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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第5章 巌窟のアルカナ
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葬送儀礼

「あのバカ息子が本当にヴァルに葬送儀礼を行ったのなら……」


ロッソはそう言い、天空を覆う巨大な髑髏とは反対の方を向いた。彼の顔に浮かぶのは怒りと焦燥の入り混じった表情だ。


「バッシュ。いいか。お前はヴァルを探せ。生きてても死んでいても構わん、探し出せ。」


バッシュは目を見開いた。口をぱくぱくと開けたが、声がうまく出てこない。


「は、はぁ!?それってどういう……」

「説明している暇はねぇ!早く行け!!」


ロッソの声が鋭く響く。バッシュは一瞬だけ固まったが、すぐに動き出した。


ロッソの命令に従い、二手に分かれることとなった。瓦礫に足を取られながらもバッシュは走った。ヴァルを見つけなければならないという決意だけは揺るがなかった。


◇◆◇◆


バッシュが瓦礫の上を飛び跳ねながら走っていると、前方からひときわ輝く光の球が現れた。それは、リヒトだった。


「バッシュ!!」


リヒトの声に、バッシュは足を止めた。普段なら姿を隠しているはずのリヒトが、今は堂々と空を飛んでいる。その姿に、バッシュは少しだけ戸惑いながらも、すぐに落ち着きを取り戻した。


バッシュが走り出すと、リヒトが急いで声をかけた。


「バッシュ、少し待って!」


バッシュが立ち止まると、リヒトは視線を落としながら言った。


「あのエリオスって男は父親から『神明の梯子』の力を奪ったのよ」


バッシュは眉をひそめた。「神明の梯子?それって、ヴァルにも与えられた力のことか?」


リヒトは頷いた。


「そう。『神明の梯子』は、死者の魂を導くための力。私はヴァルにその力を与えたけど、この力は使う者に大きな責任が伴う。」

「でも……なんでエリオスは父親から力を奪ったんだ?」


リヒトが深いため息でも吐くように言った。


「エリオスの父親もこの力を持っていたけれど、使いこなせずにある時からその力を放棄した。だから死者送りがされずに放置され……エリオスがどうやったのかはわからないけれど、力を奪ったのよ」

「奪った……」


リヒトは真剣な声で続けた。


「私たち『神明の梯子』の力には、使いこなすための大きな代償がある。その代償を背負う覚悟がない者が力を使い続けると……必ず破滅する。」


バッシュは静かに頷き、リヒトの言葉を胸に刻んだ。リヒトは優しく微笑むように瞬いた。


「今は……お願いだからヴァルのために戦ってほしい。」


バッシュは無言で頷き、再び走り出した。ヴァルを守るため、助け出すために。


その足音が響く中、バッシュはふと上を見上げた。天空を覆う巨大な髑髏が、血のような赤い光を放ちながらゆっくりと動いている。その目窩からは、底知れぬ暗闇が覗き込み、まるで彼の行く先を見定めているようだ。鋭い骨が空気を引き裂き、髑髏全体が死者の冷徹な眼差しを向けてくるような圧迫感を与えていた。


その不気味な存在感に圧倒されることなく、バッシュは前へと駆ける。


だが、突然、足元の大地が震えた。

ゴーレムの足音だ。


大地が軋み、瓦礫の山が重く揺れる中、巨大なゴーレムの姿が現れる。その体躯はまるで山そのもののように雄大で、腕には鋭い岩の槌がひしめいている。無機質で冷徹なその目がバッシュを捉え、まるで目の前に立ちはだかる壁のように圧倒的な存在感を放つ。


ゴーレムは一歩踏み出し、大地が轟音を上げて揺れた。その巨体は何度も瓦礫を踏みしめ、バッシュの進行を妨げるかのように迫ってくる。


バッシュはその巨大な足元をかいくぐりながら、全力で駆け抜けた。


◇◆◇◆


頭上に浮かぶ巨大な髑髏。その冷たく硬質な骨が、まるで空間を支配するかのようにヴァルの視界を占めている。ヴァルの心は、その異常な存在に引き寄せられるように、ひとしきり過去の記憶に浸ることとなった。


「――アナスタシア…」


その名が、無意識に口の中で呟かれた。アナスタシアとの思い出が甦る。共に過ごした温かな日々、そして冷たくなった手を握ったあの瞬間。だが、その記憶は痛みを伴う。彼女はもういない――それが、ヴァルの胸を締め付け、息苦しさを与える。


髑髏の目元に近づくと、その口がわずかに開き、暗い空間から一枚の告知文が吐き出される。その文は縦半分で、途中から途切れていた。


――お前の魂は不完全だ。


文字の途中で止まっている。その空白が、ヴァルの心を映し出しているかのように、広がり続ける。告知文の一部しか見えないその空白は、まるでヴァルの心の一部が欠けているかのようだった。


