。手際は冷静で、迷いは一切なかった。布を引き裂き、アナスタシアの背中へと掛ける。
近くには暴徒たちの死体が散らばっており、その一体の死体の血は不気味に玉虫色に濁っていた。
ヴァルはその血痕をちらりと見やり、眉一つ動かさずに剥ぎ取った布をアナスタシアの肩へと被せた。
「これで……夜風から体を守ってください。ないよりはマシでしょう」
彼の声は冷たく、表情には感情が一切表れていない。アナスタシアはその布を掴んだまま、ブルブルと震えながらその場に立っていた。
ヴァルは改めて周囲を警戒し、気配を探るように目を凝らす。街路を避けるように動き、茂みを切り裂きながら森の中へと足を踏み入れた。
木々の間から月明かりがかすかに差し込み、地面に影を落としている。ヴァルの姿が暗闇に溶けるように進んでいく。
「……急ぎましょう」
その一言だけがアナスタシアに向けられ、森の中へと二人は消えていった。
夜の森は、どこまでも暗闇が続いているようだった。木々が重なり合い、星明かりすら届かず、闇がすべてを飲み込んでいる。
アナスタシアを乗せた馬車が教会に到着する予定時刻を過ぎた。何事かと不安が募る。もし予定時刻を過ぎても馬車が到着しなければ、王宮や騎士団、他の兵士たちが騒ぎ出すだろう。彼らが何か異変を察し、救援隊を派遣してくる可能性が高い。
ヴァルはその時を待ちながら、周囲を警戒し続けた。彼の心には冷たい不安が広がる。この森が安全かどうか、彼らを助ける者が間に合うかどうか、何一つ確かなことはない。
森の風が木々を揺らし、暗闇の中で葉がざわめく音だけがヴァルの耳に届く。これが彼らの時間との競争なのだ。
「……残ったのはオレ、1人か」
ヴァルは呟き、息を整えた。暗闇の中で道を選びながら、前に進んだ。
ヴァルはアナスタシアを馬車から降ろすと、何気なく手を掴んだ。その手に伝わる冷たく濡れた感触に、アナスタシアは思わず目を向けた。
「これ……あなたの血?」
手のひらには、赤黒く滲んだ血がしっかりと見えた。
アナスタシアの声がわずかに震える。
「気にするな」
ヴァルは冷たく言い捨てると、すぐに足を動かし、暗い森の奥へと進んだ。
アナスタシアは戸惑いながらもその後を追う。
冷たい風が暗闇の中で木々を揺らし、何かが視界の向こうで動く気配を漂わせていた。
森の中を歩きながら、アナスタシアがふと声をかける。
「……あの、ヴァルさん。私、身を隠せる洞窟の場所を知っています」
ヴァルは足を止め、彼女の方を振り向いた。月のない夜の中で表情は見えにくいが、アナスタシアの顔は、不安と微かな希望が入り交じる様が想像できた。
「子供の頃、よく遊んでいた場所なんです。森の向こうに、小さな洞窟があるんです。かくれんぼしたり、その、大人から隠れたい時に……」
その言葉にヴァルの顔がわずかに引き締まった。彼の手は無意識に自分の傷に触れた。痛みがじわじわと広がり、ヴァルは現実的な選択をせざるを得ないと悟った。
「……その洞窟は、安全なのか?」
「はい。子供の頃に何度も行ったけれど、危険なことはありませんでした。ただ……道が狭くて分かりにくいかもしれません」
ヴァルはしばらく考え込んだ。自身の傷の具合、そしてこのまま暗闇の中を逃げ続けることを考えた。自分の体力や状況を考慮すれば、洞窟に逃げ込むのが一番のように思えた。
「……わかった。その洞窟に向かおう」
アナスタシアは安心したように息を吐き、再びヴァルの後を追う。森の暗闇の中、二人は洞窟を目指して歩みを続けた。
傷の痛みがヴァルの腕を締めつけ、彼はこの選択が正しいのか疑念を抱きながらも、足を一歩ずつ前へと踏み出した。
◇◆◇◆
洞窟の奥はひんやりとしており、自然の冷たさが肌を刺すようだった。周囲には薄い湿気が漂い、静かな水滴が岩肌から落ちる音が不気味に響いている。ヴァルはアナスタシアを先に行かせないよう慎重に歩きながら、自分の傷を確かめる。
「ここなら、少しは安全か……」
小さくつぶやきながら、周囲を警戒する。逃げ場がないことを頭では理解していたが、少なくとも背後の影や敵に見つかる可能性は少ない。この場所で一息つき、傷の手当を行うのが最良だと思った。
アナスタシアは不安そうに周囲を見回している。手には血痕がついていて、その赤が洞窟の暗がりで鈍く揺れている。彼女の顔にはまだ強い恐怖の色が残っていた。
「……しばらくここに留まろう」
ヴァルの声は冷たく、どこか余裕がなく響いた。彼の怪我の影響もあって、冷静に周囲を見渡す余力は限られているが、今は何よりもアナスタシアが安全であることを優先した。
洞窟の中はさらに奥へと続き、影が何かを潜めているような気がする。ヴァルはその違和感を胸の内に押し込め、黙って洞窟の奥へと歩みを進めた。
やがてヴァルは比較的平坦な場所に腰を下ろした。この洞窟がどこまで続いているかは不明だが、周囲の静けさから背後から襲われる心配は薄そうだった。
