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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第6章 エコーズ・オブ・パスト
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夜ごと星を数えて

ガルザックは邸宅に戻ると、扉を乱暴に閉めた。


重厚な扉が木製の壁を震わせ、共鳴する音が廊下に響く。彼の顔には不機嫌さが滲み、眉間のしわが深く刻まれていた。頭の禿げた部分が額から頭頂部にかけて目立ち、いかにも疲労と苛立ちを抱えた商人の顔つきだった。


「クソッ……!次から次へと注文をつけおって」


独り言のように呟き、彼はテーブルの上に置いてあったワイングラスを掴んだ。その手が強く握られ、ガラス製のグラスが軋む音がわずかに聞こえた。

心の中の不満が、こうして物理的な形となって現れてしまう。


「船を用意しろだと……!?一体どれほどの苦労がかかるとおもっているのだ……!」


彼はグラスを思い切りテーブルに叩きつける。ワインが飛び散り、青い絨毯にじわりと広がった。その赤い染みが、ガルザックの視界に嫌らしく映る。


「ロイスめ……」


ガルザックの口元が歪んだ。彼の頭頂部は薄い髪がわずかに残り、そこから禿げ上がった地肌が目立っていた。彼は椅子にドサッと座り込み、両手で顔を覆った。長い黒髪が手の隙間から流れ落ち、彼の疲労と怒りを際立たせる。


彼の邸宅には、贅を尽くした装飾や美しい書棚が並び、商人としての地位と富を示していた。しかし、その優雅な装飾が、今の彼の感情を和らげることはなかった。


イライラが再び彼の手を動かし、机の上の豪奢なオブジェを掴んで投げる。

陶器のオブジェは空気を切り裂き、壁にぶつかる音とともに砕け散った。破片が床に散らばり、彼の怒りがその瞬間すべてを飲み込んだ。


冷静な商人としての仮面は、ここでは完全に剥がれていた。彼は椅子に背を預け、天井を睨んだ。


「いや。しかし。お前を連れて行って正解だった。ヴァル。お前の容姿をあの男色家は気に入っていたじゃないか。ふん……ワシには異国の、しかも男の趣味など分からんな」


言葉の裏にある不安、怒り、そして陰謀の予感が、彼の呟きに滲んでいた。ガルザックの深い憂いの色が、テーブルのワインの赤さと共鳴する。


ガルザックが再び椅子に深く座り、疲労と怒りを押し殺そうとしたその時、背後に立っていた奴隷兵士――ヴァルが無感情な声で口を開いた。


「……ありがとうございます」


その一言は平坦な音で、何の感情もなく、まるで機械のようだった。ガルザックの視線がすぐさまヴァルへ向けられる。


「まぁ、これで国の中枢に入り込めるのだから……ありがたい聖女さまだ」


ガルザックが冷えた視線でヴァルを見据え、低い声で言い放った。


「あの『聖女』とやらを間近で見れるとはな。ヴァル=キュリア」


その名を口にしたとき、ガルザックの声には明確な警戒と計算が込められていた。彼の禿げた頭部が不機嫌そうに光を反射し、鋭い威圧感を漂わせる。


「見たらオレの子飼いの鳥に手紙を渡せ。必ず報告しろ」


その言葉には、命令の色がはっきりと滲んでいる。ヴァルが何をすべきか、何を見届けるべきか――全てが明確な指示だった。


「手紙には、聖女が何をするのか、国の連中がどう動くのかどのような動きがあるのか、詳細に記載しろ。間違いなくだ」


ガルザックは冷徹な表情を崩さず、ゆっくりと椅子に深く腰掛けた。彼の眉間には依然として深いしわが刻まれ、不機嫌さが彼の存在を支配している。

ガルザックの言葉が冷たく響いた。


「分かったならもう下がれ。」


ヴァルは一礼すると、無表情なままその場を後にした。静かな足音だけが広間に残り、ガルザックが一人、椅子に深く腰掛けたまま何かを考えている。


扉が閉じる音が聞こえると、ガルザックは再び手元のテーブルに目を落とし、揺るぎない表情でワイングラスを手に取った。彼の心の中には、すでに次の一手が描かれている。


「さて……これで状況を進める準備が整ったわけだ」


低い声でつぶやきながら、ガルザックはワインを口に含んだ。香り高い赤い液体が喉を滑り降り、少しだけ気持ちが落ち着く。だがその顔には、まだ不満と計略の影が色濃く残っていた。


◇◆◇◆


ヴァルは言われたとおりにガルザックの邸宅を出ると、外で待機していた他の奴隷兵士たちの一団と合流した。


彼らは無言のままで、まるで機械のように整然と並んでいる。どの顔にも感情の色はなく、ただ冷たく暗い空気が漂っていた。


ヴァルは一団を見渡し、簡単な指示を出す。動きは素早く、無駄のない動作だった。兵士たちはその指示を理解したように一斉に動き出し、暗闇の中へと姿を消していった。


ヴァルは心の中で呟き、静かに歩みを進めた。粗末な宿舎への道を辿ると、彼に与えられた単調で貧しい空間が待っていた。


粗末な宿舎の一室には、最低限の日用品と、一つの狭いベッドだけが置かれていた。壁は冷たく、風が漏れて寒さを感じるような場所だった。ヴァルはベッドに腰掛けることなく、窓辺へと歩み寄った。


奴隷兵士には基本的に自室は与えられないため、これは破格の待遇であった。そのため、この空間は単なる寝床というより、ヴァルが何らかの特別な役割や期待を背負っている証だった。普通の兵士なら、こうした場所を手に入れることはまず不可能であり、彼の存在が他の者たちとは異なることを物語っていた。


窓の外には、夜空が広がっていた。星々が静かに輝き、冷たく青白い光が地上を照らしている。彼はその星の群れを静かに見上げた。


(……大きいものがひとつ、ふたつ)


ヴァルは小さな声で呟き、ゆっくりと指先で夜空に浮かぶ星を数え始めた。彼にとって、これが心を落ち着けるひとときだった。何も考えず、星の数を数えることで、少しだけ心の重圧から解放される。


数えながらふと、彼は自身がこの場所に立つ理由を思い出した。こうして与えられた役割、無表情な行動、そして任務。そのすべてが、長い鎖のように自分を縛っている。


ヴァルはため息をつき、視線を上げた。夜空の星々は、何も語らず、ただ揺らぎ続けるだけだった。だがその中に、彼の心がわずかに揺らぐ瞬間があった。


彼はそのまま、星の輝きに向かって何かを呟くように目を閉じた。

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