アナスタシアを失ったその瞬間から、ヴァルの魂の中には永遠に空白が広がり続ける。


ゴーレムの足音が響く中、ヴァルはその音に反応することなく、ただ立ち尽くしていた。


視界の端に、巨大なゴーレムの姿が映る。

鉄のように固い足が地面を踏みしめるたびに、地面が震え、その圧倒的な存在感がヴァルを押し潰しそうになる。だが……体が動かない。


ゴーレムが一歩、また一歩と近づく中、ヴァルはその視線を合わせることすらせず、ただ空を見上げていた。髑髏の影と、ゴーレムの巨大な姿が彼を取り囲んでいるような感覚に包まれた。


ヴァルの心の中で、アナスタシアの影が消えない。彼女が生きていたころの記憶が、ヴァルの足を縛るように。


◇◆◇◆


バッシュは瓦礫の山に身を潜めながら、眼下の光景を目撃した。ゴーレムの巨脚が重々しい動きで振り上げられた瞬間、エリオスの体が完全にその影に覆われる。


次の瞬間、岩と岩がぶつかり合う鈍い音が空気を震わせた。エリオスの叫び声さえ聞こえない。ただ、静寂と破壊の音だけが辺りを支配していた。


だが、それだけでは終わらなかった。


「……なんだ、あれ……」


バッシュは目を凝らした。潰されたはずのエリオスらしき肉片から、薄青い光がぼんやりと浮かび上がった。それは煙のように揺らぎながら、重力を拒むようにゆっくりと宙に漂い始めた。その光は、ただの現象ではない――命そのもののような温かみと冷たさを同時に秘めた存在感があった。


「あれが……人間の魂……?」


そう呟いた瞬間、ゴーレムの体が不気味に軋み、音を立てた。その胸部にあるひび割れのような隙間がかすかに開き、光を吸い込むように広がり始める。光がその裂け目に近づくたびに、ゴーレムの岩肌が淡く輝き、低い振動音が地面を震わせた。バッシュの体にまでその響きが伝わり、足元の瓦礫が細かく揺れる。


「うそだろ……!」


心臓が締め付けられるようだった。

あれはただ肉体を潰すだけではない。

魂さえ奪う。


その圧倒的な事実がバッシュを一瞬、凍りつかせた。彼の頭の中にはヴァルの姿がよぎる。


「ヴァルも、あいつも……これに……?」


歯を食いしばり、拳を握る。エリオスの運命はもう変えられない。それでも、ヴァルだけは助けなければならない。今、この瞬間に動かなければ、ヴァルの魂まで奪われる――そんな直感がバッシュを駆り立てた。


「くそっ!」


思考を振り払うように、バッシュは瓦礫の上から飛び降りた。足が痛みに軋むが構っていられない。息を切らしながら、ただひたすら前へと駆け出した。


◇◆◇◆


「それにしたって、あんなもんどーしろっていうんだよ……」


バッシュは瓦礫の上でゴーレムを睨みつけた。手に握られた儀式用の杖は、重みのある木製の装飾品だ。元々はエリオスの父親が使用していたもので、偶然にもバッシュの手に渡った。今はただの飾り物にしか見えないこれが、役立つとはどうしても思えなかった。


「こんなもん、持たされてもなぁ……」


彼は自嘲気味に呟く。

そこで久しく忘れていた旅のサーカス団で過ごした日々が頭をよぎる。軽業師に教わった華やかな技術が、自分をここまで支えてくれたが、今の状況ではそれさえも無力に思えた。


「バッシュ!それよ!そいつの胸のコアを狙えば!」


リヒトの声が背後から鋭く響く。その言葉に促されるように、バッシュの目がゴーレムの胸元に輝く石を捉えた。微かに脈動し、不気味な光を放つそれは、まるで命そのもののように見えていた。


◇◆◇◆


バッシュは崩壊した建物の最上部にたどり着き、足場の狭さに一瞬息を呑んだ。風が吹き抜け、瓦礫の破片が下へと舞い落ちていく。視線の先には、巨大なゴーレムがゆっくりと通り過ぎようとしていた。


「……やるしかねえ!」


迷いを振り払うように、バッシュは杖を強く握りしめた。ゴーレムの胸に埋め込まれたコアが不気味に光を放ち、脈動している。あれを叩き壊さなければ終わりだ――その思いだけが彼を突き動かしていた。


深く息を吸い込み、足に力を込める。バッシュは意を決して、崩れかけた足場から勢いよく飛び降りた。


「うおおおおおっ!」


風が肌を切るように吹き付け、景色が一瞬にして流れる。宙を舞う体が、ゴーレムの胸へと一直線に向かっていく。巨大な石の腕がバッシュの存在に気づき、慌てて動こうとするが、遅い。