ふと目を向けると、壁際には魔力を餌にして群生した苔が広がっている。淡い翡翠色の光を帯びたその苔は、静かに揺れるように微細な振動を繰り返していた。
発光の強弱はまるで生き物の呼吸のようで、洞窟内にぼんやりとした幻想的な明かりを灯している。苔の先端からは細かな粒子が舞い上がり、周囲の空気に魔力の痕跡を漂わせていた。触れれば指先に微かな温もりを感じさせそうなその苔は、この暗い洞窟の中で独自の生命を育んでいるようだった。
「……予定時刻を過ぎている。手順通りであれば教会の僧兵や他の奴隷兵士が動き出すだろう。」
ヴァルは体を覆っていた布を脱ぐと、腕の傷を確認した。ヴァルは体を覆っていた布を取り去ると、腕の傷を確認した。幸いにも骨に到達してはいない。少しホッとしたものの、流れ出る血が止まる気配はない。
「くそ……止まらない……」
ヴァルは苛立ちを隠さず、息を吐き出すと、自ら止血を試みるため、服の一部を引き裂こうとした。しかし、すぐに手が止まる。
「あの、これは誰にも言わないで欲しいのですが……」
アナスタシアは声を震わせながら、そっとヴァルの怪我した腕を取った。その手は冷たく、指先が細かく震えている。
「……?オイ、なにをして……」
ヴァルが眉をひそめる間もなく、アナスタシアの手が彼の腕に触れた。途端、腕にひやりとした暖かさが伝わる。
「っ……!」
ヴァルが驚きの声を上げるが、その瞬間、傷口からじわりと皮膚が盛り上がるのを感じた。何かが内部から湧き上がるように、傷口が少しずつ塞がれていく。
アナスタシアの指先から、目には見えない力が流れ出している。彼女の手のひらが微かに揺れ、血が止まり、傷が繊細に再生していく。増殖する力が、ゆっくりとだが確実に皮膚を形成しているのだ。
「……!」
ヴァルは恐怖と驚きの入り混じる表情で、アナスタシアを見つめた。
「お前、これ……何を……」
「……ごめんなさい……」
アナスタシアの声はかすれ、彼女自身がその行動の重さに震えているのが分かる。
「痛いですよね……?私には……痛いを取り除いてあげられなくて……ごめんなさい……」
ヴァルは黙ってアナスタシアの手の感触を感じながら、その言葉を受け止める。血が徐々に止まり、傷口がふさがっていくのを見ながら、彼は何も言わない。
「……あの……この洞窟、子供の頃よく遊んだんです」
アナスタシアの声が、ふと明るいトーンに変わった。彼女の手が止血を続ける間、話は自然と過去へと向かう。
「村から洞窟に通じる秘密の入り口があって、そこで友達と一緒に探検ごっこをしたり、見つけたキノコを取って食べたり……あはは、バカみたいですけど、楽しかったんですよね」
アナスタシアが話す間も、彼女の手は確実に止血を続ける。
「……こんな話、つまらないですよね?」
アナスタシアの声が小さくなり、彼女はすぐにしょんぼりとした表情を浮かべた。手が止血から少しだけ緩んだように見えた。
「……続けてほしい」
ヴァルが淡々と、しかし冷静な声で言った。その一言が、アナスタシアの不安を少しだけ和らげたようだった。
「本当ですか?」
アナスタシアの目がキラリと輝いた。彼女はもう一度息を整え、話を続けた。
「……えっと、それでね……」
彼女の声が再び静かに洞窟の暗闇に溶け込んでいく。暖かさとアナスタシアの穏やかな声を聞いているうちに、ヴァルは知らない間にうとうとしていた。
疲労が自然とヴァルの意識を曖昧にさせた。
ふと目が覚めると、ヴァルは自分が眠っていたことに気づき、慌てて飛び起きようとした。しかし、肩にかかる重みに気がつき、動きが止まった。隣には寄りかかるようにアナスタシアが眠っていた。
ヴァルは自分が眠ってしまったことに恥ずかしさを覚えながら、怪我をしていた腕に視線を向けた。そこには新しい皮膚が形成され、傷はすっかり癒えていた。骨にも筋肉にも異常がないことを確認し、ヴァルはほっと息を吐いた。
静かに視線を横に向けると、アナスタシアがまだ穏やかな寝息を立てている姿が目に入った。彼女の顔には安らかな表情が浮かんでおり、その寝顔を見て、ヴァルはふと心の中に言葉にできない感情が湧き上がるのを感じた。
アナスタシアは王宮で宝石を生み出す道化のように見えていたが、実際に目の前で彼女が見せた治療行為とその真剣な眼差しを見て、ヴァルの考えは揺らいだ。彼が目の当たりにしたのは、単なるモノを増やすだけではない何か――それは「奇跡」を起こす力を持つ女性そのものだった。
アナスタシアは明るく、穏やかで普通の女性だった。どこにでもいそうな、絵に描いたような善良な人間で、人を疑うという考えすら浮かばないような、純粋そのものの存在だった。
ヴァルはアナスタシアの眠りを邪魔しないように、そっと布を体にかけた。彼の動作は静かで優しく、洞窟の中に穏やかな空気が漂う。外では洞窟の入り口に朝日がゆっくりと伸び始め、暖かな光が暗闇を薄く照らし始めていた。
ヴァルはその光景をぼんやりと見つめながら、心の中に微かな安堵を覚えた。




