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フュナラルの剣  作者: あじのこ
第2章 星芒の司祭
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星芒の司祭

【ケガレ】と呼ばれたソレは以前バッシュが見た時よりも大きかった。


ずるずると木立を抜けて這い出てくると腐臭のガスがボコボコと音を立て、地面に汁のようなものが飛び散った。


「君には見えているんだね」

「え!?アレが見えないの!?」


疲れ顔の端正な従僕はバッシュに声を掛けた。

腰にぶら下げた剣を手にかけているが、それがあの化け物に太刀打ちできるとは到底思えなかった。本人もそれは分かっているようでいつもの癖で手を当てているだけなのかもしれない。

あるいはまるで自分を安心させるかのように。


「オレには全く見えないんだ…」

「えぇ!?じゃああんた何のためにいるの?どうするの!?」

「それを言われちゃうとさすがに傷つくなぁ…」


馬がヒヒンっと戦慄いた。


トロントたちは無事だろうか。バッシュは後ろを振り返るとすこし離れたところでトロントの手綱を引く兵士の姿が見えた。こちらの騒ぎにはまだ気がついていない様子だった。トロントのそばをまるで警護するかのように黒犬が歩いていて実に頼もしかった。


頼りのヴァルは馬車から降りてこなかった。

流石に呼んできたほうがいいだろうか。ヴァルならリヒトから出すあの細剣であの化け物をやっつけることが出来るだろう。バッシュはそう思い、急いでヴァルを呼ぼうとした。


「あの程度であれば葬儀屋さんの手を煩わせることもありません」


細目の司祭は両手の指先をくっつけ、ゆっくりと手のひらを合わせた。それはまるで祈りを捧げるように見えた。


白と青の宗教服の袖が風もないのにふわりと揺れる。月の光に照らされて刺繍がきらきらと星のように瞬いた。

バッシュはどこかで見たことのある模様だと思った。自分の持ち物中の、大事な物の中に同じような紋様の入ったものがあった。


ーーアイツが送ってきた手紙に縁取られている模様と同じだ!


そう気がついた瞬間、アーク司祭の手の中が煌めいた。手の中に星があるとバッシュは思った。アーク司祭の手の中の星々は無数の輝きを放ち、透明に見え、それはヴァルの細剣とよく似ていた。


「神明の名のもとに、その代理者として命ずる。この汚れた厄災を救う力を我に授けたまえ。


ーー願わくば、かの者赦し解放したまえ」


アーク司祭がそう言い終わるや、手の中の星々は宙を舞い、無数に散らばったかと思うと凄まじい速さで【ケガレ】を貫いた。光の棘だ。

あまりの速さにそれはバッシュには槍のように見えた。


汚泥で出来たケガレの体は無数の穴が空き、穴からはぶしゅぅ…と煙が立ち込めたかと思うと、穴はどんどん広がっていきやがて崩れ始めた。その後はヴァルの細剣が刺したのと同じように地面に散らばり、やがて霧散した。

あとにはなにも残らなかった。


「な、なんだよアレ…」

「アレはケガレと呼ばれるもので…」

「そうじゃなくて」


アンタ魔術師だったの?と、バッシュが尋ねるとアーク司祭はあははと笑った。


「私が魔術師ですか。一般の人にはそう見えるかもしれませんね。

でも神職と魔術師は一緒にしない方が良いかもしれませんね」


まぁそもそもこのミレーユのように一般人には‘ケガレ’や‘この力’は見えませんから、そう見えても仕方がないのかもしれません。そう言ってアーク司祭は自分の従僕を軽く小突いだ。


「私には全くそういう才能は無くて…毎回お力になれなくてすみません」

「いえ、ここ最近が異常ですから」

「こんなにケガレはよく出るものなのか?」


バッシュが飛び出した教会やその村々では【ケガレ】を見たことがなかった。ーーここ最近の異常、というのにバッシュは引っかかった。


「そうですね。以前はこれほどに【ケガレ】の存在が表に出てくることはありませんでした。教団の討伐隊が頑張ってくれていますが、最近は数を増やしているように思えます」

「増える?」

「ええ」


あんなのが増えたら大変なことになってしまうのではないか、とバッシュは背筋がゾッとした。人の多いところは司祭の所属する教団が討伐してくれているそうだが、こんな人里近くまで出てくるということはなにかが異常をきたしているのだろう。


「わたくしがこうして辺境地の喪明けの儀に来たのも、色々な事情が重なりまして」


組織に所属するというのはそれはそれは色々な苦労があるのですよ少年、とアーク司祭は本当に思っているのかどうかわからない愚痴をこぼした。


「やっとわたくしの話に興味を持っていただけたようでうれしいです」


アーク司祭が投げかけた視線の先にはヴァルが立っていた。黒衣のコートに体を包んで、青白い顔だけがぼんやりと空に浮いているように思えた。

いつの間にか馬車から降りてことの成り行きを見守っていたヴァルが無言のままバッシュに視線を向けていた。

少し怯えたバッシュの顔を見ると大丈夫だっか?と、声を掛けられたがこんな立て続けに怪異を見て大丈夫なわけなかった。どうして自分の周りにこんな不可解なことが起こるのだろう。まだ王国の領内にさえ近づいていないのに。

それにあの司祭の手の中から伸びた光の棘は何だったのだろうか?


立ち話も何ですから続きは馬車の中で話しましょうか、とアーク司祭はバッシュを馬車の方へ誘導した。


馬もどうやら落ち着きを取り戻したようだった。騒動の間にトロント達が追いついてきていた。

司祭の従僕、ミレーユがトロントの手綱を引く兵士達に馬車の速度を落としてなるべくお互い離れないように指示を出していた。

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