空中で体勢を整えながら、バッシュは軽業師の言葉を思い出していた。


『バッシュ、空に飛び込む時はな、怖がっちゃダメだ。ただ、“次の場所”を掴むことだけを考えろ。それが失敗しないコツだよ』


しなやかに杖を振りかぶり、ゴーレムの胸にめがけて力を込めた。


「おらあああっ!」


杖の先端がコアに激突する刹那、眩い光が弾けた。鈍い響きが耳を突き、衝撃が体に伝わる。杖に込められた力がコアを突き破り、光の筋がゴーレムの体内を駆け巡った。


次の瞬間、ゴーレムの巨体が軋みながら崩れ始めた。轟音とともに石の破片が四方へ飛び散り、バッシュの足元からも瓦礫が崩れ落ちていく。だが彼は、地面へと転がるように着地しながら、すぐに振り返った。


ゴーレムを形作っていた岩石は細かい粒子となり、ゆっくりと消えていく。その姿を見届けながら、バッシュは肩で荒い息をつき、杖を握りしめた手がまだ震えているのを感じた。


「やった……やったああああああ!」


瓦礫の山の上で、彼の勝利の声が響き渡った。轟音が響き渡る中、光の粒子が爆発するように弾け、ゴーレムの体はゆっくりと崩壊していく。


ゴーレムの体が崩れ、巨石が地面へと散らばった瞬間、その目が再び赤く燃え上がった。まるで怒りと執念の塊のように、その光は周囲の暗闇を貫いた。崩壊した体から霧状の影が噴き出し、瘴気のように空中を渦巻きながらヴァルへと向かう。


「……!」


バッシュが声を上げる間もなく、霧はヴァルに向かって一気に収束した。影の触手のようなものが、ヴァルの周囲を取り囲む。薄く白い光がヴァルの体からほとばしり、影の侵食を防ごうとするようにゆらめいた。


「ヴァル!何してんだ、逃げろ!」


バッシュは叫びながら瓦礫を跳び越え、ヴァルに向かおうとする。しかし影の一部が地面に伸び、足元をすくうように絡みついてくる。


「……くそっ!」


バッシュは杖を振り下ろして影を払いながら、ヴァルの方を振り返った。


ヴァルは動かない。

目の前の光景に引き込まれるように、ただ立ち尽くしていた。影がさらに濃密になり、彼の体にまとわりつく。光と影がぶつかり合い、鋭い音を立てて火花のように散った。


ゴーレムの残骸から漂う影は、低い唸り声のようなものを響かせ始める。それはまるで、人の魂を呪いと共に引きずり込むための歌のようだった。


「ヴァル、しっかりしろ!」


バッシュの叫びが空気を震わせるが、ヴァルは動かない。ただ、彼の体を覆う影に呑み込まれるように立ち尽くしていた。


「なんで……!」


バッシュが震えながら足を踏み出す瞬間、リヒトの光球が一気にヴァルの元へと急接近する。


「ヴァル!」


リヒトの声は空間を切り裂くように響き、光の玉はその場に一気に旋回しながらヴァルを取り囲む。

その光は一層強く輝き、ヴァルを守ろうとするように迫る。だが、ゴーレムの影はますます濃くなり、ヴァルの周りで渦を巻きながら引き寄せていった。


「お願い!ヴァル!逃げて!」


リヒトの光球が激しく輝き、ヴァルに向けてまるで力を送ろうとするように浮遊し続ける。しかし、ヴァルの体は影に引き寄せられ、リヒトの助けも虚しく、彼の目は虚ろなままで、何かに引き寄せられるように沈んでいった。


「やめて……やめてよ……!」


リヒトはその場で光を激しく弾けさせ、ヴァルを救おうと全力を尽くすが、その影がヴァルを完全に包み込んでいくのを止めることができない。

光と影が激しくぶつかり合う中、リヒトは絶望的な思いを抱えながら、ただヴァルの姿を見つめるしかなかった。


「やめろ……!」


バッシュは全力で影を蹴散らしながらヴァルに手を伸ばす。しかし、間にある瘴気の壁が彼の手を押し返すように阻む。


ゴーレムの目から最後に漏れた赤い光がヴァルに直接注がれた瞬間、彼の身体が震え、白い光が一気に弱まった。


頭上を覆っていた巨大な髑髏がゆっくりと消失していく。その姿が完全に消え去ると、まるで呪縛が解けたかのように、周囲の空気がひとしきり静まり返った。


ヴァルが、死んだ。


その事実が、バッシュの胸を鋭く突き刺すように重く響く。


ヴァルの身体がその場に倒れ、静寂だけが残された。


その姿からはもはや息が感じられない。

目を開けたまま、何もかもを背負い込んだように眠り続ける彼の顔には、かつての苦しみも無ければ、今も続く痛みもない。


リヒトは、ただその場に浮かび、輝きを失った。

光が徐々に薄れ、絶望的な空気だけが残る中、バッシュはその冷たくなった身体に近づくことすらできなかった。


「ヴァル……」


バッシュの声が、静かに震えた。

彼の目の前で何が起こったのか、信じられない思いが込み上げてくる。


だが、あの髑髏が消えた瞬間、すべてが悪い方向へと進みつつあるとバッシュは悟った。

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